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冬日向に舞う風花~夏と冬の狭間に揺れる夕陽の物語~  作者: 翠月
5章 剥がれ落ちる心とあるがままの自分
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36話 束の間の幸福

俺は自宅のキッチンで料理の下準備をしていた。


沈みかけの太陽がオレンジ色に輝き、今日最後の陽射しが部屋の窓から差し込んでくる。


今日は放課後の練習がない日だった。


特に予定もなかったので、いつものメンバーでタコ焼きパーティをすることにした。


「夕陽、タコ焼き機はどこにあるの?」


「んー、冷蔵庫の上」


俺は大型の金属ボウルに生卵を入れ、ホイッパーでよく溶きほぐす。


夏海が「んんっ……!冷蔵庫の背が高すぎて取れないんだけど」と俺に文句を言ってくる。


「冷蔵庫の脇に脚立があるから、それ使って」


そこに水を加え、さらに混ぜる。


「あ、これか」と、独り言を呟きながら冷蔵庫の上からタコ焼き機の箱を降ろす。


「っていうか、冷蔵庫の上に物を置くと、冷蔵庫の性能が落ちるし電気代が上がるよ……うわっ、ホコリだらけじゃん。危うく料理に入るところだった……」


「前に親父が作りたいって言うから買ったはいいけど、肝心の親父はほとんどいないからね。もう一年以上使ってないかな」


彼女は溜まった埃が舞わないように、丁寧に運ぶと、玄関まで持っていく。


ドアが開く音が聞こえ、バンバンと叩く音がする。


廊下を早歩きで戻ってきた彼女は、箱を開ける。


「一年以上……もったいないから、今日だけじゃなくて、定期的にみんなでやりたいね。そもそも、なんで急にタコパをやろうなんて言い出したの?」


ある程度、粘度が出てきたので、ボウルにラップをして冷蔵庫へ突っ込む。


「なんとなくだよ。みんなとゆっくり話したかったんだ」


本音は、昨日の夜にあったことも含め、清水さんとのことで頭が煮詰まっていたから。


タコパに関しては、なんでもよかった。


学校の休み時間中に、なんとなくYouTubeで料理動画を漁っていたとき、楽しそうにタコパをしてる動画が流れてきたのがきっかけだった。


何も考えず、ただ楽しくお腹いっぱいになるまで食べて……話をして……一日を終えたかった。


「大丈夫?昨日の夜、清水さんに何か言われたの?」


キッチンに両手を付きながら俯いていたら、夏海が隣で俺の顔を覗き込んでいた。


「ううん、何も言われてないよ。ただ俺と一緒にいたかったみたい」


「ふーん、そうなんだ」


夏海は声のトーンを落とす。不愉快そうな言い方ではあったが、それ以上は聞いてこなかった。


「怒らないんだね?」


「うん、もう私の出る幕じゃないし。そんなに気になる?」


「そりゃあ、夏海からしたら因縁しかないのは知ってるからね。気にはなるよ」


彼女はふふん、と鼻を鳴らしながら余裕の表情になる。


「秘密。夕陽には教えてあげない」


俺の脇腹を人差し指でツンツンしてくる。


「わ、わかったから。秘密ね。いつか話せるときがきたら教えてよ」


「考えておく、とだけ言っておこうかな」


玄関ドアが開く音が聞こえた。


廊下の奥から七沖と冬香の声が聞こえる。 


「うぃ〜帰ったぞぉ〜」


「七沖くんの家じゃないですよ。あ、私に重い方を持たせないでください」


夫婦漫才のような軽快な会話が聞こえてくると、俺の心は軽くなっていく。


家の中が明るく、暖かくなった。


清水さんのことが嫌なわけじゃない。とても大事な人だけど、彼女とはこういう空気感になれない。


俺には、こういう時間が必要なんだと改めて感じる。


「おかえり、二人とも」


夏海がリビングのドアを開け、玄関まで出迎えに行ったので、俺も付いていく。


冬香が持っている荷物を受け取り、リビングへ運ぶ。買ってきてくれたものをキッチンで確認していく。


「タコ、チーズ、イカ、ホタテ、餅……ずいぶんたくさん買ってきたな」


「せっかくみんなで食べるんだから、色んなものでタコ焼きを作りたいだろ?」


七沖はソファに寝転がりながらスマホを触る。


「まぁ、それはそうだけど」


俺は手に取った具材を一口大に切っていく。下準備が終わるまで夏海と冬香には、食事の準備をしてもらった。


「七沖、あんたも手伝いなさいよ」


「そうですよ。ゴロゴロしてないで夕陽くんの手伝いをしてあげてください」


