第8話 長老会
「長老会が、マルグリット様にお会いしたいと仰せです」
ベルンさんがそう告げに来たのは、城に来て半月ほど経ったころだった。
カイゼル様の顔が、さっと険しくなった。
「断れ」
「閣下、それはなりません。長老会は竜人国の重鎮です。公爵家の番となられる方を、一度もお目通しなさらないわけにはまいりません」
「……分かっている」
カイゼル様は低くうなるように答えると、私のほうを振り返った。
「嫌なら、行かなくていい。俺がすべて引き受ける」
「いいえ。行きます」
自分でも驚くほど、すんなりと言葉が出た。
(カイゼル様の番として、きちんとご挨拶しなければ)
これまで、私は誰かの後ろに隠れてばかりだった。
けれど、カイゼル様が命を預けてくれたのだ。せめて、自分の足で立っていたかった。
長老会は、城の東にある古い塔の広間で開かれた。
円形の広間には、石の椅子が半円を描くように並んでいる。
そこに座っていたのは、七人の年老いた竜人たちだった。
誰もが長い白髪を垂らし、皺の刻まれた顔の中で、鋭い瞳だけが光っている。
カイゼル様は私の隣に立ち、守るように肩に手を置いてくれていた。
「そなたが、グラナート公の番か」
中央に座る長老が、しわがれた声で言った。
ひときわ大柄で、灰色の鱗が首筋を覆っている。
「マルグリット・ローエンと申します。お目にかかれて光栄です」
私は、母に叩きこまれた通りの礼をした。
長老は、私を頭のてっぺんから爪先まで、値踏みするように眺めた。
「人間か。……まことに、人間とはな」
広間に、ため息のようなざわめきが広がった。
「グラナート公。そなたも分かっておろう。人間の寿命は、せいぜい六十か七十。竜の生涯から見れば、まばたきほどの時間にすぎぬ」
「承知している」
「承知しておるなら、なぜ人間など番に選んだ。その娘が死んだあと、そなたは残りの何百年を、番を失った竜として生きることになるのだぞ」
番を失った竜。
その言葉に、私は思わずカイゼル様を見上げた。
「番を失った竜がどうなるか、知らぬわけではあるまい。正気を失い、山ごと焼き尽くした者もおる。ひとり洞窟にこもり、二度と出てこなかった者もおる」
別の長老が、静かに言葉を継いだ。
「我らは、グラナート公の身を案じておるのだ。そなたは竜人国の要。その娘ひとりのために、そなたを失うわけにはいかぬ」
長老たちの視線が、いっせいに私に注がれた。
責めるような、哀れむような目だった。
私は、その場に立っているのがやっとだった。
(私は……カイゼル様を、不幸にしてしまうの?)
番に選ばれたことを、少しずつ嬉しいと思い始めていた。
けれど、私がそばにいればいるほど、カイゼル様が私を失ったときの悲しみは大きくなるのだ。
そんなこと、少しも考えていなかった。
「黙れ」
カイゼル様の声が、広間に低く響いた。
肩に置かれた手が、燃えるように熱くなっている。
「番は、選ぶものではない。見つけるものだ。長老会のお歴々も、それはご存じのはずだ」
「だからこそ、案じておるのだ。……もっとも、手立てがないわけではない。番の――」
「それ以上言うな」
カイゼル様が、長老の言葉を鋭く遮った。
広間の空気が、ぴりりと張りつめる。
長老は、しばらくカイゼル様をじっと見つめていたけれど、やがて小さく首を振った。
「……そなたが、それを望まぬのは分かっておる。だが、いずれは決めねばならぬことだ。よく考えよ」
長老会は、それで終わりになった。
部屋に戻っても、長老の言葉が頭から離れなかった。
人間の寿命は、せいぜい六十か七十。
竜の生涯から見れば、まばたきほどの時間。
カイゼル様は、私が死んだあと、何百年もひとりで生きていくことになる。
(手立てがないわけではない……)
長老は、確かにそう言いかけた。
けれど、カイゼル様はそれを言わせなかった。
まるで、私に聞かせたくないことがあるかのように。
私はバルコニーに出て、夜空を見上げた。
ドラヴェールの空は、リンデン王国よりもずっと星が近い。
冷たい風が、頬をなでていった。
「……私は、カイゼル様の重荷なのかしら」
小さくつぶやいた声は、風に溶けて消えていった。
代わりはいくらでもいると言われてきた私が、今度は、代わりのいない相手を悲しませる存在になろうとしている。
それは、捨てられることよりも、ずっと怖いことだった。
背後で、扉の開く音がした。
振り返ると、カイゼル様が立っていた。
何か言いたそうに口を開いて、けれど結局何も言わず、カイゼル様はそっと私の隣に並んだ。
二人で、黙って星を見上げた。
カイゼル様の手が、私の冷たい手を包みこむ。
その温かさが、今夜は少しだけ、切なかった。




