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冬日向に舞う風花~夏と冬の狭間に揺れる夕陽の物語~  作者: 翠月
5章 剥がれ落ちる心とあるがままの自分
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38話 居場所

ボウリングが終わったあとは、食事に行くはずだった。


しかし、一ノ瀬さんと桑田さんは帰ると宣言してしまった。


私としては途中で抜けるのが気まずかったので、ありがたいが、なぜそうなったのか理由はよくわからない。


ワンチャン狙いをしていたのであろう他校の男子たちは興が削がれてしまったのか、その場で解散ということになった。


そのあと、特に予定がなかった私たちは最寄りの公園で、なんとなく駄弁っていた。


長尾くんはブランコの周りを囲っている、手すりに腰掛けた。


「清水さん、大丈夫?」


私はブランコを前後に軽く揺らしながら、目の前の暗がりを眺めていた。


キィキィ、と錆びた金属が擦れる音が鳴る。


ボウリング場での様子を見て、そう言っているのだろう。


「うん、大丈夫。ありがとう」


乾いた笑い声しか出なかったが、それは長尾くんと話すのがつまらないわけではなく、単純に疲れてしまったからだ。


一ノ瀬さんと桑田さんは近場のコンビニで飲み物を買いに行った。


「それならよかった。少し心配してたから安心したよ」


黒臼くんほどではないが、長尾くんも、とても優しくて寄り添ってくれる。


「長尾くんはボウリングが得意なんだ?」


彼は照れながら頷く。


「母方の叔父さんが昔、プロボウラーをしてたんだ。だから、小さい頃からよくボウリングに連れて行ってもらってたんだよ」


どうりで上手いわけだ。そうでもなければスコア170オーバーを当たり前のように出せるわけがない。


「もしかして、本当はグローブとかマイボウルとか持ってるの?」


「家にはあるよ。友達と遊びに行くときは恥ずかしいから使わないけどね」


本格的すぎて、どう驚けばいいのかもわからない。


こんな大人しめの……言い方が悪いかもしれないが、典型的なオタクっぽい外見なのに……。


人間、外見だけでは判断できないものだ。


さっきの、りょーすけっていう奴は外見通りな振る舞いだったけど。


「そうなんだ……それなら、桑田さんにかっこいいところを見せられそうだね」


「えっ、なんで急に桑田さんの話を……」


「え?だって長尾くんって桑田さんのお気に入りだよ?」


好きなんだよ、とは言わないほうがいいだろう。桑田さんのペースや考えもあるはずだ。


「そうなの……?うーん、でも桑田さんって誰に対してもスキンシップ多めの人だから、僕だけ特別ってわけではないと思うけど」


「それは女の子に対してだけで、男の子には、気に入った人以外にはやらないよ」


彼は地面の小さな砂利を軽く蹴りながら、落ち着かない様子で悩んでいた。


「そうなのかな……でも桑田さんは、僕みたいなオタクよりもいい人がたくさんいそうだけど……」


「長尾くんよりいい人がいる、っていう話じゃないよ。きっと、君がいいんだと思う」


私が黒臼くんがいいと思っているのと同じように。


人は本当に好きな相手を見つけたら、表面的な良し悪しなんて、些末な話になる。


「勝手に盛り上がって桑田さんを嫌な気持ちにさせたら申し訳ないなって思ってるから、あんまり考えたことないかも」


「なんで?好意を寄せてくれて、嬉しくない人なんていないよ」


彼は自分のことを、桑田さんの相手として不相応だと思っているのかもしれない。


まだ恋愛をしたことがなくて、どうすればいいのかわからないのかもしれない。


好きなのに、自分に言い訳をして諦める辛さをまだ知らないのかもしれない。


押し付けなのは、わかっている。


それでも今の彼と、かつての私を重ねてしまう。


「私ね、好きな人がいるんだ。長尾くんも知ってるかもしれないけど」


「……黒臼くんだよね?」


「うん。小学6年生の頃、転校してきてからずーっと好きで好きで仕方なくて……仲良くなりたかったの」


私は一人分の距離を空けて、彼の隣に座る。


「でもね、中学生のとき、星田さんに取られちゃって。諦めようと何度も思ったけど、そう思うほど苦しくて悲しくて……」


長尾くんは「うん……」と呟く。


「だからね、自分に言い訳をして、本当の気持ちを後回しにすると、取り返しのつかないことになるから……頑張ってねって言いたかったの」


そう。たとえ、振られたとしても諦めてはいけない。


「……ありがとう、清水さん」


公園の外から騒がしい笑い声が聞こえる。


私たちはそちらに意識を向けると、10人ほどの若い人たちが、駅のほうに向かって歩いていた。


「うるさいね」


私が長尾くんに話しかけると「そうだね」と苦笑いをした。


「んー……」


彼は地面を眺めながら、一人で悩んでいる。


どうやら、私になにかを聞きたいようだ。


「どうしたの?」


「あっ……うん。あの……黒臼くんって、八木坂さんのことが好きなんだと思ってたけど……」


気まずそうに尋ねてきた。


「あぁ、ごめん。清水さんを問い詰めたいわけじゃないんだ。ただ例えば……実は桑田さんは他の人のことが好きだったりしたら、頑張れる気がしなくて……」


「桑田さんはそんなことないと思うけど……。でも……うん、そうだね。たぶん、私は勝てないと思う。だから振られても諦めないつもりだよ」


もうすでに一度振られている。それでも彼のことが好きだから、離れたくない。


長尾くんは逡巡しながら、慎重に口を開く。


「清水さんの考えを否定するつもりはないんだけど……それってすごく苦しくない?」


何がどう苦しいと言うんだろうか。


「そんなことはないよ。だって諦めたほうが、よほど苦しいんだから」


「そうかもしれないね。でも今の清水さん……苦しんでいるのを隠しながら、笑ってるように見えるよ」


長尾くんが哀しそうな目で私を見てる。


一目で同情されているとわかった。


見たくなかった。それは黒臼くんが私を見るときと同じものだ。


「……そんなに無理してるように見える?」


「うん……。だって振られても想い続けるって、清水さんだけが、その場に立ち止まっているのと同じじゃない?」


彼は立ち上がり、夜空を仰ぎながら言葉を選ぶ。


「たしかに黒臼くんは優しいけど……いつまでも清水さんのことを気にかけてくれるわけじゃないと思う。周りに置いていかれて、一人になる……そうなるかもしれない。そんな清水さんのことが心配かな」


置いていかれて、一人になる。


つまり、黒臼くんは八木坂さんと幸せになって前に進むあいだに、私は見向きもされなくなると言いたいのだろうか?


「黒臼くんと八木坂さんがずっと上手くいくなんて決まってないよ?」


「そうだね。でも、仮に清水さんの言った通りに話が進んで、黒臼くんたちが上手く行かなかったとして……。清水さんが辛抱強く待っていたとしても、必ずそこに入れるわけじゃないと思う」


やめて。そんなこと聞きたくない。


「そのとき、清水さんは黒臼くんを許せる?」


許せる。私は黒臼くんのためならできる。


彼の幸せがそこにあるなら、私は……。


――本当に?


私は彼のために諦めることができるのだろうか。


こんなにも、あなたのことが好きなのに……。


私を置いて、どこかへ行ってしまうあなたを恨まずに許せるの?


