第十六話:名前をつける日
「屋号って、決めた方がいいですよ。
“個人事業主の活動”から、“プロジェクト”に格上げする意味でも」
今村沙知が、開業届の様式を見せながら言った。
「屋号……か。ずっと名前なしでやってきたからな」
「でも、制度側とつなぐなら、名前って大事なんです。
行政書類にも、SNSにも、地図にも“表記”が必要になるから」
その夜、大友は湊を寝かしつけたあと、ノートを開いた。
ページの中央に、鉛筆で静かに書いた。
「ことまちラボ」
“こと”は、「言葉」「出来事」「個人の思い」。
“まち”は、「調布」だけでなく、地域社会そのもの。
“ラボ”は、変化を実験し、共有し、広げていく場。
「支援=対話と共創」。
そう考えたとき、最初に浮かんだ言葉だった。
週明け。
調布市役所・地域振興課から正式に連絡が入った。
「市内5店舗を対象とした実証協力をお願いできませんか?
制度としての汎用性を検証したいのです」
「はい。“ことまちラボ”という枠組みで取りまとめていきます」
担当者は少し驚いたように笑った。
「いい名前ですね。“まちの言葉”って感じがします」
その週末、“ことまちラボ”として初のチームミーティングが開かれた。
メンバーは、大友、石倉、今村、まどか、そして新たに加わった2店舗の事業者。
「まずは、目標を“自律支援モデル”の構築に置きましょう。
支援を“依存”じゃなく、“自走”につなげる設計に」
「店舗ごとの課題に応じたKPIを設定します。
例:売上ではなく“再訪率”や“客単価”の中央値など」
「“仕組み”を共有して、“属人化”から脱却する」
まるで、スタートアップの立ち上げ会議のようだった。
帰り道、まどかがぽつりとつぶやいた。
「……なんだか、“まちの一部”になった気がします」
「たぶん、それが“名前をつける”意味なんだと思います」
「お店にも、“ことまちラボ参加店”って書いていい?」
「もちろんです。むしろ誇りにしてください」
夜、恵里が名刺の束を見て言った。
「“ことまちラボ代表・大友泰斗”。いい響きじゃない」
「ようやく、自分の名前と並べられる言葉ができた気がする」
「これからは、“肩書き”じゃなく“名前”で仕事していくのね」
「うん。名前が先にあって、仕事が後からついてくる——
それが、たぶん、僕のやりたかったことなんだと思う」




