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第7話 砂嵐の防壁

第7話 砂嵐の防壁


 最初に異変へ気づいたのは、見張り塔の兵士だった。


「……なんだ、あれ」


 遠くの砂丘が動いている。


 いや、違う。


 砂そのものが盛り上がっていた。


 地鳴りが響く。


 ずん、ずん、と腹の底へ響く重い振動。見張り塔の窓枠がびりびり震え、砂時計の砂が跳ねた。


「お、おい……!」


 兵士の顔が青ざめる。


 砂嵐の奥。


 巨大な影がうねっていた。


 長い胴体。


 岩のような鱗。


 そして裂けるような大口。


「砂竜だぁぁぁっ!」


 警鐘が鳴り響く。


 城下が一気に騒然となった。


「避難しろ!」


「子供を中へ!」


「水路区画を閉鎖しろ!」


 怒号が飛び交う。


 市場の布が激しくはためき、砂混じりの暴風が街へ叩きつけられる。


 エルゼは導水管理室から飛び出した。


「何が――」


 次の瞬間、遠くで砂丘が爆発する。


 轟音。


 巨大な砂竜が地中から姿を現した。


 全長は城壁より巨大だった。


 黄金色の瞳。


 鋭い牙。


 周囲へ巻き起こる砂嵐。


 人々が悲鳴を上げる。


「ルミナスの軍勢だ!」


 兵士の叫び。


 砂丘の向こうには、白い軍旗が見えた。


 聖教国ルミナス。


 グラディウスが放った砂竜だった。


 バドゥルが剣を抜く。


「クソが……!」


「陛下!」


 兵士が叫ぶ。


「砂嵐が強すぎます! 近づけません!」


 風速が異常だった。


 砂粒が刃みたいに肌を切り裂く。


 普通の布では顔を覆っても意味がない。


 市場の天幕が引きちぎられ、悲鳴が広がる。


 その時だった。


 エルゼが叫ぶ。


「防砂装備を配ってください!」


 全員が振り返る。


「倉庫の第三区画です! 急いで!」


 兵士たちは駆け出す。


 エルゼは街を見渡した。


 砂嵐の速度。


 砂竜の移動方向。


 導水路位置。


 地盤強度。


 頭の中で一気に計算する。


「……だめ」


 普通の防壁じゃ耐えられない。


 あれは突破される。


 バドゥルが怒鳴る。


「エルゼ!」


「……時間をください」


「何をする」


 エルゼは砂嵐を睨んだ。


「街を守ります」


 彼女は走り出す。


 中央導水塔へ向かって。


 砂が頬を叩く。


 痛い。


 熱い。


 だが止まれない。


 導水塔の最上部へ駆け上がると、エルゼは巨大魔法制御盤へ手を当てた。


 冷たい金属。


 導水路を通る水の振動。


 街全体の地盤情報が頭へ流れ込んでくる。


 エルゼは目を閉じた。


「……砂を固定する」


 普通の地質強化では足りない。


 なら。


 砂そのものを編む。


 祖母から教わった縫製技術。


 流体制御。


 地質強化。


 全部を繋げる。


 エルゼは銀針を取り出した。


 それを制御盤へ突き立てる。


「広域地質縫製術式、展開」


 青白い魔力が走った。


 次の瞬間。


 街の外周の砂地が光り始める。


 ざわり、と砂が浮いた。


 まるで見えない糸で編まれるように。


「な、なんだ!?」


 兵士たちが叫ぶ。


 砂粒が幾何学模様を描きながら固まり、巨大な壁へ変わっていく。


 城壁よりさらに巨大な、防砂防壁。


 陽光を反射し、黄金色に輝いていた。


「すげえ……」


 誰かが呟く。


 その直後。


 砂竜が激突した。


 轟音。


 地面が揺れる。


 防壁へ巨大な亀裂が走る。


 だが砕けない。


 エルゼは歯を食いしばった。


「……まだ!」


 鼻血が落ちる。


 魔力消費が激しい。


 それでも彼女は制御を止めない。


 その時だった。


「エルゼ様!」


 広場から声が響く。


 見れば、住民たちが防砂装備を身につけていた。


 防砂ローブ。


 温度調整布。


 防塵ゴーグル。


 エルゼが作った服だった。


「前線へ水を運ぶ!」


「怪我人を下げろ!」


「視界確保しろ!」


 砂嵐の中でも、人々が動いている。


 以前なら不可能だった。


 普通の布なら、砂で目も開けられない。


 だが今は違う。


 エルゼの服が、人々を守っていた。


 バドゥルは剣を握り締めながら笑う。


「見たかよ」


 彼は砂嵐の向こうを睨む。


「これがお前の力だ」


 エルゼは息を呑む。


 違う。


 自分一人じゃない。


 街だ。


 導水路。


 防壁。


 服。


 全部が繋がって、人を守っている。


 砂竜が再び咆哮する。


 巨大な尾が防壁へ叩きつけられた。


 亀裂が広がる。


 エルゼの指先が震える。


「……限界」


 すると背後から、無骨な手が制御盤へ重なった。


 バドゥルだった。


「一人で抱え込むな」


「でも……!」


「この国は、お前だけの国じゃねえ」


 広場を見る。


 人々が動いていた。


 砂嵐の中で、水を運び、支え合い、踏ん張っている。


 皆、生きようとしている。


 エルゼの胸が熱くなる。


 その瞬間だった。


 導水路から流れる水が、防壁表面を走る。


 水分を得た砂がさらに硬化し、防壁が完全固定された。


 砂竜の突進が止まる。


 巨大な悲鳴。


 やがて砂竜は崩れるように砂へ沈み、そのまま動かなくなった。


 静寂。


 そして次の瞬間。


「勝ったぁぁぁ!」


 歓声が爆発した。


 人々が泣きながら抱き合う。


 子供たちが笑う。


 砂嵐は少しずつ止み、夜空が見え始めていた。


 エルゼはその場へ崩れ落ちる。


 指先が痺れている。


 だが、頬へ触れた風は優しかった。


 バドゥルが隣へ座り込む。


「……お疲れさん」


 エルゼはかすかに笑った。


「服も、インフラも……役に立ったでしょう」


「馬鹿」


 バドゥルは笑う。


「国ごと救ってるだろうが」


 夜空には、砂嵐の向こうから星が見えていた。



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