第3話 魔法の導水路、開通
第3話 魔法の導水路、開通
乾いた風が、砂を巻き上げていた。
シャハラトの城壁の外では、何人もの男たちが黙々と地面を掘っている。だが掘り返された砂の下から現れるのは、乾ききった土ばかりだった。
「……また外れか」
老人が汗を拭う。
「こんなんじゃ水なんか出ねえよ」
「もう三日だぞ」
不満混じりの声が広がる。
エルゼは少し離れた場所で地面へ膝をついていた。
銀針を砂へ刺し、指先を当てる。
熱い。
地表は焼けるようなのに、地下深くには微かに冷たい流れがある。
耳を澄ませるように目を閉じる。
水は流れている。
遠く、ずっと地下で。
「……見つけた」
エルゼは小さく呟いた。
その瞬間、背後から呆れた声が飛ぶ。
「またそれか」
振り返ると、作業員の男たちが眉をひそめていた。
「嬢ちゃん、本当に分かってんのか?」
「この辺りの井戸は全部枯れてるんだぞ」
「勘で掘ってるだけじゃねえのか?」
疑いの視線。
エルゼは唇を引き結ぶ。
慣れていた。
ルミナスでも、インフラ魔導はいつも軽視された。
地味で、目立たなくて、成果が見えにくいからだ。
だがバドゥルだけは違った。
「黙れ」
低い声が響く。
砂色の外套を翻し、バドゥルが歩いてくる。
「エルゼは無駄なことはしない」
「ですが陛下!」
「だったらお前らに他の方法があるのか」
誰も答えられなかった。
水がない。
それはもう、この国にとって死と同じ意味だった。
バドゥルはエルゼの隣へしゃがみ込む。
「どうだ」
「地下水脈があります」
エルゼは地面へ触れたまま言う。
「かなり深い。でも、生きてる」
「どれくらい先だ」
「西の岩丘陵まで続いてます」
「距離は?」
「……五キロほど」
周囲がざわめいた。
「無茶だ!」
「そんな距離、水路なんか掘れるわけねえ!」
「途中で砂に埋まる!」
エルゼは立ち上がる。
熱風が銀髪を揺らした。
「普通の水路なら、そうです」
「じゃあ何が違う!」
「砂を固定します」
男たちは顔を見合わせた。
「は?」
「地質強化魔法で導水路の周囲を固めるんです。さらに流体操作で水圧を制御すれば、流路は維持できます」
「そんな大規模魔法、聞いたこともねえぞ……」
エルゼは静かに答える。
「だから今まで誰もやらなかっただけです」
その声に、バドゥルが笑った。
「いいな」
「陛下!?」
「面白いじゃねえか」
彼は砂の上へどかりと座る。
「やろう」
エルゼは驚いた。
「……信じるんですか」
「お前、自信ないのか?」
「あります」
「なら問題ない」
あまりにも即答だった。
エルゼは少しだけ目を見開く。
ルミナスでは、こんな風に言われたことがなかった。
翌日から工事が始まった。
灼熱の太陽。
肌を裂く砂風。
作業員たちは布を顔へ巻き、汗だくで地面を掘り続ける。
エルゼも灰色の作業服姿で現場へ立っていた。
「東側、三センチ下げてください!」
「そっちは固定不足です!」
「水圧逃がします、下がって!」
彼女の声が飛ぶ。
銀針を地面へ突き立てるたび、淡い青白い光が砂へ走った。
さらさらだった砂地が、石のように硬化していく。
作業員たちが息を呑む。
「本当に固まってる……」
「崩れねえ……!」
だが工事は簡単ではなかった。
三日目。
巨大な砂崩れが起きた。
「逃げろ!」
悲鳴。
轟音。
大量の砂が導水路へ雪崩れ込む。
作業員たちが転び、道具が埋まる。
エルゼは反射的に前へ飛び出した。
「地質強化展開!」
銀糸のような魔力が広がる。
崩れた砂が空中で硬化し、巨大な壁となって止まった。
周囲が静まり返る。
エルゼは荒い息を吐いた。
額から汗が滴り落ちる。
「……大丈夫ですか」
倒れていた少年作業員が震えながら頷いた。
「す、すげえ……」
「怪我は?」
「ない……です」
エルゼは安堵したように息をつく。
その様子を見ていた男たちの顔から、疑いが少しずつ消えていった。
夜。
焚き火のそばで、バドゥルが水袋を差し出してくる。
「飲め」
「ありがとうございます」
冷たい水が喉を潤す。
火の匂い。
砂漠の夜風。
昼間の熱が嘘みたいに冷えていた。
バドゥルは焚き火を見つめたまま言う。
「お前、どうしてそこまで必死なんだ」
エルゼは少し黙った。
「……水が止まると、人は壊れるからです」
「壊れる?」
「喧嘩が増える。病気が広がる。服も洗えない。衛生が崩れる。街が荒れる」
エルゼは炎を見つめる。
「インフラって、生活そのものなんです」
バドゥルは静かに聞いていた。
「でも誰も見ない」
エルゼは苦笑する。
「水が流れて当たり前だから」
「俺は見る」
不意に言われ、エルゼは顔を上げた。
金色の瞳が真っ直ぐこちらを見ている。
「お前がこの国を支えてるって、ちゃんと分かる」
胸の奥が、熱くなった。
言葉が出ない。
ただ、苦しくなるくらい嬉しかった。
そして七日後。
ついに導水路が完成する。
巨大な石管が砂漠を横断し、街の中央広場まで伸びていた。
だが人々はまだ半信半疑だった。
「本当に水なんか来るのか……?」
「もし失敗したら……」
ざわめきの中、エルゼは導水路の始点へ立つ。
手を石管へ触れた。
冷たい地下水の気配。
遠い水脈の流れ。
「……接続します」
彼女は静かに魔力を流し込む。
青白い光が導水路を駆け抜けた。
ごう、と地鳴りのような音が響く。
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
広場の噴出口から、大量の水が噴き上がった。
「うわあああっ!」
歓声が爆発する。
「水だ!」
「本物だ!」
「流れてる!」
子供たちが駆け出す。
女たちが涙を流す。
老人たちは震える手で水へ触れた。
透明な水が、陽光を反射して輝いている。
エルゼは呆然とその光景を見つめた。
誰かが泣いている。
誰かが笑っている。
その真ん中で、バドゥルが豪快に笑った。
「やったな、エルゼ!」
熱い風が吹き抜ける。
水飛沫が頬へかかった。
冷たかった。
砂漠では奇跡みたいな温度だった。
エルゼは目を細める。
そして、ようやく小さく笑った。
「……はい」