「えー、だってやることなさそうじゃん」


「じゃあこれ、運んでくれ」


七沖の言い訳に被せるように、俺が頼みごとをすると、彼は口を尖らせながら渋々起き上がる。


テーブルの上には、タコ焼き機を中心に大量の小皿が並べられていく。


キッチンを軽く片付け、俺たちはテーブルを囲み、手を合わせる。


「いただきます」


「俺はタコ焼きを作ったことがないから、よくわからん。食べ専でいくからよろしく」


完成までどっしりと腰を据えるつもりの七沖を苦笑いで聞き流す。


見かねた冬香が名乗りをあげる。


「私、やりますよ」


冬香が手早く進め、俺たちは思い思いの具材を投入していく。


「これじゃあ、イカ焼きじゃねーか。美味いけど!」


ノリツッコミをする七沖。


「大葉とチーズを一緒に入れると美味しいですね」


可愛らしい口でタコ焼きを頬張る冬香。


「えぇ、チョコレート入れたの誰?絶対合わないでしょ……」


甘いタコ焼きを怪しい物体を見るような目で凝視する夏海。


「やっぱり、タコと紅しょうがのオーソドックスが一番美味しいかな」


そんな三人を観察しながら、俺は普通のタコ焼きを青海苔をかけて食べる。


互いのオリジナルタコ焼きを、笑いながら批評し合った。


三人が楽しそうにしている姿を見ているだけで、俺は満たされる。


この瞬間が永遠に続けばいいのに。そう感じた。


「夕陽くん、食べないんですか?さっきからぼーっとしてるように見えますけど」


気付くと、冬香が心配そうにこちらを見ていた。


冬香の言葉に引っ張られて、夏海と七沖も俺の様子を伺っているようだ。


「この顔はあれだよ。幸せを噛み締めてるってやつだ」


七沖はニヤニヤしながら茶化してくる。


「え、なんで?もしかして顔に出てる?」


「そうだね。顔から幸せオーラが滲み出てるよ」


夏海にも指摘され、顔が熱くなってきた。口元が緩んでいるのかと思い、思わず手で隠す。


「なんで隠すんですか?いいじゃないですか、もっと見せてください」


冬香は俺が座っているソファの隣に座ると、俺の手首を握り、少し強引に手を外す。


「本当ですね、口角が上がってますよ?」


「ふ、冬香さん?」


彼女の顔がすぐそばに来る。心臓が跳ね上がり、顔がさらに熱くなるのを感じる。


「冬香さん……近いよ」


「そうですか?夕陽くんの表情、もっと近くで見たいんですけど……ダメですか?」


手首を握っている、彼女の手から伝わってくる力がさらに強くなるのを感じた。


「いや、いいんだけど……ほら、他の人がいるからさ……」


七沖と夏海に目を向ける。二人は驚いたり呆れるわけではなかった。


ただ、最初は微笑ましい視線で俺たちのことをみていたが、途中から顔色が変わってきた。


二人はなぜか、焦りながら焼き上がった、タコ焼きをひたすら皿に乗せている。


まるで、食事を終えるかのような行動に疑問を感じたが、冬香が迫ってくるので、それどころじゃなかった。


冬香はさらに体を近付け、俺をソファに押し倒す形となる。


「夕陽くんって……可愛いですよね」


声から湿度を感じた。息遣いも心なしか荒い気がする。


「私も夕陽くんの家で、こうやって楽しくご飯を食べれて幸せです。ずっとこの時間が続けばいいのにって、思います。夕陽くんは、どうですか?」


もう片方の手首も握り、手を挙げるような形で押さえつけられる。


足は彼女の足で挟まれ動かせない。


冬香がこんなにも積極的なのは初めて見た。


彼女のほのかな熱に当てられて、顔だけでなく体の芯も熱くなっていく。


「俺も幸せだよ。大切な人たちに囲まれて……俺の居場所はここにあるんだって、感じることができるんだから」


「それなら、よかったです。夕陽くんの幸せは私の幸せでもありますから」


恥ずかしそうに、はにかむ。


彼女は俺の頬に手を伸ばし、撫でながら首筋へ。そして首の後ろへ回す。


「あの、夕陽くんに言いたいことがあったんです。言っても……いいですか?」


冬香の瞳と唇が目の前にある。


俺の意識と視線は、彼女にだけ向く。


夏海も七沖も清水さんも、この瞬間だけは俺の中から消えてしまった。


俺と冬香だけがここにいる。


「うん、いいよ……聞かせてほしいな」


彼女は微笑むと、優しく、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「夕陽くんのことが好き、大好きなんです」


