かっぱの昔
『かっぱの昔』という民話の話をします。
諸事情につきテレビを持たず、ラジオだけで暮らしていた時期がある。合わせていたチャンネルはもっぱらリズムステーションことエフエム山形。その当時、金曜日の夜八時。楽しみにしている月イチ放送の番組があった。
番組名は『みんな de 民話』。大学生がパーソナリティとなり、蒐集した山形県内の民話を披露するプログラムである。
その中で、唯一今でも記憶に残っているのが『かっぱの昔』という民話だ。
物語はこうである。
昔々、読み書きのできない無学な男が川辺に住んでいた。近所に住む者に馬鹿にされながらも、男は自分にはこれしかできないからと懸命に河川敷の草を刈り、日々を過ごしていた。
ある日、男の前に、美しい娘が現れる。
「あなたの働きをずっと見ていました。それに報いたいのです。この手紙を携えて、川の上流にいる私の姉をお訪ねください。この方は私の婚約者なのでもてなしてあげるよう、手紙に書いてあります」
男は喜び、早速上流へと向かった。その途中、いつも馬鹿にしてくる近所の悪党にばったり出会い、へえそうかい生意気だなちょっと見せてみろよ、と手紙を奪われてしまう。無遠慮に広げられた手紙には、こう書いてあった。
「姉さま、この手紙を持つ男は川の茂みを刈り尽くし、私たちカッパが隠れる場所を無くそうとしている悪人です。殺してしまってください」
突然の裏切り。
ほのぼのとしていた民話は、令和で大流行のジェットコースターサスペンスへと変貌する。
この民話が伝えようとしているのは「嫁とは、がんばっていれば与えられるトロフィーではない。むしろそう言い寄ってくる女には何か企みがあるから気を付けろ」という、当時にしては最先端な価値観に基づいた教えである。子どもたち人間不信になっちゃうよ。
さて、衝撃の展開を迎えた『かっぱの昔』はこの後どうなってしまうのか。
考察班のために状況を整理しよう。主人公である男は、文字を読むことができない。カッパはその弱点を見事に突き、男の視点で物語を追っている聞き手に対しても叙述トリックを仕掛けて来た策士である。男だけで攻略することは不可能に近い。
そしてこの場にいるのは、無学な男を常日頃から馬鹿にしてきた悪党である。友好的であるとは言い難い。手紙を正しく読めたからといって、それを素直に男に教えてやるだろうか。
悪党は「へえ……」と手紙を読み、ニヤリと笑う。ああ、我らが男の命運もこれまでか――。
ところが悪党は、ビリビリと手紙を破いてしまった。「なにするんだ!」と驚く男に、悪党は「すまんすまん、同じ内容で書き直すからこっちを持っていけよ」とその場で書き直した手紙を渡した。
そして川の上流に辿り着き、待っていた美しい娘に「妹さんからです」と手紙を渡す男。手紙を読んだ姉は「なるほど、わかりました」と男をたいそうもてなし、一族の宝まで持たせて帰らせたのであった。
いったい。
何が起こったのか。
悪党が手紙の内容を「男をもてなすように」と書き換えていたのである。
あんなに嫌なヤツだった悪党が、まさか男の味方をするだなんて。劇場版クオリティである。
オーソドックスなストーリーを裏切ったジェットコースターサスペンスは、騙そうとした者が逆に騙されるというクライムエンターテインメントに着地する。かつてこんなにもツイストの効いた民話があっただろうか。私はラジオの前で拍手さえしていた。
以上が、私がラジオから聞いた『かっぱの昔』である。
内容を紹介するだけならここで終わっても良いのだが、実は、謎が残った。
時が経ち、あの話をまた見たいなぁと思って調べたものの、『かっぱの昔』なんてタイトルの民話は、いくら探しても見つからなかったのだ。
それから「『かっぱの昔』という民話を知りませんか」とストーリーの概要もまじえて聞き込みを続けたところ「それは『かっぱの手紙』ではないか」という情報を得た。なるほど『かっぱの昔』などというストーリーのアウトラインをいまいち掴みにくいタイトルは『かっぱの手紙』の聞き違いであったかと納得し『かっぱの手紙』を読む。
ち、違う。
だいたいは同じなのだが……細部が、特にキャラクターが違う。『かっぱの手紙』には劇場版ジャイアンのような悪党は出て来ない。ある意味、こいつが一番魅力的なキャラクターなのに。
あの『まんが日本昔ばなし』にも『かっぱの淵』という回があるようなのだが、やはり、機転を利かせるトリックスター悪党は不在である。
あの日、私が聞いた『かっぱの昔』とは何だったのか。
勝手に脚色してしまった、私の頭の中以外のどこにもない幻の民話なのだろうか。
そんなはずはないだろうと祈りつつ、こうして頭の外に出してみた次第である。
あなたは、『かっぱの昔』という民話を知りませんか?




