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お喋りな口紅  作者: はる
15/19

第15話

 部屋に戻ると、恵の側に矢崎と光仲が立っている姿が目に入った。夕夏は、少し離れた場所で、期待に満ち溢れた表情で様子を伺った。



 あんな女、皆から罵倒されればいいのだ。



「さっきと違う色だね」



 矢崎の声が聞こえてきた。


 いよいよ始まると、期待が高まった。だが、矢崎の口から出た言葉は、見事に夕夏の期待を裏切るものであった。



「凄く似合ってるよ。さっきのピンクも可愛かったけど、赤い口紅もいいね」



 えっ?今なんて?



 夕夏は、聞き間違いかと思い、確認するように矢崎の顔を見た。


 矢崎は笑っていた。


 どういうことなのか。私にはあんなにきつい言葉を投げかけてきたくせに。



「なんで……」



 夕夏が呆然と立ち尽くしていると、光仲のはしゃいだ声が耳に入った。



「社内がパーっと明るくなった気がするね。同じ赤でもねー」



 そう言いながら、光仲が夕夏の方をチラッと見てきた。夕夏が睨み返すと、光仲は慌てて目を逸らした。



 何故、恵は暴言を吐かないのだ。


 何故、口紅は汚い言葉を喋らないのだ。



「そんな、私なんて」



 恵が頬を赤らめながら、謙遜している。



 まずい、早く暴言を吐かさないと、矢崎を取られてしまう。



 焦りながら必死で思考を巡らせていると、夕夏はあることに気づいた。



 ――そうか。口紅を怒らせないと暴言吐かないんだった。



 そう気づいた夕夏は、恵の前に立ちはだかった。



「足立さん、会社でそんな赤い色って良くないんじゃないかしら。口裂け女じゃないんだから」



 矢崎が自分に言った言葉を、そっくりそのまま恵にぶつけてやった。覚えていたのか、矢崎の顔が曇った。



「狩野くん、それは言い過ぎじゃ」



 光仲が恵を庇うように言ったが、夕夏の耳には届かなかった。



「まるで人でも食べてきたみたい」



 そう言って、夕夏はヒステリックに笑い出した。もう誰のことも目に入っていなかった。


 誰ひとり言葉を発しない静けさの中、夕夏の笑い声だけが響き渡っている。


 恵は、傷ついたように俯いている。


 夕夏はあと一息だと信じた。



「そんな口紅、取ってきなさいよ」



 トドメの一発を恵に打ち込んでやった。今まで俯いていた恵が不意に顔を上げ、夕夏を見た。


 遂にくるのだと身構えると、恵の唇が動き始めた。



 ――よし、こい。暴言を吐きまくれ。



 しかし恵の口から出てきた言葉は、暴言ではなかった。



「……すみませんでした」



 恵が泣きながら謝ってきた。



「なんで……」


「君、いったい何様のつもりなんだ。足立くんに謝りなさい」



 光仲の声がうるさかった。まるでギャンギャンと吠える犬のように、夕夏に向かって叫び続けてくる。


 だが今の夕夏は、光仲のことなどどうでも良かった。


 それよりも、何故口紅が暴言を吐かないのか、その疑問で頭がいっぱいだった。



 ――そうだ。



 夕夏はポケットに入れていた予備の口紅を取り出し、自分の口に塗りたくった。


 鏡がないので、口紅がはみ出たような気がしたが、もうそんな事を気にしている場合ではなかった。




                    つづく

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