13
『識別No.0631、個体名リグ。0631小隊を率いて対空迎撃任務。出撃せよ』
その日もいつもどおりの出撃命令だった。
631は全員専用の戦闘スーツに身を包んで格納庫へ走り、操縦棺に飛び乗る。機体内に収容されて神経接続。飛行前のすべての動作確認を終え、出撃待ちになる。
「隊長、終わったら格闘戦やろうぜ」
「お前強いからやだ」
「ハンデつけるからさ」
「ユウ、僕にも付き合ってもらっていいですか。戦闘機での追いかけっこ」
「いいよ。でもみんな、緊張感なさすぎだよ。油断しないでね」
ユウが注意したとおり、631の面々は少々退屈していた。対空迎撃任務は新戦術を覚えた戦術コンによって指示に従うだけの状態に戻ってしまい、何も考える必要がないからだ。
「おい、見ろよ。整備班の連中が手を振ってるぜ」
ガスの声に神経接続された視覚を移動させる。出撃口へ機体を運ぶクレーンに吊り下げれた631の機体を作業着を着た整備班が見送り、数人が手を振っていた。
向こうから見えはしないのだが、リグも手を振り返す。整備班の連中も変わった。昔は見送りなんかせず、自分の仕事を淡々とこなすだけだった。
思い出ができている。自分たちやWF以外の人々にも。リグは思わず微笑む。
出撃口へ運ばれ電磁射出される。もう夕方だ。赤く焼けた都市上空で631は合流、編隊を組んで高速巡航へ移った。
リグはふと、対空迎撃部隊の編成を確認してみた。WF第一、第二小隊がいる。つまり、ユキがいるわけだ。
ユキを死なせられない。631の面子も。それを再認識してリグは集中力を取り戻す。
見慣れた飛行船が見えてきた。沈む夕陽の輝きを受けて赤く、あるいは白くきらめく。
リグは首を傾げた。
変だ。何かがおかしい。なのに、何が原因かわからない。
戦術コンが視覚野に流し込んできた計器類を眺めているうちに、やっと理由がわかった。
「まずい」
「隊長」
リグのつぶやきとテオの発言は同時だった。
「あ、気づかれてましたか」
「ついさっきな。ちくしょう」
「何の話だ?」
ガスの質問にユウのうめき声が重なる。
「大きすぎるんだ」
ユウの言ったとおりだった。この距離で飛行船がこの大きさに見えるのはおかしい。従来のそれよりも、明らかに巨大な飛行船だった。
「なるほど。レーダーじゃわかんねえわけだ。で、どうする?」
「いまGMSと戦略部に伝えた。指示待ちだが、おそらくさっさと攻撃を終えて全速で帰還。地上迎撃部隊への合流を急ぐことになる」
さほど間をおかず、そのとおりの指示が送られてきた。全戦闘機が増速する。
「対空機銃とミサイルの数も多いだろう。いつもより慎重に接近しろ」
全機へリグはそれを伝えた。容易に撃墜されては穴を開けるための進入路が確保できない、という戦術的理由もあったが、ここまで一緒にやってきたのにやられてたまるか、という個人的な感情もあった。
飛行船に接近。リグは距離を示す値と視覚情報が一致していない気がした。全長は少なくとも三倍、全高はニ倍以上。中のフェムト群体の量は考えたくもなかった。
接敵。巨大飛行船から放たれたミサイル群が渦を巻いてリグたちに襲いかかる。各機、全速旋回や全速降下で距離や速度を得つつ、機体後方にミサイルを集める。AMLSがレーザーを断続的に発射してミサイル群の誘導センサーを殺した。ミサイルの数が多すぎて、AMLSのバッテリー残量がごっそりとなくなる。中にはバッテリーが切れてもミサイルを迎撃しきれず、そのまま撃墜される機体もあった。
AMLSのバッテリー残量に余裕のある機体が飛行船に再度接近。ミサイルが撃ち尽くされたことを確認すると、ようやく進入路確保のための対空機銃攻撃がはじまる。対空機銃の数も多く、ほとんどの機体が普段の倍以上の損傷を負った。例外はWFとテオくらいだ。
そうしてやっと穴あけだ。それが終わるころには、リグはもう地上戦のことを考えていた。投下してくる侵入個体の数は五十程度ではすまないだろう。百を超えるかもしれない。地上部隊の手が足りなかった。早く戻らないと、あっという間に大気浄化装置のある最下層まで侵入される。
槍を撃ち終えた小隊はすでに帰還をはじめている。攻撃を終えた631もそれに続くべく上昇を開始した。
テオから通信。
「あの、隊長」
「なんだ」
「あ……いえ、やっぱりいいです。自分でもよくわからないので。命令通り、早く戻るべきですよね」
「だめだ。言え、テオ。何かの兆候かもしれない」
「じゃあ……飛行船、いつもより高度低くないですか。速度も上がっているみたいですし。まるで墜落に向かっているように見えます。フェムトの量はずっと多いはずなのに、この時点で墜落するのはおかしいですよね。都市上空で侵入個体を投下しなきゃいけないのに。どうしてこんなことが起きるのかわからないんです」
