二百円定食(定食ではない)
学生の頃によく食べていた定食の思い出話をします。
学生食堂には正午前に行くに限る。それを過ぎると講義終了時間と重なり、あっという間に生徒でごったがえしてしまう。
食堂に入った瞬間、読み違えに落胆した。まだ講義選定期間、この講義はないなとお試しを早めに切り上げた一年生たちが、そこかしこにグループを組んで陣取っていたのだ。見切るのが早すぎるやしないか。
満員、というわけではないが、少なくとも欲していた静けさとはズレのある空間だ。他所で食べようかとも思ったが、頭も舌も、すでに食堂用に調節してある。今更引き返すことなどプライドが許しはしなかった。プライドというものは、小さいところからコツコツ磨いていくものだ。
――よし。
自分の思う通りのシチュエーションが整わないのも、大衆食堂の醍醐味である。意を決してお盆を取り、列に並ぶ。大方が会話をしながら並んでおり、一人で来た者へ居心地の悪さを与えようとしているのではと勘繰ってしまう。
前後の者がどれにしようかと手を彷徨わせるのを尻目に、逡巡することなくSサイズの白米と味噌汁を手に取る。五十円ずつで、百円。さらに百円のおかずのコーナーから餡かけ揚げギョーザも加えて計二百円だ。
食堂において無性に食べたいものがないときは、いつもこのメニューを選ぶことにしている。
物足りないといえば物足りないが、普段がコッペパン一個の身としては二百円でも豪勢な方だ……というのはやはり虚勢で、本当は予算が二百円しかない。書籍購入代を除けばという意味で。
でも、だからこそ「食堂で食べる」というシチュエーションが大事なのだ。ちゃんとしたところで食べたという意識が、腹を膨れさせるのである。
代金を支払い、なるべく空いているところを探して歩き回る。一人者が追いやられているらしき、一席ずつ空けて座っているテーブルを見つけ、そこにお盆を連ねることにした。そうして場所取りをしておいてから水を汲みにいく。タッチの差で席を失うという泣きを見ることだけは避けたい。
コップに水が溜まるまでの間に、だいたいの食事配分を決める。
一口目にあれ、二口目にはこれ、と細かく設定する必要はない。ただ、最後に残しておくものを決める。それだけだ。
コップの水は半分まで。食事の仕上げに水を飲み干す際、水が多すぎて苦しくなってしまうとよくない。
席に着き、音を立てぬよう静かに手を合わせる。
孤独な食事を楽しむ準備が整った。
何はなくとも、一口目は白米だ。小学校での教えを堅実に守っている方ならご存知だろうとは思うが、米というものは長く噛んでいると甘みが出てくる。まだ口が何の後味もしていないときにそれを味わうのがベストだ。そして今のうちに白米をちびちび味わっておくのは、後々のクライマックスへの布石でもある。
続いて、百円のおかずからセレクトした、赤い餡のかかった揚げギョーザに手を伸ばす。一気食いはせず、まずは半分。
「うん、うまい」
この甘辛さが好きだ。
白米を含んで少々味をうすめてから、もう半分を食す。そして味噌汁を――
「あれ」
間違えてとん汁を持ってきてしまった。
まあ、いい。今は汁物が必要だ。
「……うーん」
これは失敗だったかもしれない。美味いが、期待した味の合わせとは違っていた。欲しかったのはギョーザの口を一度リセットできるさっぱりとした味で、いつもの、わかめの味噌汁であれば……。
「いかんいかん」
次に来るときは気をつけよう。自戒しつつ、咀嚼する。ギョーザととん汁のそれぞれ濃い味が、お互いを打ち消そうとして頑張っていた。
ゆっくりと時間をかけて噛む。もともと柔らかい料理なので、周囲の雑談を遮断するほどの音は出ていない。当初の予定とは違ったが、こうやって、喧騒をおかずに食べるというのも乙なものだ。
いや、と思い直す。他人の話が勝手に耳に入って来るのを成すがままの、この「孤独」という状況こそが、最高のおかずになっているに違いなかった。
残るは白米のみとなったとき、きゃいきゃいという声が聞こえてきた。どうやら近くに女生徒が群れで陣取ったらしい。やれやれ、独り者の聖地だったというのに……うるさくなりそうだな……嫌気が差して飯の味が変わる前に、さっさと食べ終えてしまおう。自身の気分は、いちばん効く調味料だ。
仕上げとして、ギョーザの残った餡を白米に流し込む。ほどよく、全体的に赤く染まるようにして混ぜ、味をつける。こんなものだろうと判断したら口へ。
「うん、うん」
悪くない。
辛さが勝っていたころからは一転、今度は甘みが強くなった。こういう味変があるのが、食べ合わせの醍醐味だ。
何だその食い方は――その指摘はごもっとも。だが、これも餡を残さないためだ。皿はなるべくきれいに返すのがポリシーである。
餡かけご飯をたいらげ、顔を上げる。女子グループと目が合わないようにうつむいて食べていたから、ずいぶん窮屈な思いをした。
ふと、斜め前にあるお盆のメニューが、自分のものとまったく同じであることに気づく。
まさか、女性でこんな貧相な組み合わせを好む者がいたとは……。
食事の仕上げに、いつも水を一気飲みしている。それは寿司屋でいう「あがり」のような感覚である。「ごちそうさま」を言う機会のない食堂で、何らかの区切りを欲した小市民なりのけじめだ。
しかし今回は長持ちさせるために、ちびちび飲む。あのお盆の主は、今は席を立っているようだが、すぐに戻ってくるだろう。何故か、そんな気になった。
冷たい水が、口に残る熱と甘辛さを奪っていく。残りが三分の一ほどになったとき、ようやく、戻ってきた。
「……」
残りの水を飲み干すと、彼女とコンタクトをとることなく、一瞥するだけに留めて席を立った。
彼女はおかずをもう一品手にしていた。
こんな感じで、学生の頃は『孤独のグルメ』ごっこをして遊んでいた。




