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冬日向に舞う風花~夏と冬の狭間に揺れる夕陽の物語~  作者: 翠月
1章 冬日向とひび割れた心
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5話 スノードロップⅡ



「落ち着きましたか?」


「うん、ありがとう」


涙が止まるまで彼女は俺の手を握り続けてくれた。彼女は安心して手を離そうとするが、俺は彼女の手を引き寄せて握る。


「ごめん、もう少しだけ……」


彼女は何も言わずに、撫で続けてくれる。


体温が同化し、その温かさが俺の心に沁み込む。


「今度こそ……ありがとう。本当に、助かった」


「はい、どういたしまして」


手を離して、テーブルにあったティッシュで俺の顔の涙を拭いてくれる。


「まるであやされてる子供みたいだね……ごめん、情けなくて」


拭き終えると、彼女は優しい眼差しで諭すように話してくれる。


「情けなくありませんよ。夕陽くんはかっこいい人ですから。さっきも言いましたけど、誰かのために本気で苦しんで泣ける人、というだけで私は尊敬します。こんなに優しくてかっこいい人と付き合えるなんて、星田さんが羨ましいです」


彼女には話さなかった、昨日の夜バスでの篠田との会話を思い出した。

あいつは、夏海のことが気になっているようだった。八木坂さんはどう思うんだろうか。


「篠田は……かっこよくないの?」


優しさに付け込んだ、卑怯な質問だ。

でも、そうわかっていながら、聞かずにはいられなかった。


少し困ったような表情をする彼女は言葉を選びながら答えてくれる。


「……篠田君は、そういうのじゃないんです。なんというか、もうほとんど、別れてるような状態なので……」


「……え、そうなの?」


「はい、最近はーー」


彼女は言いかけて、口を閉じる。


「どうしたの?」


「いえ、なんでも……ありません」


静寂が流れる。


「夏海、でしょ?」


無言のままの彼女は下を向く。気まずくなったのか、お菓子をひとつ、手に取って食べ始める。


ガサガサ……サクサク……。お菓子の音だけが部屋に響く。


「ぷっ……はは」


俺が笑う。


「……ふふ」


釣られるように彼女も笑う。


二人して思わず笑ってしまった。雰囲気がほどけて、暖かさが戻る。


俺は立ち上がり、紅茶を取りに行った。


「ごめんなさい、星田さんのことなのに……笑ってしまって」


彼女は笑った余韻がまだ抜けない様子だが、謝ってくれる。


「いや……俺が笑い始めたことだから、気にしないで」


彼女のコップに紅茶を注ぎながら答える。


ソファに座り、改めて、夏海と篠田のことについて話を続ける。


「それで、話を戻すと……。篠田は夏海のことが気になってるんでしょ?」


俺は座った勢いで顔を下に向けながら、軽く息を吐く。


「ふぁい……そうでふね」


気の抜けた声が聞こえたので、顔を上げる。


彼女の口にはフランス土産のクッキーが含まれていた。気まずそうな顔をする。


慌てて、口に含んだお菓子を紅茶で流し込もうとする。


「あ、ごめん。いいよ、落ち着いて食べて。食べ終えてから話そう」


「すみません、タイミングが悪くて。このお菓子が美味しくてつい……」


彼女はクッキーを手に紅茶を飲む。


少し焦りながら、でも、お菓子に目がない彼女の可愛らしさを見ていると、頬が緩む。

これから真面目な話をするつもりなのに、俺の心は軽い。


「あー、面白かった。それじゃあ、本題に戻って大丈夫?」


「はい、お願いします……」


食欲に勝てなかった自分に少し恥ずかしさを感じたのか、控えめな声で返事をしてくれる。


「篠田が夏海に気があることは……俺も、そうだろうなと思う」


「夕陽くんも知っていたんですか?」


「知っていた……というよりも察してただけだよ。昨日、夜バスのとき、夏海の好みとか欲しいものはなんだって聞かれたし。まぁ答えなかったけどーー」


そこまで言って、俺は気付いた。篠田との間柄が冷え切っているからといって八木坂さんに篠田への好意が無いとも限らない。


八木坂さんの顔を見る。彼女は……俺が途中で話を止めたことについて、不思議そうに見ていた。


「夕陽くん?どうしたんですか?」