リグは戦術コンから過去の飛行船の経路、高度、速度を呼び出した。結果、テオの言ったことは正しいことがわかった。そしてこれもテオの言ったように、なぜこんな事が起きているのかわからない。
増速する理由はわからないでもない。早く都市上空につけば、それだけフェムトの流出量も抑えられるからだ。では、高度が低いのはなぜだろう。高いならともかく、侵入個体の投下にはいつもの高度で問題はないはずだ。落下に弱い新型でもいるのだろうか。
説明しようと思えば無理に説明はつけられる。しかし、腑に落ちない。ぷかぷか浮いてるあいつは何がしたいのだろう。
次の瞬間、リグの胃から背中までを冷気が走る。急いでGMSへ通信。計測と予測演算を要請。緊急度最大。
リグが上昇も増速もしなくなったので、不審に思ったユウが通信をいれてくる。
「リグ、どうかしたの?」
リグには答えるヒマがなかった。GMSから回答が来たからだ。
返信は戦略部を通さずに直接リグに来た。戦略部が協議する十数秒も惜しい、ということなのだろう。それはつまり、言ってみればGMSの焦りを示していた。
リグはGMSの回答を読んだ。予測はあたっていた。悪い意味で。こういう時に反射的にできることは限られている。
リグは怒鳴り散らした。
「こんちくしょうめ!! あの汚らしいバイキンども、時間があったら一匹一匹ぶち殺してやる!!」
「ど、どうしたの!?」
リグが説明する必要はなかった。戦略部の協議が終わって全機にその内容が伝えられたからだ。
『GMS及び戦略部より全兵士へ。敵飛行船の進路を予測したところ、敵の目的地は都市内部の見込みである。敵飛行船は推力と堅固な外殻を利用して都市下層へ向けて墜落に似た破壊的侵入を可能な限り行い、その後侵入個体を放出、大気浄化装置への破壊を試みるものと思われる。以上のことから、敵の目的が変化したことが明らかである。敵の目的は大気浄化装置の占領から都市の破壊へと変わった。GMSと協議の結果、これを防ぐ手段はない』
「墜落コースって、そういうことですか……」
ユウの弱々しいつぶやきが通信機から漏れる。
『待機していた地上迎撃部隊を戦闘機で出撃させ攻撃を行うが、これは気休めである。残存兵はもっとも近くの都市へ燃料の続く限り飛行し、その後いかなる手段を用いてでも、一人でも多く生きて近隣都市まで到達せよ。特に識別No.0631、個体名リグの生存を最優先とするよう、当都市アンバースのGMSと戦略部は強く要請する。以上』
631の各機に沈黙が満ちた。戦術コンに従う部隊はすでに飛行進路を変えている。戦術コンに頼らない部隊ほど、動揺が大きい。
「えっと……どういうこと? フェムトの目的は大気浄化装置を占領して、自分たちに有利な大気を作り続けることじゃないの?」
ユウの疑問にリグは拳を握りしめる。
「奴らの最終的な目的は変わってない。この都市に限って変えたんだ。この都市は新型を送り込んでもたいして被害が出ないし、通常の飛行船までほぼ無力化した。このままだと力をつけだすだろう。他の都市に戦術を伝えて、人類全体がフェムトに対し優勢になるかもしれない。それを防ぐには? 新型を作り続けるか、さっさとこの都市を潰すかだ。そして奴らは潰す方を選んだ! 理由は簡単で、新型を作るのは面倒だし、大気浄化装置のある都市は他にもある。そして俺たちがいるからだ! でなきゃ今後新型を出しても対処されかねないからな! よりにもよって、俺たちがいるために、この都市は潰されるんだ!!」
リグの声に混じってバンバンと音が聞こえるのは、暴れているからだろう。いままでユウやドクターを怒らせてきたが、今度はリグ自身の番というわけだ。
「なんとか防衛できねえか。いくらこいつがでかくて勢いよく都市に突っ込んだとしても、一気に最下層まではいけないだろ」
「無茶だ。敵はいまだかつてないほどの下層から、何体か知らんがワラワラでてくる。防ぎきれるもんじゃない。仮に防衛に成功したとして、その後はどうする。都市がぶち抜かれるんだぞ。食糧生産層、浄水層がぶっ壊れたら俺たちは何日生きられる。軍事層がやられれば兵器の生産どころか補給もできない。工廠層がイカれたら、何もかも修理できなくなる。あいつが突っ込んできた時点、いや目的を破壊に切り替えた時点でこうなることは決まっていたんだ」
短い沈黙の後で、ユウは決断した。
「リグ」
「いやだね」
「いいや、今回ばっかりは君の指示は聞けない。前にも言ったとおり、戦術開発できるのは君だけだ。どうしても生き残ってもらう。人類のためにも」
「人類のことなんか知ったことか! 隣の都市まで行け? 戦闘後の燃料は半分も残ってない。経済巡航したって途中で胴体着陸だ。そこからは? お迎えがくるわけじゃないんだ、歩くしかない。ところが操縦棺のサバイバルキットは三日分のボンベと水と食料しかない。丸三日ぶっ通しで歩いたとして、何キロ稼げる!? 到底たどり着けっこない!」