心臓が破裂しそうだった。


「あっ――えっと……」


返事をしたいのに、心が浮ついて言葉が出てこない。


「冬香さん、俺も――」


ようやく喉元まで言葉が上がってきたが、再びそこで詰まってしまった。


俺は、清水さんを置いていくことができない。


このまま付き合ってしまったら、清水さんとのデートは断らないといけない。それはダメだ。


早く返事をしないと……冬香が勇気を出して告白してくれたのに。


「……ごめ……ん、俺……」


「わかってます。返事は、まだしなくて大丈夫ですから」


冬香は人差し指を、震える俺の唇に当てる。


「まだ、やり残したことがあるのでしょう?清水さんを置き去りにしたくないって、そう考えてるんじゃないですか?」


「それは……」


昨日の夜、清水さんに言われたことを思い出した。


「八木坂さんから話は聞いた?」


彼女が言っていたことは、これかもしれない。


「清水さんと、話をしたの?」


「はい。学校の図書室で、私は夕陽くんのことが好きだから渡せない。そう彼女に言いました」


清水さんが校門で待っていたのは、そういうことだったのか。


「あと、夕陽くんとデートをするのは好きにしていい、とも言いました」


「……どうして?」


「さっき言った通りですよ。夕陽くんは清水さんと区切りをつけたいって思ってますよね?私もそうすべきだと思っているからです」


「それは……そうだけど、ありがたいけど……冬香さんは、それでいいの?」


彼女からすれば、好きな男が他の女とデートに行くさまを見せつけられて、良い気はしないと思う。


「そうですね。良いか、悪いかで言えば、悪いですよ。だから――」


冬香の瞳がさらに近付いてくる。


彼女の瞳孔が開いているのが見えた瞬間、唇に柔らかいものが触れる。


離れて、触れて。再び、離れて触れる。


何度も繰り返し、そのたびに彼女の濡れた瞳が俺の心を撫でる。


手首を握っていた手は、いつのまにか手のひらを合わせ、指を絡めていた。


唇から離れると同時に、彼女の瞳も遠ざかる。


「ごめんなさい、これ以上すると……自制が、利かなくなりそうなので……」


それは俺も同じだ。正直、止めてくれて助かった。


彼女は呼吸を整えていくと、今度は顔が赤くなっていく。


もしかしたら、自分がしたことを思い返して恥ずかしくなったのかもしれない。


咳払いをし、改めて話してくれた。


「夕陽くんを信じて待っていますから。あなたは、あなたのすべきことをしてきてください」


強い光が瞳に宿っているように見える。


「……ありがとう、冬香さん」


「えへへ、どういたしまして」


それでも彼女はいつものように、儚い笑顔を見せてくれた。



****



「あれ……そういえば、夏海と七沖がいない、な」


夢中で気付かなかったが、ソファから起き上がり見回しても気配すら感じなかった。


「二人とも外に出てますよ」


冬香はスマホを操作している。誰かにメッセージを打ち込んでいるようだ。


「あぁ……まぁ、そりゃあそうだよな」


突然あんなことになれば、誰だって居づらくなる。俺も逆の立場ならそうする。


「あ、そういうことではなくて……私が事前に二人へお願いをしておきました」


「お願い?」


「はい、夕陽くんに告白するのでタイミングを見て二人きりにしてほしい、と言ってあります」


「知らなかったのは俺だけなのか……」


「ごめんなさい。さすがに夕陽くんへ事前に言ってしまうのは、告白としては違うかなと思って……」


たしかに事前告知ありの告白、なんて聞いたことはない。


「とりあえず帰ってくるまで、タコ焼き食べようか」


夏海と七沖が作っておいてくれたと思われる、少し冷たいタコ焼きに手を伸ばすと、冬香のスマホから着信音が鳴る。


確認をしていると、徐々に彼女の表情が怪訝なものに変わっていく。


「どうしたの?」


「えっと……夏海さんたちが家の前に着いたらしいんですけど……どうやら黒臼 あさきさん?、という方を訪ねてきた方と一緒にいるみたいなんです」


黒臼 朝樹。親父の名前だ。親父関連の人間が家に来るなんて、仕事関係の人以外、見たことがない。


そもそも、来る場合は事前に親父から連絡があったりするはずだ。それさえ無いというのは、ちょっと怪しい。


「今、家の前にいるんだよね?」


「はい、そうですね」


「わかった、俺が行くよ。冬香はここで待ってて」


