12
「失礼します、ドクター」
今度はちゃんとノックをして、ユウとリグは兵器開発室のドアをくぐった。
前回と同じくドクターは飛び上がって驚き、憎々しげに二人を睨んだ。
「おどかすなと言ったはずだぞ。恨みでもあるのか」
「ちゃんとノックしましたよ」
困り顔のユウの肩をたたいて、リグは机に手をついた。
「ポインターの予備弾倉の件で来ました」
「ああ、あれか。全く面倒なことをさせてくれる」
ドクターはぼやきながら部屋の隅に放り投げてあったブリーフケースを取りに行った。
「なんで僕ら二人にだけ説明がいるんです? 全兵士に通信すればすむでしょう。そんなに信用ないですか」
「リグ。君、まだ申請許可の通知読んでないの?」
「ああ。ユウから聞いたからいいかと思って」
「ちゃんと読んでよ。支給されるのは僕らにだけだ」
「なんで」
ドクターはブリーフケースを机の上におく。
「私もそれをGMSに尋ねた。製造上の制限があるため、だそうだ」
信用できないだろう、とドクターは付け加える。
「ただケチなだけではなく?」
「おそらく本当だろうよ。連続撃破の戦術が全兵士に普及した以上、予備弾倉を支給しない理由はない。できないのだろう」
「そんなに難しいものなんですかね」
「さあな。単に製造に時間がかかるのかもしれないし、そもそも原材料が足りないのかもしれん。わからんよ。人類は何も知らん。戦闘機をわけ知り顔で直している整備班の連中だって、GMSの用意した診断機を使って不良箇所を探し、GMSの用意したパーツをユニット単位で、GMSがあらかじめ決めた手順で交換しているだけだ。どんな原理で動いているかなぞ、誰も知らん」
ユウが顔を曇らせた。
「ポインターの動作原理も不明ですよね。そう考えると、怖い気もします」
「GMSの言うことを守っていれば大丈夫だろう。これまではな。ところが言いつけを平気で破る馬鹿が現れた」
「僕のこと言ってます?」
「頭の性能が低いのか? 他に誰がいる。戦術コンは脳から筋肉への指示信号まで支配していると疑っていたが、お前のおかげでそうではないとわかったほどだ」
リグは肩をすくめただけで反論しなかった。
ドクターも黙ってブリーフケースを開ける。ケースの中に八つの予備弾倉が入っていた。弾倉には縦に赤いバーがある。エネルギー残量を示すそれは頂点を指していた。
リグはそれをつまらなそうに、ユウは興味ありげに覗き込んだ。ポインターはいつもエネルギーを充填された状態で戦闘スーツのホルスターに収まっているし、予備弾倉がない以上排出する必要もない。だから弾倉を見る機会はなかった。無論、弾倉交換の手順は兵士なら誰でも学習しているが、その必要がなかったのである。実際に弾倉交換をしたのはリグくらいだろう。
「一人につき弾倉二つだ」
「ちょっと待ってください。戦闘スーツは誰の身体にも適応するし、装備も一緒だからどれを選んでもよかったですよね。僕らにだけ予備弾倉が支給されるってことは、どうなるんです? 毎回受け取りに行くんですか」
生真面目なユウの質問に、ドクターは首を振る。
「いいや。631専用のスーツが指定され、予備弾倉はあらかじめベルトに収まる形だ。どれが専用スーツかは戦術コンが教えてくれる。どうだ、専用スーツだぞ。嬉しいだろう」
ドクターが意地の悪い笑みを浮かべる。リグはあまり嬉しくなかった。
「全兵士に支給してほしいと僕は書いたんですがね。なんでウチなんです? WFの第一小隊あたりにでも支給したほうが戦闘効率は上がるでしょう」
ユキのいる隊を口にして、おもわず肩の暖かさを思い出す。リグは意識を切り替えようと努めた。
「そこは戦略部でも少々揉めたようだ。だが、結局GMSと同じ結論になった」
「どうなったんです?」
「631の新戦術開発の可能性に期待する、ということだ」
リグはうんざりした顔を隠さなかった。
「僕はタイル型侵入個体への対策と、不測の事態への備えとして全兵士への予備弾倉支給を要請したんです。その返事が、新戦術を開発しろ? 全く話がつながっていない」
「いまのところは問題あるまいよ。お前たちが練り上げた対飛行船戦術のおかげで、侵入個体の数は激減した。結果、タイル型侵入個体へ戦力を集中できるようになり、対処は格段に楽になる。そもそもあれだけの大きさだ。必要なフェムトの数も相当だろう。出現するかすら怪しいくらいだ」
「何が起きるかわかりませんよ」
