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お喋りな口紅  作者: はる
17/18

第17話

 それからどこをどうやって歩いたかもわからないまま、夕夏は三上のビルの前に立っていた。



 三上はまた私を助けてくれるのだろうか。



「みーつけた」



 背後から女の声が聞こえてきた。


 夕夏が驚いて振り返ると、白いワンピースの女が立っていた。


 見た感じ、服装は若いが、かなり歳を取っているように見えた。女は、笑っているつもりなのか、唇が歪んでいた。



「あなたは?」



 恐怖心から、声が震えてしまった。女は、どこを見ているのかわからない目をしながら、不気味に笑った。



「あんたと同じ。呪われた女さ」


「呪われた女?」


「あんたのその口紅は、もう取れないよ。永遠に」


「どういう意味ですか?」


「あの男は悪魔なんだよ。人の弱い心につけ込む悪魔なんだよ」


「あの男って?」



 女が、ビルを見上げた。



「三上さんの事ですか?」



 夕夏の問いかけに女は答えず、歪んだ笑顔を浮かべた。その時夕夏は、女の唇が赤いことに気づいた。



「その口紅……」



 女の赤い唇が動いた。



「あの男には気をつけろ」



 女の言葉を聞いた夕夏は、全身に鳥肌が立った。やけに寒かった。夕夏は今の言葉の真意を知りたくて質問をしようとしたが、女の目はもう何も見ていなかった。


 女は裸足の足を引きずりながら、無言で去っていってしまった。



「呪われた女……」 



 女の背中があまりにも弱々しく見え、追いかけることが出来なかった。夕夏はビルを見上げ、重い溜息をついた。




 不安な気持ちを抱えながら、夕夏は三上の部屋を訪ねた。


 夕夏と三上は、ローテーブルを挟み、睨み合うように座っていた。夕夏の手には、口紅が握りしめられている。



「この口紅のせいで、何もかも失ってしまったんですよ」


「まあまあ落ち着いて」


「どうして私だけが、こんな目に合わないといけないんですか!」


「いやいやだからそれは」


「あなたのせいですよ!」



 夕夏が責めるように言うと、三上の態度が一変した。見たことがないぐらい冷たい目を、夕夏に向けてきた。



「自分のせいでしょ」


「え?」


「上手くいかないと人のせい、そんなあなたの考え方がこんな事態を招いたんじゃないんですか?」


「だって、この口紅が」


「フラシボー効果」



 三上が鼻で笑いながら言った。



「フラシボー?」


「偽薬の事ですよ。人と言うのは面白い生き物でね、これはよく効く薬ですよと渡されたら、本当に効いてしまう」


「何を言ってるんですか?」


「だから、この口紅は偽物なんですよ」


「偽物……?」


「そう、まさにフラシボー効果。口紅を塗って、喋れるようになるなんて、まさかあなた、本気で信じてたんですか?」


「だって、あなたが」


「ありえないでしょ」



 三上がまた笑った。



「私を騙してたんですか?」


「カウンセリングの一環ですよ」


「そんな……」


「実際あなたは、お喋り上手になれたじゃないですか。そこは感謝してほしいですね」


「そりゃあ最初は良かったけど、でも、この口紅のせいで暴言が止まらないんです。ひどい言葉ばかりが次々と口から出てくるんです」


「それは、どす黒い感情が、あなたの心の奥底に溢れているからですよ」


「私の……心?」


「あなたは、以前の自分が他人から常に虐げられてきたと、ずっと心の底で恨んでいるんですよ。他人を憎んでいる。だから、喋る事が出来るようになった今、押さえ込んでいた感情が一気に噴き出してしまったんですよ」


「私のせい……」


「そうです。全てあなたの問題です」




                    つづく

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