第六十九話 蠢く者たち③
コンビニの建物の陰に抜け出した。きっとすぐあの男に悟られるだろうけど、まずは先生の体をここに横たえて……。
先生から憑依を解いて、先生の顔を覗き込む。
『先生! 私がわかりますか?』
「縁……大……丈夫。」
先生は朦朧とした目を泳がせている。
『すぐ戻ります!』
私は駐車場に踏み込んだ。と同時に、音がしたわけじゃないけど私の目の前に ビュンッ と飛んできた幻宗さんの刀が落ちた。
『幻宗さんっ!!』
離れたところに……駐車場の真ん中に仁王立ちになった幻宗さんが。その服はボロボロになって、腕に、足に、深い傷が!!
『うむ。よくやった。後代!』
一瞬振り向いた口元は笑っていたけど、幻宗さんはすぐに顔を路上のトラックに向けた。
トラックの脇にあの男がうつ伏せに倒れてる。
が!
顔を支えにして腰を浮かせ、しゃくとり虫のような恰好から ゆらっ と立ち上がった。左腕も、肩からバッサリ落とされている。
『もうやめなさい! 勝負はついたわッ!!』
私の叫び声に、彼はうつろな目を向けた。もうあの青い瞳に光はない。そして静かに首を横に振る。
『……グランパハ、ホリョニナッテ、ジャップニコロサレタンダッテサ。
ダカラボクハ、ホリョニハナラナイ。』
『え?』
『デモ、ボクハ……ジャパニーズアニメ、スキダッタヨ。
ホントハウツクシイク二ダシ……ヤサシイリンニアエタ……。
ダカラ……マダマダオワランヨッ!!』
ふっと男の姿が消えた。と、同時にトラックの運転席のドアが開き、若い運転手がゆっくりと降りてきた。顔面蒼白で、口からあふれた血に上着が染まったまま……。
あの男が憑依したんだわ! その右手に突然大きなあのナイフが現れた。人間の肉体で、あの霊体とセットのナイフを操るなんて!
そして仁王立ちのまま動けない幻宗さんに、大怪我をした人間とは思えない力強さで走りだす!
とっさに私は目の前の幻宗さんの刀を掴んだ。右足を前に両足を前後に大きく開き、左手で柄を握ると右の手を刀身の背中に添え、身長を超える長い刀を大きく振り上げ運転手を見据える!
でもここからじゃ当然間合いなんて遠すぎる。
だから私は!
右の掌に先生の『闇』を極、小さく生み出した。
振り下ろす勢いに乗った『闇』は切っ先に走り、さらに幻宗さんの刀の光を纏って彗星のように飛んでいく。
それはナイフを振り上げ、今まさに幻宗さんを頭から両断しようとする運転手の体を真っすぐ捉えた。そして衝撃とともに男の霊体だけを絡めとりながら、運転手の後ろへと突き抜けていく。
彗星の尾の回転に八つ裂きに切り裂かれ、一度拡散していった男の体は次の瞬間 シュンッ と小さな『闇』の一点に収束された。
男の霊は『闇』とともに、一気に消滅した。
と、同時に パッ とコンビニと街路灯に明かりがともった。横たわる若い運転手は弱々しいうめき声を漏らした。
『後代、お主……。』
静かに私の名を呼ぶ幻宗さんを見上げる。
『闇落ちしたって、感じですかね。私……。』
あの男を斬る時も、どこか胸が痛んだけど、もう振り向かないって決めた。だから、皆ボロボロになっちゃったけど。
私はもう泣かないんだ。
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あの後、遅れてやってきた渡瀬さんと合流し、先生は今、とりあえず街の病院でお世話になっている。ハイケアユニット、という開放された病室で、いくつもの機器につながれてる。大きなガラスが嵌められた一枚の壁の向こう側には、二十四時間体制で看護師さん達が詰めている。
先生はあれからずっと昏睡中。
無理もないよね。
幻宗さんも霊力が落ちてしまっているからと……実はあの後、預かった刀にその魂を納めている。
脇に差すでも背中に背負わなくても、さらには直接持たなくても刀になった幻宗さん自身が、宙に浮いて私についてきてくれた。
でも私、全然似合わない刀ガールだな。あの時は、何も考えずに刀を振っていたもの。
ベッドに眠る先生の枕元に座って、横向きに寝かされた先生の髪を静かに撫でながら、ほうっとため息が出た。
『後代。剣術を学ぼうなどと、思うておるのか?』
刀身から私の耳に幻宗さんの声。
『だって、身につけておいたほうがいいんじゃないですか?
またあの女、やってくるに違いないですし。』
あの女……外国人のあの男が口にした リン って名前なのかしら? 優しいって……そんなはず、ないじゃない。あの人を食ったような薄ら笑いを思い出して、ちょっとムッとする。
『しばらくは引いてくれたようじゃ。
だが、なまじ型通りの真似事をして通じる相手ではなかろう。
むしろ、お主の独創的な剣がよいのだ。』
『メチャクチャだからですか?』
『ふふ。そうじゃな。』
『ひどいです~う。』
『案ずるな。儂がついておる。』
『ん……そうですね。お願いします!』
『だが、雨守と同じく、儂もしばし眠らせてもらうとしよう。』
『はい。』
幻宗さん、本当に声もまだ疲れた感じだもの。
……あれから三日。
まだ街は、とんでもない騒ぎが収束したわけではなかった。あの辺一体突然停電するし、トラックの運転手は重傷を負うし、周辺の損害も酷かったし。それにコンビニの裏から瀕死の先生が見つかるし……。ニュースになってしまったくらいだもの。
落雷? 通り魔? まさかテロ?
そんな噂が流れたようだけど。たまたま霊が見える人がいなかったから……良かったのかな。
お見舞いに来てくれた高野先生とチャラ松さんには事情を簡単に話したけど、もう、あの学校にも先生、いられないよね。
渡瀬さんは仕事を終えてから夜に病院に顔を出し、朝早くにここから出勤してる。病院には先生の婚約者だってことに、私から提案してそうしてもらった。そうしないと夜の面会許可証が発行されないから。
でも、やきもち焼くって気持ちは全然なかった。
だって先生に憑依して、私わかったもの。
心も体も、ひとつになるってどんなことか。
それに先生、本当に私のこと……。
その時、先生が静かに目を開けた。
ちょっとドギマギしたけど、私はベッドから降りて、安心してその顔に自分の顔を寄せる。
『よく眠ってましたね。』
指でよけた前髪の間から、先生は細く開けた優しい目で私を見つめた。
「すまなかったな。縁。」
『いいえ。先生?』
「なんだ?」
『ありがとう、先生。
私も先生が、一番大切な人なんですよ?』
「ああ……わかって
私は先生の唇に、そっとキスをした。