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お喋りな口紅  作者: はる
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第9話

 三上が、無言のまま珈琲を飲んだ。わざとゆっくり飲んでいるようにも思えたが、今の夕夏はそれどころではないので全く気にも留めなかった。



「なんとかならないですか?もうこの口紅がなかったら、私生きていけないです」



 口紅が手に入らなかったら、自分は終わりだとまで思っていた。



「これは絶対に秘密にしてもらいたいんですけど」



 三上がやっと口を開いた。



「はい」



 夕夏は前のめりに返事をした。



「あなたにだけ、特別に、売る事は可能です」


「本当ですか!絶対、誰にも言いません。お願いします」



 三上が、またゆっくりと珈琲を飲んでから言った。



「ただ、少しお高くなりますけど」


「かまわないです。口紅が買えるんだったら」



 夕夏の返答に、三上が満足げに微笑んだ。



「もう元の自分には戻りたくないんです」


「わかりました。そこまでおっしゃるなら、あなたにだけ、特別に」


「ありがとうございます!」



 まるで命を助けられたかのように、夕夏は三上に向かって深々と頭を下げた。



「まあ、珈琲でも飲んで。今、商品を用意してくるので」



 三上が立ち上がり、部屋から出て行った。



「ありがとうございます」



 夕夏は安心したように息をついてから、目の前の珈琲をひと息に飲み干した。


 出て行ったはずのドアの隙間から、三上が嫌な笑いを顔に貼り付けて夕夏を見ていたが、そのことには全く気づいていなかった。




 三上から大量の口紅を受け取ることが出来、夕夏は大喜びで部屋をあとにした。高かったが仕方がない。


 夕夏がたくさんの紙袋を抱えてビルの入り口から出ると、一人の女が上を見上げて立っていた。


 よく見ると、白いワンピースに裸足である。それに不自然なぐらい真っ赤な唇をしていた。


 夕夏は咄嗟に関わりたくないと思い、目を逸らしながらその女の側を急いで通り過ぎた。


 夕夏の背後で、女の真っ赤な唇が歪んだ。




 部屋に戻った夕夏は、購入した口紅を床に並べ始めた。そうしてから、愛おしそうに口紅を見つめた。



 これで何もかも上手くいくはずだ。



 通帳の残高は無くなってしまったが、夕夏は満足であった。


 もう二度と以前の自分には戻りたくなかった。この口紅さえあれば、お喋り上手でいられる。


 矢崎ともいい関係が築けるはずだ。



「これでもう大丈夫。何もかも上手くいくはず」



 夕夏は、並べた口紅の側に寝転んだ。


 安心感からか、急激に睡魔が襲ってきた。夕夏は化粧も落とさず、そのまま眠りに落ちていった。




 次の日もその次の日も、夕夏は口紅を塗り続けた。



「と言う事で、今回は五種類の匂いの香水に特典をつけて販売します。そして、五種類全て購入された方には、また大きな特典がつくという販売方法を提案していきたいと思っています」



 会議室のスクリーンに映し出された企画書の内容を、夕夏が流暢に説明している。夕夏は冗談めかして「女性は特典付きに弱いので」と言ってから、前を向き微笑んだ。



「いいね。今回は狩野さんの案でいこう」



 田辺が拍手をしながら、夕夏に笑いかけてきた。すかさず光仲が、「いいですね。これは、売上アップに即繋がりそうな現実的な提案です」と、田辺の顔色を伺いながら同調してきた。



「ありがとうございます」



 夕夏は微笑みながら、田辺に頭を下げた。



「じゃあ、この案件は、狩野さんがリーダーで進めてくれ」


「え、私がですか?」


「君なら出来るよ。期待してるよ」



 田辺にお礼を言おうとしたその瞬間、夕夏の口からとんでもない言葉が飛び出した。




                   つづく

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