万が一のこともある。その場合は、夏海と七沖も危険なことになるが……。


とにかく、対応をするために玄関へ向かう。


ドアノブに手をかけ、開ける。


そこには夏海と七沖と……見知らぬ女性が立っていた。


艶のある綺麗で長い黒髪と、今にも消え入りそうな儚い雰囲気のある人だ。


会ったことも見たこともない。だけど、どこか既視感のある見た目だった。


「えっと……どちら様、ですか?」


「夜にお邪魔して申し訳ありません。私、大学時代、朝樹さんと同級生だった、四葉と言います」


彼女は丁寧に頭を下げる。


「あぁ、どうも。はじめまして……」


俺もそれに釣られて頭を下げた。


「朝樹は俺の父の名前ですが……えっと今は、単身赴任で家に帰ってこないんです。なので用件があれば、連絡しておきますけど……どうしますか?」


四葉さんは少し困った表情をすると、封筒を一通渡してきた。


「大学の同窓会があるんですけど、そのことで、これをお父さんに渡しておいてもらってもいいですか?」


真っ白な封筒を手渡された。


今どき、スマホひとつで連絡が取れる時代に紙を手渡しで持ってくるなんて珍しい人もいたものだ。


単に連絡先がわからなかっただけかもしれないが。


「わかりました、あとで中身を見てもいいですか?その内容を父に送っておくので」


そう彼女に聞くと、どうやら俺よりも、家の奥が気になっているようだ。


「あの、四葉さん?」


「あ、ごめんなさい。もちろん開けてもらって大丈夫です」


不審な動きを感じるが、特に何かするわけでもなさそうだ。


「下の名前をお聞きしてもいいですか?」


「はい。私、四葉 真冬と言います。お父さんによろしくお伝えください」


彼女はそう言って家から遠ざかっていった。


「あれ、誰?夕陽が知ってる人?」


玄関で靴を脱ぎながら、夏海が訝しげに尋ねてきた。


「んー、たぶん初めて見た人だと思う」


「綺麗な人だったなぁ。冬香と同系列の美人って感じだったわ」


面食いの七沖は鼻の下を伸ばしている。


リビングに戻ると、冬香が一人でタコ焼きを食べていた。


「おかえりなふぁい」


複数のタコ焼きを口に詰め込んでいた。


「冬香さん……お腹空いてたんだね」


突っ込みを入れながら、その可愛らしい姿を眺める。


そういえば、冬香は意外と食欲旺盛だったことを思い出した。


「冬香さん……たしかに話は聞いてたけど、ちょっといきなりすぎだよ。急にタイミングが来てびっくりしちゃった」


「ふぁい、空いてまひた……んんっ。すみません、夏海さん、七沖くん。その場の流れでつい……」


たぶん、さっき冬香が言っていた「夕陽くんに告白するのでタイミングを見て二人きりにしてほしい」と言っていたことだろう。


だから焦って、タコ焼きを引き上げていたのか。


「冬香は一度決めると一直線なところがあるからな……まぁ、上手くいったようで良かったわ」


俺たちは再び、テーブルを囲んでタコパを再開した。


「それで、家の前にいたのは誰だったんですか?」


冬香は手早くタコ焼きをひっくり返しながら、俺に聞いた。


「黒い長髪の女性だったよ。俺は知らない人だったけど、親父の大学時代の知り合いらしい」


冬香が取り分けてくれた、タコ焼きを食べながら説明する。


「うーん、やっぱり冬香と同系列だよな?」


七沖は冬香の顔をまじまじと観察しながら呟く。


たしかに似ていた。外見だけではなく、雰囲気そのものも含めて。


「そうなんですか?ちなみに、なんという方だったんですか?」


冬香はタコ焼きを一人で手際よくひっくり返している。


「四葉 真冬さん、だったかな」


俺はそう伝えると、冬香さんの手が止まった。


「あの、今……なんて言いました?」


タコ焼きに集中しすぎて、聞きそびれてしまったのだろう。


もう一度、名前をフルネームで伝えると、冬香の表情から笑みが消えてしまった。


言葉にならない言葉を呪文のように呟き、瞬く間に顔面蒼白となる。


「冬香、大丈夫?」


俺は彼女に声をかけるが、反応が返ってこない。


彼女は突然立ち上がる。リビングのドアを開け、トイレに閉じこもってしまった。


俺たち三人は互いに目を合わせる。


一体何が起きたのか、皆目見当もつかなかった。

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