「足りないぶんは、僕らの……」
「やめろやめろやめろやめろ、絶対だ!! 足りないぶんのボンベとサバイバルキットをお前たちからもらって、死ぬとわかってるお前たちに笑顔でサヨウナラ? そんで俺だけニッコリ隣の都市へゴールイン? そんな事するぐらいだったらこの場で死んでやる!」
「隊長!」
「隊長、悪いが今回ばっかりはユウを支持する。あんたが生きてりゃいくらでも巻き返せるんだ」
「俺の話を聞いてなかったのかスットコドッコイ! 俺は誰にも死んでほしくないんだ! ユウも、ガスも、テオも、ユキも、ドクターも! この都市の誰にもだ! 都市の市民は何もできない。いまどんな気持ちだ? 手を振ってくれた整備班は? 何もかも捨てていくのか!」
珍しくユウが声を荒げる。
「リグ! 僕たちは人間だ。できることとできないことがある。選択しなきゃいけない時なんだ。いままでのことを無駄にしないためにも、君は生きなくちゃいけない!」
「いやだって言ってるだろ!」
「駄々をこねないでよ!」
「どうしてもっていうんならお前たちが生き残れ! 戦術開発の経験と実績があるのはお前たちだって同じなんだ!」
ふと、リグの声から毒気が抜ける。
「いいことを思いついた。俺は離隊する」
「は!?」
「いや、離隊じゃないな。脱走する。脱走兵だ。この都市に反逆罪はないから、これで誰にもとやかく言われる筋合いはない。だから指揮権はユウ、君に預ける。お前たちは生き残りに全力を尽くせ。俺は全員生き残れる方法を考える」
ユウが大きなため息をついたのが、通信越しでもわかった。
「……ごめんな、ユウ。こんな時に指揮を投げ出すなんて、隊長失格だ。でも、俺はこのやり方しかできない」
「……わかった、もういいよ」
ユウたち三機が上昇していく。それを見送っていたら、今度は別の機体が近寄ってきた。戦術コンに頼るまでもなく、リグはそれが誰かわかる。
「はやく離脱しろ、リグ」
「ユキ、さっきの話、聞いてたろ」
「共通回線であれだけ怒鳴り散らせばな。だが、お前は間違っている」
「わかってるよ。俺はどうかしてる。でも、俺は君に生きてほしい。他のみんなにも。それにはこれしかない」
「記憶は、思い出は大事じゃないのか。蘇生前の……いまの私との思い出も」
「大事だよ。両方とも。だからこうしているんだ」
「私は……お前に生きていてほしい。私が死んでも、お前が覚えてくれていればそれでいい」
「ああ、ユキ、俺だって自分の命より君の命が大事なんだ。お願いだから好きにさせてくれ! 君を守る邪魔をするなら、君だって許さない。はやく行ってくれ! 俺は忙しいんだ!」
「……馬鹿め」
悲しげな響きの声を残して、ユキの機体は離れていく。
リグはぐったりと疲れ、ヘルメット内部のストローから水を飲んだ。
興奮が収まるのを待ってから、操縦棺内で固定されていた手足の固定具を外し、リグは腕と足を組んだ。ああも怒鳴り散らしたものの、さて、実際どうしようか。
都市から新たに発進してきた味方部隊が近づいていくる。地上迎撃部隊だろう。七十機で攻撃してどうしようもないのに三十機の攻撃が加わったところでたかが知れている。本当に気休めだ。ただし、この部隊は胴体下に増槽をつけている。生き延びる可能性は高そうだ。
援軍が巨大飛行船に攻撃するのを見ながら、リグは自機の武装を確認してみた。
長槍電磁投射装置。全部撃った。論外。
機関砲。外殻には通用しない。はいパス。
AMLS? バッテリーは残っているが、このレーザーはミサイルの誘導センサーを電子的に殺すだけの出力しかない。まあ、一応覚えておこう。
胴体下には増槽や追加バッテリーを装備できるが、いまはなにもない。まさかこんなことになるとは誰も思わなかったから。
リグは首をひねる。あまり時間はない。すぐに思いつく案から検討してみよう。
安直に特攻はどうだろう。長槍電磁投射装置は超音速で槍を射出する。この戦闘機も最大でマッハ一・二がでる。超音速という点では同じだ。だが戦闘機は槍のように貫通に適した形状ではないし、穴が空いても大きさはたかが知れていそうだ。そのあたりの計算が面倒なので、GMSに聞いてみよう。
一秒もたたずに返答が来た。検討済みだったのかもしれないし、GMSもこの窮地に演算力を多めに回してくれたのかもしれない。とにかく回答が早いのはありがたい。
GMSの回答を要約すると、無理★ミ、だった。
速度が足りないし形状も不適切。亀裂が入れば御の字らしい。全戦闘機、つまり百機が一斉にやれば効果が出るかもしれないが、仮にこの場をしのげたとしても一週間後までに戦闘機隊を再建できない。製造が間に合わないから。次に来るのがまた巨大飛行船だったら今度こそお手上げだ。
