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The reason of Witch Tears

「これで良し」


 いつも通り、人のいない開店休業状態のルナティック・カフェ。

 スーニャ・”スリーピー”・ホロウは、重厚な木製扉のガラス越しに『Closed』のプレートを裏返して掛け、ふうっと小さく息を吐いた。


 今日の彼女は、いつものシワ一つない白いシャツにバーガンディのエプロンというカフェの制服ではない。

 深いバーガンディのシックなフロアレングスのドレスに、黒いレースの装飾が施された、エレガントなフォーマルドレス姿だった。首元にはいつものムーンチョーカーが輝き、足元はヒールのあるアンクルブーツで引き締められている。

 これから「本物の怪物」の巣窟へ乗り込むための、正装である。


「あれ? 今日は休みなの?」


 背後から、ひょっこりと明るい声がした。

 桃色の髪にハート型の長い尻尾を揺らしながら、サキュバスの女・シャルロッテが元気よくフレームインしてきた。いつものパティシエ調の可愛い衣装に身を包み、その緑の瞳は興味津々に輝いている。


「開店休業が休業に代わるだけ。週休六日に変わりは無いわ」

 スーニャは声のした方へ振り向くと、気だるげに、淡々と事実を述べた。やれやれといった表情が顔に貼り付いている。


「じゃあ、私が店番をしても良い?」

 シャルロッテはパッと顔を輝かせ、少し身を乗り出して提案してきた。瞳がキラキラしている。彼女にとってはこの「本物の暇つぶし空間」こそが、面白いインターン先なのだろう。


「お好きにどうぞ。あるものは自由に使って」

 スーニャはポケットから店の重たい真鍮の鍵を取り出すと、シャルロッテに向かって軽く放り投げた。


「まっかせて! ひさびさの一日店長、張り切っちゃうぞ!」

 シャルロッテは宙を舞った鍵を見事に両手でキャッチ(というより握り込み)し、嬉しそうにガッツポーズをした。


「……ほどほどにね」

 スーニャは背を向けて歩き出しながら、肩越しに少しだけ視線を残して忠告した。そして、この世界の不条理の根源へ向かうため、重い足取りで去っていった。


     *


「……あんまり来たくなかったんだけど。仕方ないか」


 高層ビル群の中でも一際異彩を放つ、『Luna Industryルナ・インダストリー』本社ビルの前。圧倒的な威圧感を放つ超巨大なエントランスを見上げて、スーニャは深いため息をついた。

 免税申請を却下された以上、この事態の報告と対処は、本当の「オーナー」に直接交渉するしかない。


 大理石に覆われた冷たいロビーを抜け、受付へと向かう。

「重要な話があるの。CTOとの席を設けてちょうだい」

 スーニャは無表情を崩さず、堂々とした態度で要求した。


「アポイントメントはお持ちでしょうか?」

 ホログラム・インターフェースに囲まれた受付嬢が、無表情で淡々と返す。


「アポ? リンゴが必要なら、その辺で買ってくるけど?」

 スーニャは少し小馬鹿にしたように肩をすくめた。つまらないダジャレだが、彼女なりの牽制である。


「アポイントメントだ。リンゴではない」

 受付嬢は微動だにせず、冷たく訂正した。見事なまでの塩対応である。


「出直してくるわ。非常に面倒だけどね」

 スーニャはやれやれと踵を返し、立ち去ろうとした。その時だった。


「こちら受付。……ええ、はい。確かにいらっしゃいますが……かしこまりました」

 デスクのインカムに応答した受付嬢が、少しだけ驚いたように目を見開いた。そして、受話器から手を離し、スーニャの背中の方を真っ直ぐ見て案内する。


「CTOがお呼びだ。部屋で待っている。場所は分かるか?」

「当然。その為に来たんだもの」

 スーニャは立ち止まり、肩越しに振り返ってニヤリと笑った。


     *


「待ってたわ。そろそろ来る頃だと思ってたの」


 ルナ・インダストリーの最上階。

 眼下の雲海さえ見下ろせる超豪華なCTO室のデスクに座り、余裕の笑みを浮かべて手を組んでいるのは、虹がかった銀色の髪を持つ絶世の美女——ルナ・白銀(旧姓:アージェント)だった。

 赤い右目と青い左目のオッドアイが、悪戯っぽくスーニャを見据えている。


「……知っていたなら、教えてくれても良くない?」

 スーニャは呆れたようにジト目でルナを見た。


「知っていたとも言えるし、知らなかったとも言える。……悪い話と悪い話、それと少しだけ悪い話。どれから知りたい?」

 ルナは面白がるように指を三本立てて、「悪いニュース」しかない選択肢を提示してきた。


「その選択肢は機能してるの……?」

 スーニャの深いため息が、広い部屋に響く。


「まずは悪い話。“Witch Tears”の登記は正しい記録だった」

 ルナは少しだけ真面目なトーンになり、事実を告げた。


「それはあり得なくない? 開店から今まで、何年も“Lunatic Cafe”だったじゃない」

 スーニャは驚きのあまり、少し身を乗り出して反論した。


「もう一つの悪い話。この件には“魔女”が関係してる」

 ルナは目を細め、意味深な表情で「魔女」という絶対的なキーワードを出した。


「……あなたじゃないとしたら、どっちの?」

 スーニャはハッとして、緊張した面持ちで尋ねる。

 この時代において、存在を認知されている“魔女”は、実存性を操る目の前の女を含めて、全部で三人しかいない。


「少しだけ悪い話。“万能”の方よ」

 ルナはニヤリと楽しそうに微笑んだ。


「あー。……少しはマシ……かも?」

 スーニャは頭を抱え、額に手を当てて少しだけ安堵したような声を出した。「最悪」の魔女が関わっているよりは、まだマシなのだ。


「対応をお願いしてもいい?」

 ルナは上品に小首を傾げて頼んだ。

 巨大企業の創業オーナーでCTOである「夢幻の魔女」は、現場の泥臭いトラブル解決に身を乗り出しているほど暇ではない。


「ボーナスをくれるならね」

 スーニャはいつものシニカルな表情に戻り、あっさりと条件を提示して交渉を締めくくった。


(第3話 了)



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