「だからお前たちなんだ」
「ポインターの弾数増やしただけでどうしろっていうんですか」
ドクターはため息を付いた。リグの苛立ちはわからないでもない。
「WFでも独自の戦術開発を試みているのはGMSも戦略部も把握している。だが残念ながら、まだ形になっていない。不測の事態に対応できるとしたら、お前たちだ。弾倉の製造数が限られている現状、これはGMSと戦略部にとって精一杯の支援だろう。恨めしく言ってやるな」
リグは反論も、感情を表に出すこともしなかった。それでも不機嫌な沈黙を察したユウは、努めて明るい声を出した。
「それで、予備弾倉に関する説明というのはなんなんですか?」
「ああ、そうだった。余計なことを話してしまったな」
ドクターも咳払いで仕切り直した。
「こいつを扱う上でのGMSの注意事項は二つ。壊すな。エネルギーを決して外に漏らすな、だ」
リグは予備弾倉をつまみ上げ、握ってみる。そんなに脆い感触はなかった。
「わざわざそんなことを言わないといけないんですか? 兵士が戦場で持ち歩く以上、それなりに頑丈でしょう」
「まあな。ポインターの動作原理はともかく、耐久性能は公開されている。バーナーで焼こうが冷凍庫に放り込もうが、戦闘機の下敷きになっても大丈夫だ。試す気はないが、GMSに言わせれば突撃銃の連射にも耐えるそうだ」
「それなら、なんでまた」
「使うのがお前たち、というか、お前だからだろう。どんな無茶をするかわからん。私からも言っておくが、くれぐれも変な使い方はするなよ。GMSが警告した以上、それは決して起きてはいけないことだ。何がどれくらい、どれほどの規模で作用するかわからん。都市一つまるまる消える可能性さえある」
予備弾倉を眺めながらリグは考えた。
「GMSはどうして情報を公開しないんでしょう。動作原理だけでも分かれば、何が無茶かどうかだけでも判断できそうですが」
「私もそれを常々考えている」
ドクターは椅子に座って腕を組む。
「おそらくだが、公開してもいまの我々にそれを理解できる知識がないのだろう。理解できない技術を手探りでいじくり回すことほど危険なことはない。動作原理がわかっていたとしても、その技術をものにするために人類は多くの犠牲を払ってきた。火は人を温めたが、ちょくちょく燃え移っては骨まで焼いた。蒸気機関はボイラーの強度不足で破裂し、高圧高温の水蒸気で周囲の人々をまとめて蒸し殺した。回収班が使っとるジープやトラックは昔、もっと狭いところをもっと高速で移動し、何千万人も轢き殺した。技術は実用化する過程で、あるいは兵器よりも多く殺してきたかもしれん。それでも人類は探求をやめなかった。おっと、なぜか、なんて私に聞くなよ。技術者である私にとってそれは、知りたいから、やってみたいから、という単純な欲求だからだ」
リグはドクターの言葉を吟味する。なるほど、正しいように思える。その視点から考えれば未知の技術の塊であるこの都市も、旧文明の人類にとって目新しいものではなく、ありふれた、枯れた技術の産物なのかもしれなかった。
「……GMSもポインターの動作原理を知らない可能性もありますね」
「そうだな。どちらにしても、我々は自己を高めねばいかん。旧文明からの技術継承が行われなかった以上は」
自嘲気味に笑うとドクターは、話は終わりだ、と言った。
「予備弾倉は戻しておけ。このあとお前たちの戦闘スーツに装備される手はずだ」
言われた通り予備弾倉をブリーフケースにしまうと、リグは顔を上げた。
「ついでに聞きたいことがあるんですが、いいですか」
「面倒なやつだな。まあ、あとでちょくちょく来られるよりはいい。言ってみろ」
「ポインターの銃把の後ろ側、つまり手前のところ、接続口がありますよね。あれなんです?」
「そいつに触るな!」
ドクターは顔を真赤にして怒鳴った。びっくりしたユウは二人の顔を交互に見る。
「そんなのあるの?」
「スライドする部分があって、その奥にある。共通規格だから戦闘スーツと有線接続……」
「やめろ、馬鹿者め! 絶対にするなよ!」
ドクターは頭を抱えてわめき散らした。
「こんちきしょうめ、何だってそんなところに気づいた!? いままで誰も気づかなかったし、興味も持たなかった! 戦術コンが決して指示しないからな! そうか、お前は頭の性能が低いんじゃない、頭がおかしいんだ! どうしてそんなことをする気になった、言ってみろ!」