相反する心が同時に存在していて、それらがグチャグチャに混ざる。


何が本当の願いなのか、わからない。


私は、何のためにこんなことをしているんだろう。


「きっと清水さんには、黒臼くんと同じくらい、大切に想ってくれる人がほかにもいると思う」


「そんな人、いないよ……」


黒臼くん以上に私を見てくれる人がいるとは思えない。


「ううん、そんなことないよ」


「長尾くんは、知ってるの?」


「もちろん。その人から清水さんの相談に乗ってほしいってお願いされたんだからね」


「一ノ瀬さんと……桑田さん?」


「うん、そうだよ」


たしかに二人は、大事な友達だ。


だけど、黒臼くんに代わる人なのか……今の私にはわからない。


ずっと黒臼くんを諦められず、ここまで来た私は……きっと、色んな意味で歪んでいる。


他の人の気持ちを、正しく受け止めることができない。


自分の気持ちでさえ、わからなくなるときがあるのだから。


「じゃあ……長尾くんから見て、私はどうすべきだと思う?」


頭の中でいろんな声が聞こえる。


矛盾した言葉が反発して、それらが私の中で濁流のように溢れてくる。


「わからないよ。僕は、清水さんじゃないから」


「じゃあ、なんでこんな酷いこと言うの?どうしようもない現実だけを突き付けて……私にどうしろっていうの?」


長尾くんは何も反論をしなかった。


「清水さんは……黒臼くんのこと、信じてないの?」


私の黒臼くんへの想いを侮辱されたような気がした。


脈絡もなく、ワケのわからないことを言ってくる長尾くんの言葉に噛みつく。


「当たり前のことを聞かないで!私の……!今までの私の全部なの!!なんでそういうことを言うの!?」


信じている。


信じているからこそ、私が選ばれないことはわかっている。


だから見たくなかった。


黒臼くんは優柔不断な人だけど、無責任な人じゃない。


きっといつか答えを出して、私以外の誰かにその優しさを向けてしまう。


それは八木坂さんという形で、現実として目の前まで来ている。


そんなものを受け入れられるわけがない。


「清水さんは自分の本音を、黒臼くんにぶつけたことはある?」


「そんなの……!言ったら引かれちゃうよ!嫌われたくないんだから言えるわけがない!」


本当は今すぐにでも黒臼くんの家に行って、彼を自分のものにしたい。


本当はデートなんか待たずに、無理矢理にでも私のものにしたい。


どんな手を使ってでも、私の元へ引き止めたい。


「こんな黒い気持ちを見せられるわけがない……」


本当は……本当は、また藤の花の下で一緒に膝枕をしたい。


あの暖かくて、穏やかな日が戻ってくるだけでよかったのに。


どうしてこうなったんだろう。


「決めるのは清水さんだよ。それでも、あえて僕が言うなら……黒臼くんを信じて全部話すべきだと思う」


そんなことしたら、本当に嫌われちゃう……嫌だ。


「少し前、部活中に八木坂さんのことを黒臼くんに聞いたことがあるんだよね。そのとき、好きだけどまだ告白はできないって言ってた」


「……どうして、そんなことを?」


「清水さんが理由だよ。『ずっと俺のことを好きでいてくれた人の気持ちを受け止めて、答えを返すまで前に進めない』って言ってたんだ」


知らなかった。そんなふうに思っていたなんて。


私のことを置いて歩いていってしまうと思ったから、振られても諦めずに付いていこうと考えていた。


だけど、私が執着しているあいだ、彼は歩みを止めようとしている。


私のために。


ショックだった。八木坂さんと付き合ったあとも諦めず、彼の後ろを……彼が意識しなくてもいい距離を保って付いていこうって思っていたから。


彼の歩みを邪魔したいなんて一度も思ったことはない。ただ、わずかなチャンスをものにしたかっただけ。


