30話 秋に咲く彼岸花は冬を飾る
「夕陽、電車を降りたら詳細を聞かしてもらうからね。覚悟しておいてよ」
「うん……わかったぁ」
今日は週末に加え、晴天も手伝って行楽日和の日だ。
その影響か、電車内は楽しそうに談笑する人々で溢れていた。
二席しか空いていなかったので、私と夏海さんが座り、夕陽くんと七沖くんは私たちの前で立っていた。
夕陽くんは吊り革を持つ自身の腕に顔を預けながら、涙目でうなだれている。
「まぁまぁ……いいじゃん。夕陽って外見に頓着しないから、こういうのはなかなか見れないでしょ。かっこよく決めてる姿が見れてよかったってことにすればいいんじゃない?」
さっきも思ったが、たしかにかっこいい。
素の彼も魅力的だけど、コーディネートされた姿は見ていると、そう――何かが満たされるような気がする。
「七沖って夕陽のことをそういう目で見てるの?」
「え、そうなの?ごめん、そういう趣味は……」
夏海さんがいたずらっ子のような冗談に対して夕陽くんは、すかさず便乗する。
「ちげぇよ。夕陽、お前さっき夏海に激詰めされてたことをもう忘れたのか。掛け合いがスムーズすぎるだろ」
げんなりした七沖くんに対して、二人はくすくすと笑っている。
普通ならあれだけ擦った揉んだをしたら、上手く話ができないだろう。喧嘩したり険悪になっても、互いを信頼し合っているからこそできる会話だ。
何気ないところで夕陽くんと夏海さんの間に、恋人という肩書が不要だと思えるほどの深い繋がりが見える。
それが見えるたびに、私は彼にとっての特別にはなれないのかもしれないと、考えてしまう。
夏海さんと形は違えど、たぶん清水さんもそうだ。
何があったのかはわからないけど、きっと夕陽くんにとっても彼女は大事な人なんだろう。
彼の周りには魅力的な人が多すぎる。
「冬香さん、大丈夫?」
「え、あぁ。すみません、大丈夫です」
夕陽くんに声をかけられた。
考えていることが、顔に出てしまったのだろうか。
「それならいいんだけど。何か問題があったら、ちゃんと言ってね?」
普段から笑顔が似合う人だと思っていたが、髪をセットしているからか、破壊力が増してる。
「……ありがとうございます」
かっこよすぎる。清水さんは夕陽くんのことをよく見てる。
私は思わず、目を逸らす。
「ちょっと夕陽、冬香さんを困らせないでよ」
「えぇ、心配しただけだよ?」
夏海さんから「鈍感」と一言で切り伏せられてしまった夕陽くんは、困惑していた。
電車が止まり、ドアが開く。人が入れ替わり、車内の温かい空気が外気と混じり涼しくなる。
「そう言えば、夏海はなんで水族館に行こうって言い出したの?」
夏海さんの隣が空いたので、七沖くんは座りながら聞いた。
「まぁ、いくつかあるけど……。一番の理由は冬香さんとの約束を果たそうと思ったから、かな」
思ってもいないタイミングで私の名前が出たので、話がよく見えてこなかった。
「ダブルデートの水族館に行こうって話だよね?」
私がピンと来てなかったことに気付いてくれたのか、夕陽くんがフォローを入れてくれる。
そう言われて、私もようやく理解できた。私と夕陽くんが出会い、カラオケ帰りに夕陽くんと約束した話だ。
「うん、そう。それと私が学校に行かなくなったとき、冬香さんから一緒に遊びに行こうって言ってくれたことかな」
夏海さんは私たちの顔を眺めながら、朗らかな表情で
「色々あって遅くなっちゃったし、デートではなくなってしまったけど……それでも、私はこの四人で行きたかったから」
そう言って、はにかむ。
私たちは彼女の笑顔にもらい笑いをした。
「あのさ……夏海?」
「何?」
「電車の中でいい感じの話で着地したでしょ?」
「うん、そうね」
「じゃあ、俺について……今日はよくない?」
「それはそれ、これはこれ」
昼食のために電車から降りたあと、水族館へ行く前に最寄りのファミレスに入った。
夕陽くんは電車内での良い話を盾に、夏海さんからの追求を振り切ろうと話をしていた。
「しっかり説明してもらいましょうか?夕陽?」
「七沖、冬香さん……助けて」
もちろん、私たちは夕陽くんに説明を求めた。