次にリグは戦闘機の燃料に目をつけた。ドクターの蒸気機関の話を思い出したからだ。航空燃料だって巨大なエネルギーを生み出すものには違いない。こいつをどうにかして爆発させられないだろうか。たぶん外殻に傷はつかないだろう。例えば爆弾は爆薬と一緒に吹き飛ぶ鉄片が混ぜられ、それを撒き散らすから破壊力がある。初期の爆弾は鉄片が混じっていなかったから、一応爆弾の殻が吹き飛ぶものの、花火とあまり違いがない。燃料爆発案も同じことだ。外殻に傷はつかない。わかったわかった。でも、巨大飛行船には穴が空いている。そこに燃料を排出して爆発させればどうだろう。中のフェムトは死ぬか、少なくとも船外に吹き飛んでくれないだろうか。フェムトは群体でこそ妙な力場を発生させられる。四散させれば浮力や推力を失ってくれるかもしれない。これはいい考えに思える。GMSに聞いてみよう。
今度は三秒かかった。GMSの演算力からすれば熟慮と言っていい。二秒遅いくらいでとやかくいうほどリグは短気ではない。とにかく回答が早いのはありがたい。
GMSの回答を要約すると、無理♪、だった。
大昔の戦闘機は相手を殺すための兵器のくせに、逆に自分たちが吹っ飛ぶような不安定な燃料を使っていた。現代の航空燃料は極めて安定した物質であって、ちょっとやそっとで爆発したりしない。緊急時に胴体着陸するときだって燃料を投棄する必要がないくらいだ。だから機外に排出する仕組みもない。どうしてもやりたければ機外に出て給油口のバルブを開ける必要がある。とにかくこの案は実行不可能だ。
それだけ安定した物質からどうやってエネルギーを生み出しているのかリグは気になったが、聞かなかった。どうせGMSは教えてくれないし、いま知るべきことでもない。
リグは戦闘機だけでなんとかするのを諦めた。都市の機能を使えないだろうか。例えば階層間を強固に防護する隔壁があったりしないか。ないない。あったらGMSは逃げろなんて言わない。逆に、地表を墜落まがいに破ってくる飛行船を防ぐのではなく、迎撃するのはどうだろう。なにか爆発物でもあればフェムトを四散させられるはずだ。例えば……発電機。だめだ。都市を支える発電機の詳しい場所は知らないが、どうせ最下層あたりと相場は決まっている。そいつを爆発させたら死なばもろともというか、完全な相打ち狙いだ。どうせ死ぬならやってみるのも一興だろうが、リグの目的とは正反対だ。
ここでリグはいいことを思い出した。どうして早く思いつかなかったのだろう。都市地表部には大型電磁投射装置が何基かある。それを使ってミシン目穴あけ作戦をやれば、戦闘機が作るそれとは比較にならない大きな穴が開く。巨大飛行船は大きく推力を失うはずだ。俺って馬鹿だな、とリグはウキウキしだした。GMSに聞いてみよう。
今度も三秒かかった。何秒かかろうが、どうってことはない。
GMSの回答を要約すると、無理、だった。
大型電磁投射装置は飛行船に命中させるのが目的であって、そのような精密な射撃ができるように設計されていない。そもそも戦闘機で長槍の射出精度を調整できること自体、偶然の産物だ。電磁投射装置を備えた主翼が角度調節可能なのは、本来の設計意図としては姿勢制御や耐弾性向上が目的らしい。
へぇ~、なるほどぉ~。感心してから、リグは左手で操縦棺内部の壁をぶん殴った。じゃあ何ができるんだよ、ボケッ!
左手が痛い。苛立ちながら殴った箇所を見ると、壁にはめ込まれた突撃銃だった。こいつの弾丸から火薬を取り出して爆発させるのはできそうなのに、とリグは恨めしげに突撃銃をにらむ。実際やるとしても火薬の量が絶望的に足りないし、どうやって機外に持ち出すのか見当もつかない。考慮に値しない。
はて、とリグは自分の両手を見た。形状記憶鋼糸でできた薄くて頑丈なグローブ。リグは戦闘スーツを着ている。操縦するのだから当たり前だ。機動に振り回されないよう、戦闘スーツの固定機で身体を固定しなくてはならない。だからベルトにボンベが付いている。ホルスターにはポインターも収まっている。
ポインター。
おいおい、落ち着け、とリグはまた水を飲んだ。
目を閉じてよく考えてみる。仮にポインターでなにかできるとしよう。それでも突撃銃の火薬と同じ問題が残る。どうやって機外に持ち出すか、だ。しかもポインターだから突入しなくてはいけない。仮に操縦棺を機外に排出、というか脱出したとして、ポインターを撃とうとハッチを開ければ、風圧でどこに飛ばされるかわかったものじゃない。そもそも推力がないのだから、突入なんてとてもとても。
しかし、リグは考える順番を間違えていることに気づいた。一生懸命考えてポインターを撃ちだす案ができたとしよう。それからポインターを調べて何もできないとわかった、なんてことになったら迷わず自爆したくなる。まずはポインターを調べるべきだ。機外に撃ち出す方法は後回し。大丈夫、きっとなんとかなる。でなければ死ぬ。
リグはホルスターからポインターを抜き、銃把の後ろを親指でスライドさせる。共通規格の接続端子が露出。戦闘スーツの首の後に収納されているケーブルを引っ張り出し、心の中でドクターに言い訳しつつ有線接続する。