「いや、その……大丈夫?今の話、八木坂さん的には嫌な内容じゃなかった?」


「ん……?あぁ、そういうことですか!全然問題ありません!私も篠田くんのことは、もうそこまで好きではないので。気にせず話を続けてください」


「本当?無理してない?」


「無理してないですよ。むしろ、相変わらず篠田くんはデリカシーの欠片も無い人だなぁって思ってました」


あっけらかんとした笑顔で毒を吐く姿を初めて見た俺は、彼女の新たな側面を知ることができたみたいで、嬉しかった。


「はははっ……。そっか、そうだったのか。ありがとう、俺の気持ちを代弁してくれて。気分が晴れたよ。実は篠田にそれを言われたとき、イライラしすぎてブチギレちゃってさ。篠田にめちゃくちゃドン引きされたんだ」


「私も、そうなって当たり前だと思います。篠田くんの悪口なら結構言えるので、何かあったら相談してください。夕陽くんをスカッとさせますよ」


満面の笑みで怒涛の言葉を放つ八木坂さんが新鮮で楽しい。


「あっ……でも、ひとつだけお伝えしたいことがあって」


彼女は少し、真剣な顔をしながら紅茶を一口、飲む。


「どうしたの?」


「別に篠田くんが嫌いってわけでもないですよ。たしかにデリカシーはないし、自分勝手ですけど……。でもーー」


一瞬だけ、深呼吸をして静かに続ける。


「私がこんなに明るく、篠田くんのことについて本音で話せるのは、夕陽くんがいてくれるからなんです」


彼女は頭に自分の手を乗せ、撫でながら、声を少しだけ震わせる。


「夕陽くんと知り合うまでは、男性関係の全てが篠田くんだけで、どこにも吐きだせないモヤモヤがたくさんで……」


頭に乗せた手を胸に当てて、大事に、抱える。


「だけど、夕陽くんと友達になって、私って、そこまで篠田くんのことが好きじゃないんだなって、自分が見えるようになってきました」


彼女は俺の目を見て、嬉しそうに伝える。


「ありがとう、夕陽くん。私と友達になってくれて」


何も言えなかった。


胸の奥が温かくなって、視界が滲んでいく。


言葉の代わりに、涙で濡れた笑顔で答えた。


「俺も……八木坂さんと同じなんだ」


「俺にとっての女性関係は、最初から夏海だけ……だけど、夏海は俺以外の男友達がたくさんいて……だから、不安で仕方なかった」


頬の涙を彼女がふき取ってくれる。俺は笑みでありがとうと伝える。


「でも、八木坂さんと出会って……八木坂さんに助けてもらって……八木坂さんに慰めてもらって……」


彼女をまっすぐ見つめる。


「八木坂さんと笑って……楽しかった」


彼女は瞳が少しだけ濡れ、口元が震え、微笑んでいた。


八木坂さん、俺を必要としてくれてありがとう。


俺の手も震える。でも、さっき彼女に慰められた時とは真逆だ。


今、俺は満たされて、心が震えている。


「俺の友達になってくれて、ありがとう。冬香さん」

「冬香さん……」


「なんれふか?」


「お菓子に夢中になっているところに申し訳ないんだけど」


「ふぁい」


「俺がメッセージを送った時間って、まだ電車は動いてないよね?始発って5時からだったと思うし」


「んぅ……。ん~、美味しい。そうですよ、ようやく気付きましたね……」


「うん……もしかして、歩いてきたの?」


「そうですね、正確に言うと自転車です。通学用とは別の自転車が家にあるので、それで走ってきました」


「……俺のために駆けつけてくれてありがとうございます!」


「仕方ありませんね、非常識な連絡でしたけど……許してあげます。友達ですから」


「ってことは、朝ごはんも何も食ってないの?」


「当然です、そんなことをしてる場合ではなかったんですから」


(だから、さっきからお菓子が吸い込まれるように消費されてるのか……)


「えぇ……それならお腹空いてるって、もっと早く言ってよ」


「夕陽くんが号泣したから、それどころじゃなかったんですよ」


「ぐうの音も出ない理由……。じゃあ今から朝ごはんを作るから、お菓子はこれで終わりね」


「あぁっ、取り上げないでください!殺生な!」


「いや、お菓子で食事をしようとしないでください」


「仕方ありません……。夕陽くんが作る、『絶品』朝食を期待して待ってますね」


(お菓子の腹いせにハードルをめちゃくちゃ上げてくるじゃん……)

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