長い溜息のあと、ようやく観念して始めた説明を要約すると――
昨日の土曜日。清水さんと自宅で昼食をとる際、清水さんとは付き合えない旨を伝えたが、逆に諦めないと言われ、全く帰る気配のない彼女をどうにもできず、仕方なく午後は二人で自宅で過ごしていたと。
その過程で今日のことを話してしまい、練習に行かなかったことによって生まれた時間を使って、清水さんと買い物デートをしたらしい。
その結果、清水さんプロデュースによって生まれたのが、このかっこいい夕陽くんだったというわけだ。
ところどころ、説明されていない気になることがあるけど、夕陽くんを信用して聞かないほうがいいのだろうか。
夏海さんは静かだった。私たちも夏海さんが口を開かないことには何も言えないため、このテーブルだけ無言になる。あとに響くのはファミレス内の喧騒だけだ。
「夕陽」
「はい、なんでしょう?」
夏海さんの鋭い言い方に、背筋を伸ばして敬語で話す夕陽くん。少しだけ面白い。
「清水さんと長時間、密室にいたみたいだけど?その件については何も言わないの?」
私が聞かないでおこうと思っていたことを、ストレートに聞く夏海さんの強さに感心してしまった。
「いや……それは、ちょっと……」
「ふぅん。まぁ、答えなくてもいいけどね。そういうことなんだって、こっちで解釈するけど、いい?」
頬杖をつきながら、ジト目で睨みつける夏海さんの圧力に屈して、ゆっくりと白状した。
「えっと……膝枕、です」
「ぶっ!」
あまりにも衝撃的な言葉に、七沖くんがドリンクバーで取ってきた飲み物を吹き出しそうになる。
「あー……清水さんと、膝枕……ねぇ?」
もっと驚くかと思ったが、夏海さんはとても冷静だった。
「夕陽くん……変態さんなんですね」
私は率直な感想を述べると、夕陽くんはショックを受けたのか、肩を落として「ごめんなさい」とつぶやいた。
「それ以上のことは……してないんだよね?」
「……はい、してません」
念押しをした夏海さんに対して、小さくなる夕陽くんはなんだか新鮮だった。
「羨ましいぞ!羨ましすぎる!」
おいおい泣いてる七沖くんは無視して、私は夏海さんの顔を見ると、嫌そうな顔を混ぜながら笑った。
「夏海さん、許すということですか?もっと怒るかと思ってました」
「まぁ……夕陽にとって清水さんとの膝枕は特別だからね」
特別――私と夕陽くんの間には無いものだ。
視界が揺らいでいる気がする。
「そうだよね?夕陽」
夕陽くんは答えなかった。だけど、それが答えなのだろう。
夏海さんと清水さんは、夕陽くんとの特別がある。
無いのは、私だけ。
その事実を心の中で反芻するたびに、濁った何かは形を成しながら、ぼやけた輪郭で私を見ている気がした。
自分の内側に飲み込まれていくような感覚を覚える。
気持ち悪い――
「冬香」
私を呼ぶ方へ意識を向けると、七沖くんがいた。そして、あのときと同じ目をしていた。
私と別れたあの日――私を追いかけて他人を慮れる人になりたいと望み、私の背中を押すために別れを口にした彼が、そこにいた。
今、私は……私のことを一番理解してくれている親友に支えられている。
名前を呼ばれただけだし、言葉も交わしてないけど、それだけは理解できた。
「冬香さん?どうしたの、急に泣いて……」
隣に座っていた夏海さんは、私のことを見るなり、大慌てでハンカチを持ち出して涙を拭いてくれる。
「いえ……あの、ごめんなさい。誰が悪いとか、悲しくて泣いてるわけじゃ、ないんです」
「夕陽!あんたが節操ないから冬香さんが泣いちゃったじゃない!謝りなさい!」
夕陽くんはひたすら頭を下げていた。私は申し訳ないと思いながら、夏海さんの気遣いが嬉しくて否定はしなかった。
配膳ロボットが料理を運んでくる。七沖くんはテンション高めに「うまそー」と言いながらテーブルへ料理を置いていく。
「飯が来たから皆で食べようぜ。冷めちゃうぞ」
夏海さんから「空気を読め」と突っ込みを入れられながらも、七沖くんは彼女をなだめる。
私と夕陽くんは、二人の掛け合いを聞きながら食事を始めた。
濁った何かは、いつのまにか消えていた。