リグの視界にドクターの部屋で見た設定画面が投影された。問題はここからだ。どの項目をどう設定していいかわからない。ドクターの警告どおり、大事故が起きる可能性は充分ある。
いや、それはそれで悪くないぞ、とリグは戦闘機を飛行船のすぐ側に寄せる。総勢百機の攻撃のおかげで、安全地帯ができていた。ここなら事故が起きても飛行船を巻き込める。事故の規模が大きければ大きいほどいいくらいだ。リグは間違いなく死ぬが、ユウたちやユキを犠牲にして生き延びるよりずっとマシだ。
さっそく設定値をいじろうとしたリグは、戦術コンが見慣れない動作をしているのに気づいた。戦術コンは直近の動作から一定数が記録として視界の一部に投影される。もちろん普段はいちいち確認したりしないのだが、そこに見慣れない文字があった。
いまさらなんだろう。リグはその動作記録を拡大する。
『〇一式空間破砕光射出装置の接続を確認』
『〇一式空間破砕光射出装置の動作検証および設定変更プログラムの実行準備完了』
なんだこれ、と思うより先にリグはプログラムの実行を指示していた。しまった、と焦ったが、結果から言えばそれでよかったのだ。急に設定画面の一部の色が濃くなった。設定値を示すスライドバーに濃い部分と薄い部分ができたのだ。そして設定画面の隣に新しい画面が現れる。それは予想破壊範囲を示していた。
数秒呆然としたあと、リグはため息をついてから苦笑いした。なるほど、ドクターやGMSが気づかないわけだ。戦術コンはポインター専用のプログラムを持っていた。おそらく戦術コンだけが。ドクターのような技術者の思考支援器にもあるなら、ドクターは気づいていたはずだ。GMSもそうだ。おそらく独自のシミュレータがあるか、侵入個体への最適値のみ知っていたのだろう。でなければポインター製造時の初期設定ができない。ポインター……〇一空間なんとかは、戦術コンと接続して使うのだ。考えてみれば当たり前だ。戦術コンとポインターは同じ場面で運用されるのだから。そして戦場で使う以上、設定を無線通信で変更できるようにするはずもない。常に乗っ取られる可能性が生まれるからだ。だから有線接続しないといけないようにしたし、これまでそれをする兵士はいなかった。
リグは適当に設定項目の値をいじってみる。スライドバーを動かすと、他の項目の値も連動して変化するようになっていた。システム的な設定変更に対する安全の保証。これがそれだ。
やっと明るい兆しが見えてきた気がして、リグはにんまり笑う。射程や射出速度、その他のよくわからない項目のことは忘れよう。戦術コンのプログラムが上手く調整してくれる。問題は破壊範囲だ。
リグはいったん設定を戻した。予想破壊範囲は直径二メートルほど。通常の侵入個体もそのくらいだから、たしかに最適値といえる。
とりあえずリグは出力を上げてみた。予想破壊範囲は拡大していき、直径六メートルになる。それ以上はスライドバーが上がらない。理由はすぐにわかった。ポインターは通常設定で三発まで。弾倉丸々ひとつ分のエネルギーを使った結果がこれなわけだ。
六メートル。リグの顔が渋くなる。戦闘機の両翼が収まらないくらい小さい。
だが、出力設定はまだ上限に余裕がある。現在値より色が薄くなっているが、当然いま以上に値は上げられない。だが、弾倉一つで出力最大にならず、まだ余裕がある、なんてことがあるだろうか。
リグはヘルメットを撫でながら突撃銃を見た。
突撃銃の構造はわかりやすい。薬室へ弾丸を送り、弾丸の尻をハンマーで叩く。すると弾丸内の信管が火薬を爆発させる。発生したエネルギーは密閉された薬室の中で行き場をなくし、弾丸の先端、弾頭を押し出す。銃身に沿って押し出されたそれは高速で発射される、という具合だ。爆発エネルギーを一定の方向に向かわせるため、薬室は弾丸にぴったり合うように作られる。だからポインターのように、弾丸三発分をまとめて発射、なんてことは構造上できない。
ポインターはできる。
リグは設定画面に視線を戻した。取扱説明書がないか探したが、すぐには見つかりそうにない。あきらめて複数ある設定画面を切り替えながらそれを探す。システム的に安全を保証するくらいだから、このシステムの設計者はアホではない。目立つところにあるはずだ。
やはり、それはすぐに見つかった。充填、と記されたボタン。リグはそれに視線を合わせ、『押す』。
充填完了、の文字が表示されて消えた。
事故が起きるとしたらここからだ。リグはおそるおそるポインターの弾倉を排出した。
何もおきなかった。
リグはほっとして排出された弾倉のエネルギー残量を示すバーを見る。空だ。
支給されたばかりの予備弾倉を取り出し、リグはそれをポインターに装填する。設定画面を戻し、出力の項目を見ると、スライドバーをさらに上に動かせるようになっていた。
