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お喋りな口紅  作者: はる
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第5話

 夕夏の剣幕に気圧されたのか、主婦がゴミ袋を抱えたまま、逃げるように去っていった。



 ――勝った。口紅のおかげだ。



 夕夏は、初めて言い返せたことに満足感を覚えていた。


 ゴミの分別をしなくて良くなったので、いつもより余裕でバス停に並ぶ事が出来た。


 バスがやってきて、列が進み始めた。



 来る!



 読み通り、背後の男が夕夏を押しのけ先に乗ろうとした。


 いつもなら黙って抜かされるが、今日の自分は違う。先程の勝利が、自信に繋がっていた。



「ちゃんと順番守ってください!」



 夕夏は大きな声で、男に注意をした。そして、驚いて振り返った男の顔を、思いっきり睨みつけてやった。


 すると、すみませんと男が素直に頭を下げ、列の最後尾に並びにいったではないか。



 ――また勝った。口紅のおかげで喋れるようになってる。



 夕夏はこんな風に喋れるようになった事に、大きな喜びを感じていた。夕夏は胸を張り、颯爽とバスに乗り込んだ。


 意気揚々と職場についた夕夏だったが、残念ながらこの日は特に大きな問題も起きず、口紅の活躍を見る事が出来なかった。それでも夕夏は大満足であった。


 帰宅後、口紅を落としたくなかったが、また明日も塗ればいいと自分に言い聞かせた。




 翌朝、目覚めて一番にしたことは、口紅を塗ることだった。


 口紅を塗ると、何故だか心が落ち着いた。


 こんな風に気持ちよく朝を迎えられたのも、いつぶりだろうかと夕夏は嬉しく感じていた。


 いつものようにゴミを出してから、バスに乗り、会社に向かった。今日も誰にも邪魔されずに、会社に辿り着くことが出来た。




 部屋に入る時、夕夏は大きな声ではっきりと、「おはようございます」と挨拶をした。


 その場にいる全ての人間が驚いて、夕夏を見た。皆が自分を見ていることも痛快だった。夕夏は満面の笑顔を作り、矢崎の席に近づいて行った。矢崎も驚いた顔で、夕夏を見ていた。



「矢崎先輩、私に仕事を教えて下さい」


「あ、ああ。もちろん」



 矢崎が慌てたように答えた。夕夏は内心笑いが止まらなかったが、顔には一切出さず、うっすらと微笑み返した。


 今日の矢崎は、夕夏に仕事を教えてくれた。夕夏は矢崎に教わりながら、営業先の会社に電話をかけてみた。



「いつもお世話になっております。榮倉株会社第一営業部の狩野と申します。担当の藤野さんはいらっしゃいますか?」



 自分でも驚くぐらい、言葉が次から次へと口から出てくる。そこに、迷いは一つもない。



「新商品のご案内で連絡させて頂いたのですが、今回我が社では、季節限定の香水を製造販売する事になりまして」



 流暢に喋り続ける夕夏を、隣で矢崎が驚いたように見ている。


 夕夏は、そのことに気づいていたが気づいていないふりをした。




                    つづく

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