4、ある年の梅雨の思い出/「ムーミン」シリーズ(トーベ・ヤンソン・講談社)
6月に入って間もなく一週間。そろそろ梅雨入りを迎えた地域の方々もいらっしゃるのではないでしょうか。
雨の降る音を聞きながら読書をするのも、雨に濡れた紫陽花を愛でるのも素敵な時間ではありますが、あまりに毎日じめじめとした日が続くと、梅雨のない国へ行きたいと思ってしまう時もありますよね。
たとえば、北欧とか。
北欧といえばデンマーク出身の「北欧の至宝」マッツ・ミケルセン――ではなく、今回はフィンランド生まれの児童文学、トーベ・ヤンソンの「ムーミン」シリーズについて綴っていきたいと思います。
小学六年生の頃。梅雨の時期に、読書家の若い叔母が数冊の本を貸してくれました。
それが、講談社から出ていた「ムーミン」シリーズでした。
私はそれらのうちの一冊を喜んで開き、一通り読み、再び読み直しました。気に入ったからではありません。作者が何を言いたいのか、さっぱり分からなかったからです。それが、『ムーミン谷の仲間たち』でした。いきなり番外編的短編集から読んだので余計にそう感じたのかもしれませんが、哲学的な内容も含まれていましたので、あまり賢くない小学六年生だった私には難しかったのです。
首を傾げつつ開いたもう一冊は『ムーミン谷の彗星』でした。こちらは、話の筋は分かります。もうすぐ地球に彗星が落ちてきて、世界が滅びるかもしれない。そう聞かされたムーミン・トロールとスニフが、真相を確かめるべく、ムーミン谷を離れて冒険の旅に出る話です。この旅の途中で、ムーミンたちはおなじみのスナフキンとスノークのお嬢さん(日本では彼女を何と呼ぶかで年齢がバレます)、そしてお嬢さんの兄であるスノークと出会います。
ママ手作りのお弁当を持って行く冒険の旅。途中で出会ったスナフキンは面白いお話や遊びを教えてくれますし、スノークのお嬢さんに対する、ムーミンの幼い恋心も可愛らしい。弱虫の泣き虫でちょっぴり欲張りで見栄っ張りのスニフが、可愛い子猫に懐いてほしくてあれこれと頑張る姿が、何故か恋の駆け引きを思わせて少しドキドキ。
それでいて物語の底に漂うのは、何とも言えない仄暗さ。しかし、悪くない。ひとまず、こちらは気に入りました。ネタバレ覚悟で申しますと、講談社から出ている「ムーミン」シリーズは、この『ムーミン谷の彗星』が第一巻です。
こうして、何か分かりにくくて暗い話が多いな、と思いつつも、私はじわじわとムーミンの世界に入り込んでいきました。
『たのしいムーミン一家』。これは小学生にも分かりやすく面白かったのですが、作中に出て来る謎の帽子が、私には酷く恐ろしい物に思われました。特に、うっかりこの帽子に入ってしまったムーミンの姿が全くの別物になってしまって、親友のスナフキンも、恋人であるスノークのお嬢さんも、幼馴染のスニフも彼がムーミンだとは全く気付いてくれないというエピソードには、途中で涙目になったほどです。……大人になった今でも、あの場面は少し怖いと思っています。
しかし、この恐ろしい帽子の持ち主である飛行おにという人物自体は、スナフキンとミイの次に好きです。
飛行おにの名前は最初、スナフキンの語るお話に登場します。黒いシルクハットをかぶり、黒ひょうに乗った飛行おには、世界中どころか地球の外を飛び出して月や遊星を巡り、何百年もの間、唯一彼の心を満たしてくれるであろう世界一のルビーを探し続けているというのです。
彼の目は燃えるように真っ赤だということでしたから、ムーミンやスノークのお嬢さんは、飛行おにの話を聞いた時にはとても怖がっていたのですが、実際にムーミン谷にやって来た彼は、間違いなく、このシリーズを通して最も良識的で優しい人物の一人でした。
世界一のルビーを所持していたのは、とてもちっぽけな生き物でしたが、飛行おには、決してその生き物からルビーを取り上げることはありませんでした。
それどころか、ムーミン谷の住人たちの願いを一つずつ魔法で叶えてくれたのです。そこで、小さな生き物が、自分の願いのためには魔法を使わないのかと尋ねると、飛行おには、自分に出来るのは他人の願いを叶えることと、姿を変えることだけだ、と答えるのでした。
こういう、思い通りにならないことなんてなさそうなのに、一番肝心で個人的な望みを自分ではどうしても叶えられない人物に心惹かれるようになったのは、この飛行おにのエピソードを読んでからかもしれません。「強い人ほど優しい」ということを体現する人物なら、なお良し。
その次に読んだのが『ムーミン谷の夏祭り』でした。アニメ版とは違う、荒ぶるスナフキンや、彼らしくもなくつい所帯じみたことを考えてしまうスナフキンを、ここで存分に堪能することが出来ます。ご存知でしたか、あの真っ白で、どこかとぼけた顔をしたニョロニョロが、実はムーミン谷の中でベストテンに入れても良いくらい危険な生物だということを。スナフキンは、そのニョロニョロの種を使って、とんでもない暴挙に出るのです。
スナフキンとミイが出会う場面もあるのですが、それが、シリーズ全巻を読んだ後では何だか妙によそよそしく感じられます。何故ってこの二人、実は……(詳しくは『ムーミンパパの思い出』をご覧ください)。
『ムーミン谷の冬』で、私は初めて、北欧には太陽が昇らない日があるのだと知りました。『ムーミン谷の十一月』には、ホムサ・トフトという孤独な境遇の人物が登場するのですが、この人物も好きです。
こうして、全巻読み終わる頃には、この、時々怖くて、寂しくて、不思議で、やるせなくて、可愛らしいものと美しいものに溢れたムーミンの世界にすっかり夢中になっていました。
少し大人になった気分で叔母に本を返すと、叔母は今度は中国の古典怪奇小説の文庫本を貸してくれたのでした。
現在来日中のマッツ・ミケルセンが、かつて劇場版パペットアニメーション「ムーミン谷の彗星」で、スニフの役を担当していたと知った時の衝撃を誰かと分かち合いたいです。演じる役の幅が広過ぎませんか……?