いいぞいいぞ、とリグはつぶやく。
同じ調子で充填、排出、装填、充填を行った。三つの弾倉のエネルギーを充填し終えた出力設定のスライドバーは色の薄い部分が全て濃くなり、最大値まで値を上げられるようになっていた。これが設計上の上限というわけだ。
ふむん、とリグはヘルメットを撫でる。予備弾倉がなぜ一人につき二つなのか妙に思ってはいたが、根拠はあったわけだ。GMSはポインターの設計上の最大出力を知っていて支給したのだろうか。わからなかった。GMS内部に大量に貼られた付箋に、ポインター一つにつき弾倉は三つまで、と書いてあっただけかもしれない。
リグは予想破壊範囲を見た。直径二十メートルほど。悪くない。他の手も思いつかないことだし、これでいくことに決める。
さて、とリグはポインターを握ったまま足を伸ばした。先送りにした問題が戻ってきた。どうやって機外にポインターを撃つか。
ポインターを飛行船に当てるにはどうしても操縦棺のハッチを開けなくてはならない。旧文明の飛行機ならハッチがむき出しだったから(怖くなかったのだろうか?)壊せばそれでいいが、現代の戦闘機は内部に収納される形だし、前面は可動タイル装甲で覆われている。どうにか壊したければ、それこそポインターを使うしかない。
そういうわけで、戦闘機から操縦棺を出す必要がある。それには後部排出口から排出されるしかない。操縦棺は脱出装置を兼ねるから、排出後にパラシュートを広げて降下し、カプセル状の形状によって風圧や着地の衝撃から乗員を守る。大昔の戦闘機は脱出と称して乗員を生身で放り出していたことに比べると、配慮の行き届いた措置である。いまはそれが死ぬほど邪魔だ。
待てよ、とリグは考えを一歩進めてみる。邪魔なのは操縦棺だ。そこから飛び降りるのはどうだろう。飛行船上部にて戦闘機から操縦棺を排出し、身体の固定具を外してからハッチを開けて飛び降りる。そうしてポインターを飛行船に撃って突入、という算段だ。これはうまくいきそうな気がするが、気のせいだ。リグの残り少ない命でも一生分のチョコレートキューブでも、何を賭けてもいいが、飛び降りた瞬間に対気速度の差で後ろに吹き飛ばされる。ポインターを撃つ余裕があったとしても、突入なんてできるはずがない。ポインターを撃ってから突入口に向かえるだけの推力が必要だ。都合の悪いことに、リグは飛べない。翼が生えるとしたら死んだあとだ。
リグは考えるのをいったんやめた。時間の余裕もない差し迫った状況で、自分よりはるかに戦闘機に詳しいやつに相談しない手はない。あまりいい予感はしないが、GMSに聞いてみよう。
今度は一秒もかからなかった。馬鹿かこいつ、と言わんばかりの早さだ。ほら見ろ、とぼやきながらリグは回答を読む。
四度目の正直というべきか、GMSは無理とは言わなかった。それどころか、解決方法を教えてくれた。リグは生まれて初めてGMSに感謝した。
GMSによれば、後部排出口が被弾などで使用できない場合に備え、前部装甲を分離できる機構があるらしい。それなら操縦棺はむき出しになる。
もちろん装甲がなくなるのだから危険極まりない。うっかり作動させないよう防止措置が施されている。後部排出口を常に監視し、破損しなければ動作しないようになっている。もちろん操縦棺のハッチも同じことで、機体が正常な状態である限り絶対に動作しない。
飛行船の対空機銃はまだ残っているし、わざわざ被弾しにいくこともできる。だが親切なGMSはもっと安全で陰湿なやり方を教えてくれた。戦闘機にはシステムデバッグ兼用のシミュレートシステムがある。こいつを起動して後部排出口が破損した状況を選ぶ。すると飛行制御システムは緊急脱出が必要だと判断して前部装甲の分離と操縦棺ハッチの動作を許可するのだが、このとき機体各部に送られる信号を補足しておく。シミュレータを終了させて補足しておいた信号を送ると、あら不思議。飛行制御システムは正常のままなのに機体各部は緊急脱出措置をとるのだ。
リグはそれを実行した。ばごん、と大きな音が機体を揺らす。分離というより爆破に近かった。神経接続された視界に変化はないが、機体の状態を確認すると前部装甲がなくなった、と飛行制御システムが警告を出している。
慌ててリグは両足の固定具を接続し、ケーブルを外してポインターを両手で握る。ケーブルはするりと首の後ろに戻った。
続いて操縦棺のハッチが開く。風圧をまともに受けた上部ハッチは根本から折れて後方に吹っ飛んでいった。リグの身体も風圧で操縦棺に強く押し付けられるが、背中と腰、両足が固定されているおかげで身体は暴れない。ヘルメットとボンベのおかげで呼吸もできる。慎重に腕を動かしてみるが、両腕で支えれば狙いはつけられた。
完璧だ。
