第6話
夕夏は営業の電話をかけ続けた。部屋の隅で、その様子を見ていた田辺と光仲が小声で話し始めた。
「彼女、いいね。新人なのに、営業能力高いみたいだね」
「はい。全く物怖じしないみたいで、次から次へと営業先に電話をかけているようです」
「いいね。営業は押しの一手だからな」
「はい……でも、昨日のあれは一体なんだったんでしょうね。今日の彼女は別人のように見えます」
田辺と光仲は互いに顔を見合わせながら、昨日の夕夏を思い出していた。
暗い表情で一言も話さず、一日中一点を見つめながら座っていた夕夏の姿を。
「……忘れよう」
田辺がどこを見ているのかわからない目をして、ぽつりと呟いた。光仲も、真剣な表情で同意した。
夕夏は二人がそんな話をしているとはつゆ知らず、給湯室で数人分のお茶を入れていた。矢崎が給湯室に入ってきた。
「あ、先輩」
「それ、会議室だろ。手伝うよ」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。昔、喫茶店でバイトしていたので、このぐらい平気です」
「助かるよ。ありがとう」
夕夏は、出ていく矢崎の背中を見つめながら、何かが始まりそうな予感を感じていた。次の瞬間、矢崎が振り返り、夕夏を見つめながら明るい声で言った。
「良かったら、今度食事でも行く?」
「いいんですか?」
「もちろん」
矢崎が爽やかな笑顔を夕夏に向けてきた。そして片手を軽く上げ、給湯室から出ていった。
これも口紅の効果なのだろうか。
夕夏は少し疑問に思ったが、それに勝る喜びの大きさに、その疑問は一瞬でかき消されていった。
「これって、デートのお誘いだよね」
夕夏は鼻歌を歌いながら、会議用のお茶を準備した。
「やったー」
自分の部屋のベッドの上で、夕夏が飛び跳ねている。
楽しくて仕方がなかった。矢崎にデートに誘われたこともそうだし、その後も皆に話しかけられた時、ユーモアを交えながら答える事が出来たことも、初めての経験だった。
夕夏はベッド脇の手鏡を手に取り、そこに映る自分の唇をじっと見つめた。
「この口紅、最高!」
夕夏はうっとりとした表情で、自分の唇を見つめ続けた。
鏡の中の赤い唇が一瞬笑ったように見えたが、それは自分が笑っているからだと、夕夏は信じた。
その時、携帯がブルンと鳴った。
急いで画面を見ると、矢崎からの電話だった。すぐに出たかったが、焦らした方がいいとどこかの雑誌で見たような気がして、夕夏はコール音が十回鳴るまで辛抱すると決めた。
電話が切れてしまうのではと不安になったが、なんとか待つ事が出来た。夕夏は、焦る気持ちで十を数え、平静を装いながら電話に出た。
夕夏はこれまで、男性とこんな風に電話でたわいもない話をしたことがなかった。全て口紅のおかげだと思った。
雑談を終えると、明日仕事帰りに食事に行かないかと矢崎が誘ってきた。
社交辞令じゃなかったんだ。
この時もすぐに返事をしたかったが、ここは勿体つけた方がいいと思い、一度電話を切ってからラインで返事をした。
もちろんイエスと。
つづく