ユウは困惑していたが、リグは何でもないことのように答える。
「飛行船に穴を開ける戦術開発のとき、操縦棺の中で考え事をよくしてたんですよ。神経接続が必要だから当然戦闘スーツを着ているでしょう。で、考えながら手慰みにポインターをいじっていたら、あれ、と」
「あれ、じゃない!」
ドクターは天井を仰ぐ。
「なにか知ってるなら教えてくれませんか」
「だめだ。興味を持つな。接続するな。口外するな。私に言えるのはこれだけだ」
「話す気がないならそれでもいいですけど、勝手に試しますよ。いいんですか」
ドクターはリグをにらみつけると、床を強く蹴って立ち上がり、うろうろ歩き出した。
「私を脅す気か! 脅されたのなんて、生まれて初めてだ! 先代も、先々代、そのまた前、歴代のクローンである私たちもないに違いない。お前は脅しという新戦術を開発したわけだ! この都市初の対人戦闘というわけか!」
「戦うつもりはないですよ。だめならだめで、理由を教えてください」
黙り込んだドクターは歩き続け、結局さっきとは別の椅子にどかりと座った。
「話す。勝手に試されるより何億倍もマシだ」
ドクターは完全にふてくされていた。ユウは不安そうな視線をリグに送ったが、リグは軽くうなずいただけだった。
「あれは、接続すると設定画面が投影される」
「設定? ポインターのですか」
「そうだ。出力や射出速度、射程、空間固定関連など。など、というのは現在では使われていない単語があって……言語自体が違うのかもしれんが、とにかく、項目の意味以前にそもそも読めない項目が多い」
ドクターは長く息を吐いた。
「私は重要なことだと思ったが、GMSは設定の調査優先度を最低にした。現状で侵入個体に対して最適化されているから、値を変える必要はない、というのが理由だ。実にごもっともな話で、反論できなかった」
リグの目をじっと見つめてドクターは言う。
「だが、私は調べたかった」
ドクターはガラクタの山からポインターを引っ張り出し、端末のケーブルに接続した。ディスプレイの一つに設定画面が現れる。
リグとユウは項目名に目を走らせた。出力、射出速度、射程……そして、意味のわからない単語の数々。
「こんなのあったんだ……知らない単語ばっかりだ」
「調べるにしても書籍データを漁るくらいかな。といっても、辞書も山ほどある。GMSの協力があれば早いんだろうが」
「協力はせんだろうな、間違いなく。他に優先度が高い作業は腐るほどある」
リグは設定項目からドクターに視線を移した。
「で、僕が試しちゃいけない理由はなんです? 人手が増えますよ」
「これは研究だ。一つ一つの項目の意味、その値を変えたことによる影響の記録。手法から模索しなければならん。兵士であるお前の記憶野には学習されていないことだ。それに……こちらのほうが重要なのだが……システムが設定値の変更に対し安全を保証しているとは限らない」
「すみません、システム云々というのはどういうことです?」
「さっき技術をものにするのに犠牲が出る話をしたな。それだ。具体的にいうと、ある値を変えたことによって、動作原理からすれば矛盾する設定になり、何らかの事故を引き起こす可能性がある」
リグは顔をしかめる。
「システムによっては、そういった危険な事態を引き起こす設定にならないように常時監視し、値の変更に制限をかけるものもある。重大な事故を引き起こしかねないものは特にその傾向が強いが、それもシステムの設計者次第だ。ポインターはGMSによれば、自己概念を利用した空間破砕兵器、だそうだ。正直、何のことやらさっぱりわからんが、威力はお前たちも知っているだろう。あれがどんな事故を引き起こすのか想像したくないし、できない」
両手を上げて、ドクターはリグを見た。
「そういうわけだ。わかってくれたか」
「わかりました。理由を話してくださって、ありがとうございます。軽率に試すところでした」
「話したかいがあった。口外もするなよ」
「はい。ところで、質問がもう一つあるんですが、いいですか」
疲れた表情でドクターは力なく笑った。
「もう怒る元気もない。言ってみろ」
「突入口に入るのは人間じゃないとダメですか。無機物、石ころとかでもいい、となると楽なんですが」
「GMSは頑固だがアホではない。そっちのほうが楽なのはわかっている。できるならとっくにそうしているだろう」