リグはちらりと笑みを浮かべると飛行船のそばから離れた。神経接続で操縦できるのがありがたい。操縦棺上部ハッチまで失った飛行制御システムがいくつも警告を出してくるが、全部無視した。誰がなんと言おうが、全て予定通りだ。何も問題はない。
飛行船から距離を取ると、リグは戦闘機を加速させる。巨大飛行船の横っ腹めがけて槍のように突撃。視界が飛行船外殻で埋まるまで接近した時、リグはポインターを撃った。
赤い光が目の前に広がり、包まれる。体の細胞一つ一つのあいだを光の粒子が通り抜けていく。泳いでいるような浮遊感がリグの身体を持ち上げた。
次の瞬間、凄まじい衝撃が襲ってきた。視界が真っ赤に染まる。リグは、これが死なのか、と思った。
だが、視界が赤いのは飛行制御システムの出したエラーが多すぎるせいだった。飛行制御システムが生きているということは、再構成されたのだ。
エラーが多すぎて何がおきたのかさっぱりわからない。墜落でもしたのかとリグは視界を見回す。光学カメラが死んだのか三分の一ほど何も見えない箇所があるが、どうやら空中にいるらしい。反射的に高度計を見ると、ゆっくり落下しつつあった。飛行船も見える。突入時と反対側に再構成されたようだ。
リグは急いで機体の状態を確認した。エラーを全て確認したいが、この数では読んでいるうちに墜落する。
主翼は無事といえば無事だった。折れてはいない。ただ、姿勢制御や揚力を得るのに使う可動タイル装甲の六割が死んでいた。これでは姿勢を整える程度しかできないが、とりあえず真っ逆さまに落ちる心配はしなくてすむ。リグは可動タイル装甲を調整し、機体を墜落姿勢から安定姿勢へとらせた。
まずいのはエンジンだった。飛行制御システムから状態を問う信号を送っても、二発とも答えが返ってこない。ということは、エンジンはもうだめだ。物理的にかソフトウェア的にか知らないが、とにかく壊れた。ところがこれは特別悲劇的なお知らせではない。無事なエンジンで隣の都市へ向かおうが推力を失って胴体着陸しようが結果は同じで、死ぬ座標がちょっと変わるだけだ。
あ、と思い出してリグは肉眼で自分の体を確認した。大丈夫、無事だ。足はくっついているし、腕も取れていない。頭はもとからおかしいと言われているので気にしなくてすむ。戦闘スーツも破損箇所なしだ。
いや身体はどうでもいい、とリグはGMSに通信する。いくら身体が無事でも結末は変わらない。肝心なのは攻撃の結果だ。巨大飛行船の進路はどうなった?
GMSの回答は無情だった。リグの攻撃は成功しフェムト流出量は増大したものの、敵の予測進路に変化なし。内蔵するフェムトの数が多すぎるのだ。
リグは完全に脱力してぐったりと伸びた。今度こそもう何もできない。このまま滑空し、ゆっくり落ちていくだけだ。できるのは巨大飛行船が都市に突っ込んでいくのを眺めるくらいか。それまで滞空していられるか怪しいが。
こんちくしょうめ。
なにか手はないかとリグが飛行制御システムを探ろうとしたときだった。後方の空間が赤く発光し、破壊音と共にボロボロの戦闘機が三機現れた。全機前部装甲がない。
リグは唖然としてその三機を見つめる。やべ、とか、あっ、とか、ちょっとまって、などと聞こえる。何が起きたか頭ではわかっているが、意識がついていかなかった。
「なにしてんのお前ら……」
リグの問いに真っ先に答えたのはテオだった。混乱した状態から飛行姿勢を立て直したのはさすがの早さだ。
「なにって、隊長と同じことですよ。攻撃です。あの巨大飛行船に隊長一機でどうにかなると思ったんですか」
「詰めが甘かったなあ、隊長」
ガスは得意げだが、まだちょっと機体がふらついている。
次はユウから通信。
「リグ。君、共通回線閉じるの忘れてたでしょう。全部独り言で言ってたよ。だいたい、いま小隊指揮権を持っているのは僕なんだから、君の戦術コンと情報共有して何をしているか監視するのなんてわけないよ」
「でも、俺、離隊したぞ。脱走兵だ」
「あのねえ。君がいくら離隊や脱走を宣言しようがGMSと戦略部が手続きしない限り、君はこの都市の兵士で、631小隊の隊長なの。あのときは君が指揮できる状態じゃなかったから指揮権はもらったけど、そんなにころころ立場を変えられるわけないでしょ。講習、ちゃんと聞いてた?」
リグは呻く。
「だからって、こんなことするやつがあるか。どうなるかわからないんだぞ。特攻と同じだ。見ろ、機体はどうなってる? エンジンは両方死んでるんだろう。生き残れって言ったじゃないか。お前ら全員頭おかしいよ……」
ユウの声が苦味を帯びる。
「それだけは君に言われたくないね。僕らは君が生き残り、機体もとりあえず墜落しないことを確認してから攻撃を実行した。君はどうなんだい? 突入のあと、再構成時にどうなるかわかってた? どうせ何も考えていなかったんでしょう。僕らには生きろと言っておいてさ。ほんとに君は無分別で、考えなしで、無責任だよ」
