第六十八話 蠢く者たち②
完全に閉じられた「闇」。目を開けてるのかどうかさえ、わからない。右も左も、どっちが天か地か、それにどれだけ広大なのかもわからない。
でもきっと中心に向かって私は凄まじい速さで引き寄せられている。そこに先生はいる! 地球の裏側だろうと「闇」の中だろうと! どこにいようと先生のこと、私が忘れるわけがないじゃない!!
私の思いは実現するから。
そう!
確実なのは、先生に憑依すること!!
「ああっっつ!!」
憑依した直後! 先生の口から思わず叫び声をあげてしまった。激痛がいきなり全身に走ったからだ。
先生、右肩から腰のあたりまで、ざっくりと背中を斬られている!
あの男!
それになに? 先生のお腹に、実体のあるナイフが刺さったままになっている?!
まさかあの女の仕業?!
(……縁……すまん。)
先生の魂は消え入りそうだ! 私がいつまでも憑依してるわけにはいかないわ?!
「先生、意識なくさないでくださいねっ?!
少しの間、体借りますからっ!!」
あいつらっ! 一人残らず消滅させてやるっ!!
ぎりっと噛みしめた奥歯が鳴った。と、突然闇の中心に引きずられる速度が、勢いが、激しくなった。
(……縁……憎しみにかられたら、駄目だ。)
そうだった。怒りにまかせちゃ、闇は操れない。でも、感情をコントロールするのなんて難しいよ!
それに、それに!
先生を捕まえたはいいけど、どうやってここを抜け出したらいい?
外では幻宗さん、きっとあの男とまだ戦っている。自分で抜け出さなきゃ……。
県庁と、お父さんお母さんの元へ帰った時の違い?
それがわかればって幻宗さんは言った……。
(……俺を捕まえてくれたじゃないか……それと同じだ、縁……。)
頭の中に、また意識を共有してる先生の声が。でも、ほんとにもう消え入りそう。不安に押し潰されそうだよっ!
?!
……不安?
そうか。きっと不安を抱えてたから、あの時は闇の中をくぐったんだ。でも、お父さんお母さんを思ってた時は、懐かしくて、あたたかくて……明るくて、まっすぐだった。それと同じことなら!
私は先生を救い出すんだ!
闇を抜けて、渡瀬さんや幻宗さんと、出会ったみんなと!
また一緒にいたい!!
伸ばした右手が、輝いた。
いや、闇を切り裂いているんだ。
このまま抜け出せば!
「お姉ちゃん! 助けて!!」
え?
突然聞こえた子どもの声にびっくりして振り返る。すぐ後ろに、小学生くらいの男の子が! 泣きながら闇の中を泳ぐようにして腕を伸ばしているのが、外から差し込む光で見えた。
「捕まって!」
叫びながら左手を男の子に伸ばす。
(……駄目だ……)
え? なんですか、先生?
「捕まえたよ♪」
その時、無邪気な声とともに、ぎゅっと男の子は力強く握り返した。伸ばした左手ではなく、お腹に刺さったままのナイフの柄を。そして、ふふっと笑って捩じ上げる。
「うがあああっ!!」
激痛に思わず悲鳴をあげながら、私は右の拳で男の子の顔面を殴りつけた。それは霊体ではない。まぎれもなく生きた男の子だった。
その瞬間、再び私たちは闇に包まれた。
「いってぇ~。
痛覚、切っておくんだったな。
酷いことするなぁ、子どもに向かってなんてことするの。」
お腹に刺さったナイフを抜き取った男の子の声が遠のく。その姿はどこにも見えない。
「でも痛いでしょ? 怖いでしょ? くっくっくw」
嫌らしい笑い声だけが響く。
しまった!
あれがあの女の言っていた同志?!
私のこと、先生の姿なのにお姉ちゃんって呼んだってことは、私の動きが最初からあの子には見えていたってこと?
ぞっとしてしまった。
それって、ほんとに先生より強い霊力を持ってるんじゃ……。
「困ってる困ってる。
今の、お姉ちゃんの顔で見たかったなあ♪
ふふふ♪」
再び響く笑い声。この光すらない闇の中で、あの子には私が見えている!!
「あなたもここから抜け出したいなら、協力しなさいよっ!」
「協力? 冗談でしょ?
お姉ちゃん、もう一回頑張ってよ?
うまくいったところで、その体と交代するからさ。
やっぱちょっとだけ小さいんだわ、コレ。」
交代って……まさか男の子の中に、別の人間が憑依してるってこと?
(すまん……あの姿に騙された……男の子の魂は、最初からなかった……)
そんな! 先生も見抜けなかったなんて。
もしかして、これがあの女の言っていた「魂と引き換えに」ってこと?
生者に成り代わるって、そういうこと?
「さあ早く早く♪
僕のために道を開いてよ。
なんならお姉ちゃんが本気になれるように、手伝おうか?」
「ああっ!!」
今度は左腕を斬られた。どこから来るの?!
(……縁……心の……目ってやつだ……。)
そうか! 幻宗さんの言葉、二つ目だ!!
「うわああああああっ!!! そんな馬鹿なッ?!」
突然男の子の悲鳴が、闇の中心部へと飛んでいく。
「知らなかった? 馬鹿はあなたよ。」
ごめんね。
私は男の子の体を潰すつもりで、最大の霊波をぶつけたんだもの。
どこにいるかなんて、私には関係ないんだった。
一度その姿を見たんだもの。
男の子の体が、ぐしゃっと血しぶきをあげながら小さく潰れていくのだけが、私の心の目に映った。
私、地獄に堕ちても構わない。
それより。
生きた人の身体を奪う奴らを、許さない。
「先生?
もう、心配しないで。
私、先生の『闇』もコントロールできてますから。
さあ、出ますね。」
すっかり穏やかに凪いだ「闇」を、私はゆっくりと切り裂いた。