それが結果的に、私の本意でない形で彼を引き留めてしまっているなら……。


私がすべきことは……ひとつしかない。


「黒臼くんは、できるだけ清水さんと向き合おうとしてると思う。清水さんの黒い気持ちも、全部受け止めてくれるんじゃないかな。無責任な立場の僕が言うべきことじゃないと思うけど……」


「……なんで、ここまで親切にしてくれるの?」


「僕にとって清水さんは友達で、桑田さんと一ノ瀬さんにとって大事な人だからだよ。まだ知り合って日は浅いけど、僕にとっては十分すぎる理由だと思う」


長尾くんは穏やかな声でそう言った。


「僕はまだ仲良くなって日が浅いし、頼りないと思う。でも、清水さんには一ノ瀬さんと桑田さんがいるから。もし苦しくてどうにもならないことがあったら、必ず相談してね。僕たちはいつだって、清水さんの幸せを願って応援してるよ」


夜空を見上げ、少しだけ照れるように笑う。


「……ありが、とう」


それ以外に思いつく言葉が見つからなかった。


目頭が熱くなり、視界がぼやけてきた。


今まで、どこにも吐き出せなかった気持ちが、こぼれ落ちていくを感じる。


長尾くんが私の後ろに向かって、意味深に目配せをしていた。


すると、背中から体温を感じた。浮ついた心が落ち着いていく。


「しーちゃん、ただいま」


一ノ瀬さんが抱きしめてくれる。無邪気な笑顔と声が私に安心をくれた。


「遅くなってごめんね」


桑田さんは低めの落ち着きのある声で気遣いながら、ハンカチで私の頬を拭いてくれた。


街の光と星が輝く晴天の夜。


冬の気配は濃くなり、風が少しでも吹けば、肌寒さを感じるはずだ。


だけど、それはまったく感じなかった。


私の体と心は温かさで満たされていたから。



****



公園でしばらく話し込んでいたが、一ノ瀬さんがお腹が空いたと言い始めたので、近場のマックに入ることにした。


店内に入ると、独特の油の匂いが漂ってくる。


それに刺激され、私のお腹も空いてきた。


全員注文を終えて、席に座って待っていると、


「しーちゃん〜おなかすいた〜」


一ノ瀬さんはテーブルの上に体を投げ出した。


向かいの席に座っている私のほうへ両手を差し出す。


「ん!」


「えっと……どうしたの?」


意図が掴めずにいると、彼女は強引に私の手を握る。


「しーちゃんの手、柔らかいなぁ〜」


幸せそうに私の手を揉む。


「志都、だらしないから体を起こして」


桑田さんが一ノ瀬さんの名前を呼び、注意をするが「イヤだー」と駄々をこねる。


「体を起こしてくれないと手、貸してあげないよ?」


私がそう提案をすると、一ノ瀬さんは手を貸してもらえないのがよほど嫌だったのか、背筋を伸ばしてこれ見よがしに私へ見せつける。


桑田さんはうんざりするようにため息をつき、長尾くんは苦笑していた。


「はい、どうぞ」


一ノ瀬さんはテーブルの上で私の手を楽しそうに、再度揉みはじめた。


「そういえば、一ノ瀬さんと桑田さんが公園に帰ってくるの、遅かった気がするけど……何してたの?」


「あぁ、すぐ公園には戻ってたよ?そんなに買うものもなかったし」


私の疑問に桑田さんがそう答え、長尾くんが補足をしてくれる。


「清水さんの気持ちを聞くために、二人には席を外してもらってたんだ。それで、終わったタイミングで僕が呼んだんだよ」


「そう、なんだ……なんか、ごめんね?気を遣わせたみたいで……」


「いーの!しーちゃんはすぐ本音を隠すから、これくらいしないと教えてくれないもん」


一ノ瀬さんは真剣な眼差しでそう言ったが、彼女の手は私の手を揉み続けていた。


顔と手のギャップに、私たちは思わず笑ってしまう。


一ノ瀬さんは「笑うなー」とおどけながら、それでも手を離さなかった。

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