リグは言い返せなかった。ぐうの音も出ないとは、きっとこのことだ。
「それに、君に続くのは僕らだけじゃないみたいだ」
ぎょっとしてリグは飛行船に目をやる。
手前側の外殻が分解され、リグたちより後方の、より飛行船に近い位置に赤い光と共に十機以上の戦闘機が現れた。
「あははははは、やった、やったぞ! 私たちにもできた! 弾倉一つで! リグの真似じゃなくって、応用ができた! 新しい戦術だ! 見てるか、リグ! お前の言ったとおりだ! 私たちにもできたんだ!」
ユキだ。ということは、あの十二機はWF三小隊全機だろう。
この上なく嬉しそうにはしゃぐユキの声を聞きながら、リグは頭を抱える。
「頭がおかしいのが増えた……」
「君には言われたくないな」
共通回線で話しかけてきた声を、リグは知らなかった。
「はじめまして、だな。631、リグ。僕は識別No.0257。個体名レオ。所属はWF第一小隊隊長だが、WF全小隊のリーダーも兼任している」
「あんたがあの頭おかしい連中の大将か」
「そっくり同じ台詞を返そう。あの三人は君の”攻撃”が成功したと見るや、何のためらいもなく同じことをした。まあ、あんな攻撃方法を思いついて実行に移した君のほうが飛び抜けてる。まったく感服する他ないね」
「嫌味のつもりなら効かないぞ。ウチの副長に鍛えられたからな」
負けずに切り返してから、リグは疑問を口にした。
「飛行船内部に突入してポインターを撃ったのか? よく内部のフェムトに当たらなかったな。しかも弾倉一つで」
「内部のフェムトに関しては、君の部下三人のおかげだ。君の空けた穴の真横に並ぶようにして空けてくれたんでね。連なった穴の中央部にフェムトがいない空間ができたんだ。弾倉についてはユキがやろうと言い出したんだが……」
レオは少し笑った。
「正直に言うと、ためらいはあった。でもユキがまっさきに突っ込んでいったもんでね。おかげで踏ん切りがついたんだ。飛んでるだけじゃ何も変わらない。結果として全機主翼が半分ちぎれてしまったが、どういうわけか各機エンジン、片方は生きている。外殻に激突することも覚悟してたが、うまくいってよかった」
ほら、とレオは空いたばかりの飛行船の穴を見るよう促した。
「こちら側にも穴が空いたことで、空気の通りが良くなった。フェムト流出量は劇的に増大するだろう」
リグはGMSに通信を飛ばした。敵予測進路の再演算を要請。誰かが先に要請していたのか、回答は早かった。
『敵巨大飛行船の予測進路を再演算したところ、都市からニ十キロ離れた地点で墜落する結果となった。そのため先の命令を撤回する。全機、帰還せよ』
よっしゃー、とガスが叫んだのを皮切りに、共通回線が歓声で満ちる。リグにはそんな元気はなかった。さっきとは違う理由、つまり安堵からぐったりとした。
しばらくして歓声が止むと、WFの全十二機が加速し631の四機を追い越していく。レオの落ち着いた声が聞こえた。
「主翼がないぶん、加速しないと揚力を得られないんでね。急がせてもらうよ。お先に」
「リグ、後で展望室に来い。可能な限り早くな。絶対だぞ。お前に話したいことがたくさんあるんだ」
了解、と力なくユキに返して、リグは敵巨大飛行船を見た。明らかに高度が下がっている。勝ったとは思わなかったし、喜びも薄かった。奴らはこれからもやってくる。新たな手段を見つけてだ。
しかし、今回の危機をリグは乗り越えた。リグ一人の力で、ではなく、リグを信じてくれた人々のおかげで。
「リグ、聞いてる?」
ユウの声に、リグは我に返った。
「悪い、聞いてなかった」
もう、とユウはすねたように言った。
「状況は落ち着いたし、小隊指揮権を君に返すよ。大丈夫だよね? GMSと戦略部に緊急着陸を宣言して、僕らの救助と機体の回収を要請するだけだよ。あとは戦術コンのいう通りにすればいいから」
「……わかった。631の小隊長に復帰する」
少しためらってから、リグはそう答えた。考えてみれば、ユウは最初にリグを信じてくれた。ガスも、テオも自分を信じてくれている。そう思うと気力が戻ってきた。
リグはGMSと戦略部に、ユウに言われたとおりに通信した。さっそく戦術コンが機体の操作を指示する。胴体着陸した時にぶつからないよう、631の四機は互いにのろのろ距離をとった。
胴体着陸予定地への進路に機体を乗せながら、リグはふと空を見上げた。沈みはじめた夕陽と溶け合うように夜空が広がり、きらめく星々のあいだを都市に帰還する戦闘機群が流星のように横切っていく。
都市の地表構造物が暗闇を検知して識別灯を灯す。その光の下で多くの人々が暮らしていた。
全てが調和していく。昼と夜。機械と人間。演算と意志。自分と他人。リグと仲間たち。
リグの目に自然と涙があふれる。瞬きしてそれを頬に落としてから、リグはまた空を見上げた。
俺とユキの好きな景色だ。リグはそう思った。




