第七十話 嵐の前の①
「雨守クンの言葉足らずのおかげで、どれだけ縁ちゃん心配したと思ってるの?」
その日の夜。
開口一番、渡瀬さんは雨守先生に詰め寄った。意識が戻って「山も越えた」ということで、先生はハイケアユニットから個室に移されている。
意識が戻ったことだけは、昼のうちに県庁に顔を出して渡瀬さんと古谷さんに伝えておいた。だからその後、渡瀬さんは仕事どころじゃなくなっちゃったみたいだけど。
「縁ちゃんぞんざいに扱ったほど、気もそぞろでやられちゃったんでしょう?
幻宗さんもこんなになっちゃって……そんなに手強かったの?」
「『面目ない。』」
先生と幻宗さんの声が被る。先生は悔しそうに呟いた。
「本当に、子どもが襲われてると思ったんだ。」
『それで先生……あの人達のこと、なにかわかったんですか?』
あの後、先生はまた安心したように眠っていたから、改めて私は尋ねた。
「ああ、ザクっとやられた瞬間にね。
あの子達は、年代はまったく違うが……。
この世界そのものに、恨みを抱いてる子達ばかりだった。」
『世界に……恨み?』
先生は静かに目を閉じたまま続ける。
「男の子の中の奴はその昔……三十年くらい前になるのかな?
クラスの奴はもちろん担任まで一緒になっていじめに加担して。
それで自殺に追い込まれた中学生だった。」
『先生まで?!』
びっくりしちゃった私と反対に、渡瀬さんは冷めた目を窓外に向けた。
「『葬式ごっこ』か。
割と教育従事者の中ではタブーみたいになってる話ね。
生きてるのにその子の机に遺影置いたり、花瓶置いたり……。
全国あちこちであったみたい。
今だって、たまに似たような問題は起こっているわ……。」
どう言葉をつないでいいか戸惑っていると、先生はさらに話を続けた。
「外国人の男の霊は湾岸戦争……と言っても縁は知らないか。
まだ生まれてなかったもんな。
俺だって生まれたばっかで小さかったから、覚えてないけど。」
『世界史では最後のほうにちょっと習っただけでした。』
先生は横目でシーツに視線を落としたまま続ける。
「……彼はハイスクールから大学にって時に、
奨学金の条件を吊り上げられて兵士になるより他なかったらしい。
そんな操作があるから議員の子は戦場に行かずに済む……。
おまけに上官の杜撰な命令で、彼は味方の爆撃で死んでいる。」
あの人、戦争を経験してたんだ。第二次大戦に絡んだ人のことは、つい最近経験したけど……決して昔のことじゃないんだ。
『先生……あの女は?』
リン……きっとそれがあの女の名前。先生は再び目を閉じた。
「あの子だけは、読めなかった……全然。
二人の感情から察するに、きっとリーダー格なんだろうけど……。」
先生でさえ、「全然」だったなんて。
先生の言葉によると、いつからかはわからないけど、私達はどうやら『監視』されていたらしい。今度は私の目をじっと見つめて先生は言う。
「霊を闇に葬ることができる俺や幻宗さんはもちろん、
縁、お前も邪魔な存在だと感じてるようだった。」
『それは、
幽霊達を生きた人に憑依させていくのに邪魔だ、ということですよね?』
すると、黙って聞いていた渡瀬さんが口をはさんだ。
「ねえ。話を聞いてると、
今までみたいに個々の幽霊が単独で憑依するっていうんじゃなくて
組織的に幽霊達が憑依を始めてるってこと?」
「ああ、どうやらね。
その中心にあの女がいるんじゃないかな……。」
そのために生きてる人の魂を消している。その人の人生や、その人の家族までもないがしろにして。
もう一度生きたいというのが亡者の願いって言ったけど。だったら成仏して転生すればいいだけなのに。
『その目的って、なんなんでしょうか?』
「わからない…。」
先生はまた、ただシーツに視線を落とすだけだった。
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雨守先生は今の学校、もう退職するしかないから、借りてる教員住宅も含め引き上げる準備をするんだって言って。渡瀬さんは仕事を古谷さんに任せて休みを取って来ていた。
おまけに次の日は土曜だから連休♪って、渡瀬さんはかわいい笑顔を作って見せる。曜日感覚なんて、すっかり無くなっていたな。
明けてそんな金曜日のお昼過ぎ。
……突然、奇妙な人が病室に現れた。
「あなたっ!! また何か企んで来たのッ?!」
その男の人を見るなり、渡瀬さんは物凄い剣幕で叫んで彼を睨みつけた。
まるでそれを予想をしていたのか、男は病室の入口で渡瀬さんに距離を置いたまま、肩から下げていたカバンを身を守る盾のようにして構えた。
「ちょ、まーった待った待った!
今日は大事な話があって来たんだよぉ!!
新聞に載ってたそこの御仁と、隣の女の子にぃ。」
『私が見えている?』
先生のベッドと男の間に割って入ると、渡瀬さんは腕組みをして男を睨み続ける。
「この人、横道っての。
夏に雨守クンの検体盗んだ男!
縁ちゃん捕まえようって、企んでた最ッ低男!!」
「捕まえるだなんて人聞きの悪い~ぃ。話がしたかっただけだってぇ。」
『あの、私達に大事な話って、なんですか?』
「その御仁の怪我にきっと関わってると思うんだけど……聞いてくれるぅ?」