「有機物でもダメですか。例えば、適当なタンパク質の塊とか」
「だめだった。破壊現象以前に、突入すらできなかった。もう少し人間に近いもの、ということで食糧生産層から……なんと言ったかな、とにかく動物を連れてきて放り込んでみた。破壊現象は起きたが小規模で、何より再構成がうまくいかなかった。ぐちゃぐちゃになってな。あれはもったいないことをした」
うえっ、という顔をユウがした。ドクターは椅子に座ったまま前のめりになる。
「あの動物と人間の最大の違いは、おそらく脳の大きさだろう。自己概念を利用した空間破砕兵器、という言葉から推察すると、脳活動、特に自意識が関わっているのかもしれない。憶測でしかないがな」
リグはうなずいた。
「戦術コンは正しかったわけですね」
「そうさ。考えてみれば、戦術コンに平気で反逆するお前だ。そこに疑問を持つのは当然なのかもしれんな」
ドクターは二人の顔を見てため息を付いた。
「他に質問はあるか? あるなら他の日にしてくれ。今日はもう疲れた」
「いえ、もうありません。ありがとうございました」
ユウもお礼を言って、リグに続いて部屋を出る。
そしてすぐリグの隣に並んだ。
「リグ、やりすぎだよ」
「脅しのことか?」
「そうだよ。あんなに怒った人、はじめて見たよ」
「脅しじゃなくて取引のつもりだったんだけどな……悪いことしたとは思っているよ。でもおかげでいい情報が聞けたし、俺は馬鹿なことを試さずにすんだ。仕方ない手続きだったと思う」
その答えに、今度はユウがため息をついた。
流石にリグも申し訳なさそうな顔になる。
「その、巻き込んで悪かった。ごめん、ユウ」
「いや、実は君の言うこともわかるんだ。わかるから……うーん」
ユウは少し考えて、なにか決心してリグを見た。
「さっきの発言は取り消すよ。君は君の思うようにしたほうがいい」
「いいのか?」
「ああ。その方が生存率は高いと思う。いまだって有益な情報を手に入れた。僕らの誰かが死ぬことに比べたら、ドクターを怒らせるくらいなんてことないよ」
「一時的に怒られるのはともかく、長期的にドクターに嫌われるのは嫌だな」
「そこは気をつけてね。でも、ドクターは実際、わかってくれると思う。僕らよりずっと大人だし、論理的で思慮深い人だからね」
「気をつけるよ」
「うん。でも、さっきも言ったとおり、君は君の方法を貫いてね。できる限りフォローするよ」
「ありがとう、ユウ」
「いいんだ。僕は君の副長だからね。でも、今日のチョコレートキューブ、一個頂戴ね」
そんな事を話しながら二人は小隊の部屋に戻った。訓練も終わって暇そうにしていたガスとテオに予備弾倉の件を話すと、地上戦の得意なガスは喜んだし、テオも悪い気はしないようだった。
「ところで隊長、次の新戦術とかねーの? 暇なんだけど」
「ないな」
リグはふと、さっきドクターに言われたことを思い出した。
「ガス、お前、対人戦闘とか興味ない?」
「あるある。めっちゃある! でも、フェムト相手には役に立たないだろ? 関節なんかないし、馬鹿力だからさ。だからシミュレータに訓練データがあるとこまでは調べたけど、我慢してたんだ。やっていいのか!?」
「他にやりたいこともないしな。テオはどうだ?」
するとテオはもじもじと手をすり合わせた。
「えっと……いつか、娯楽データで大峡谷を戦闘機で通り抜ける動画を見て……でも役には立たないし、やってみたいんですけど、いいんですか?」
「いいよ」
「おもしろいのかそれ」
「すごいよ! あんな狭いところを音速で抜けるんだよ。ガスも見てみて! ぞくぞくするよ。きっと真似したくなる」
「いいの?」
これはユウである。尋ねてはいるが、形だけだ。本気で問題があると思っていたらとっくに止めている。
「いいさ。訓練は最低限やるべきだけど、好きなこともやったほうがいい考えが出るかもしれない。ユウはないのか?」
「僕は君に見やすい書類作成の方法を教えたいね」
「それ以外でさ」
こうして631の部屋はにわかに賑やかになり、その日からもう各々の好きなことをしはじめ、あるいはそれに付き合った。
リグは蘇生して一ヶ月程度しかたっていない。ユウとガスとテオはリグより長く生きてきたが、こんなに連続して状況が変わった経験はなかった。
だから誰も知らなかった。
転がりだした物事は段々と勢いを増していき、やがて終焉に至ることを。




