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お喋りな口紅  作者: はる
6/20

第6話

 夕夏は営業の電話をかけ続けた。部屋の隅で、その様子を見ていた田辺と光仲が小声で話し始めた。



「彼女、いいね。新人なのに、営業能力高いみたいだね」


「はい。全く物怖じしないみたいで、次から次へと営業先に電話をかけているようです」


「いいね。営業は押しの一手だからな」


「はい……でも、昨日のあれは一体なんだったんでしょうね。今日の彼女は別人のように見えます」



 田辺と光仲は互いに顔を見合わせながら、昨日の夕夏を思い出していた。


 暗い表情で一言も話さず、一日中一点を見つめながら座っていた夕夏の姿を。  



「……忘れよう」



 田辺がどこを見ているのかわからない目をして、ぽつりと呟いた。光仲も、真剣な表情で同意した。


 夕夏は二人がそんな話をしているとはつゆ知らず、給湯室で数人分のお茶を入れていた。矢崎が給湯室に入ってきた。



「あ、先輩」


「それ、会議室だろ。手伝うよ」


「ありがとうございます。でも、大丈夫です。昔、喫茶店でバイトしていたので、このぐらい平気です」


「助かるよ。ありがとう」



 夕夏は、出ていく矢崎の背中を見つめながら、何かが始まりそうな予感を感じていた。次の瞬間、矢崎が振り返り、夕夏を見つめながら明るい声で言った。



「良かったら、今度食事でも行く?」


「いいんですか?」


「もちろん」



 矢崎が爽やかな笑顔を夕夏に向けてきた。そして片手を軽く上げ、給湯室から出ていった。


 

 これも口紅の効果なのだろうか。



 夕夏は少し疑問に思ったが、それに勝る喜びの大きさに、その疑問は一瞬でかき消されていった。



「これって、デートのお誘いだよね」



夕夏は鼻歌を歌いながら、会議用のお茶を準備した。




「やったー」



 自分の部屋のベッドの上で、夕夏が飛び跳ねている。


 楽しくて仕方がなかった。矢崎にデートに誘われたこともそうだし、その後も皆に話しかけられた時、ユーモアを交えながら答える事が出来たことも、初めての経験だった。


 夕夏はベッド脇の手鏡を手に取り、そこに映る自分の唇をじっと見つめた。



「この口紅、最高!」



 夕夏はうっとりとした表情で、自分の唇を見つめ続けた。


 鏡の中の赤い唇が一瞬笑ったように見えたが、それは自分が笑っているからだと、夕夏は信じた。


 その時、携帯がブルンと鳴った。


 急いで画面を見ると、矢崎からの電話だった。すぐに出たかったが、焦らした方がいいとどこかの雑誌で見たような気がして、夕夏はコール音が十回鳴るまで辛抱すると決めた。


 電話が切れてしまうのではと不安になったが、なんとか待つ事が出来た。夕夏は、焦る気持ちで十を数え、平静を装いながら電話に出た。


 夕夏はこれまで、男性とこんな風に電話でたわいもない話をしたことがなかった。全て口紅のおかげだと思った。


 雑談を終えると、明日仕事帰りに食事に行かないかと矢崎が誘ってきた。



 社交辞令じゃなかったんだ。  



 この時もすぐに返事をしたかったが、ここは勿体つけた方がいいと思い、一度電話を切ってからラインで返事をした。


 もちろんイエスと。




                    つづく

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