3話 季節外れのルリハコベ
午前中の授業の終了を知らせるチャイムが鳴る。
あくびをしながら教室を見渡すと、周りの生徒もそれぞれグループを作って昼食の準備を始めていた。
夏海も相変わらず、男友達たちと仲が良さそうに雑談をしている。彼女は俺のほうを見ると、軽く手を俺に振ってくれた。俺も手を振って返事をするが、そのまま椅子から立ち上がる。
友達と楽しそうに話すのは良いことだし、いつものことではあるが……この場にいると心が落ち着かない。
無意識に、財布を持って教室を出ていく。
眠い目を擦りながら購買部でパンとおにぎりを買いに行こうと考えていると、見覚えのある女の子から声をかけられた。
「あ、あの、黒臼くん」
色白の肌と綺麗な長い黒髪のコントラストが映える、美少女がそこにいた。
「ん?あれ、八木坂さんじゃないか。どうしたの?もしかして八木坂さんも購買に昼飯を買いに行く予定?」
「いえ、弁当を用意してあるので大丈夫なんですけど……もし良かったら屋上で一緒に食べませんか?」
両手をもじもじと握って離すを繰り返しながら、控えめにお願いをしてくる彼女を見ただけで、俺の心が軽くなるのがわかってしまった。
小動物のような魅力を感じて、思わず手を伸ばしそうになる。だが、カラオケでやらかしたことを思い出して、何とか手を自制をかけた。
「今日は購買で飯を買ってくるから、それからでもいい?」
その言葉で表情が明るくなる彼女を見て、思わず微笑ましくて笑顔がこぼれる。
「はい、大丈夫ですよ」
「せっかくだから、一緒についてきてもらえると嬉しいな。飲み物を奢るよ」
俺の後ろをついてくる可愛らしい八木坂さんを堪能しながら、俺たちは購買で自分の食事と八木坂さんの飲み物を買ってきた。
屋上に到着すると、すでに何組か昼食を取っていた。俺たちは誰もいない場所に腰かけて食事を始める。
「あ、そうだ。この間のカラオケ、楽しかったです。私って知ってる曲が古くて同世代の人とあんまり合うことがないんですけど、黒臼くんが知っていてくれたので、いつもより楽しかったです」
可愛らしい2段弁当を取り出して、美味しそうに食べながら感謝を述べてくれる。
「俺も楽しかったよ。昔からポルノグラフィティが好きでさ。俺の父親の車に乗るといつも流れていてよく聞いてたんだ」
「それは……よかったです。楽しんでくれてよかった……」
独り言のようにつぶやくと「えへへ」と言いながらこちらを見つめる。
こんなに喜んでくれるとは思わなかったので、不意打ちの笑顔にあてられて、少しドキドキする。
一呼吸を入れて、胸の高鳴りを抑える。
「そういえば……俺も言わないといけないことがあったんだ」
「え、なんでしょう……?」
「えっと……初めて会ったとき、頭を撫でてごめんね。八木坂さんはあの場では何も言わなかったけど、嫌な気持ちにさせちゃったかなって、後で考えてさ。改めて謝っておこうかと思ったんだ」
その時のことを思い出したのか、少し頬を赤らめる。
「いえ、大丈夫ですよ。その……変に思われるかもしれないですけど、嬉しかったです。あの時も言ったかもしれませんが、ありがとう、と言われたことがあまりなかったもので……本当に、とても嬉しかったです」
彼女の瞳が細くなる。遠い過去を思い出しているかのような表情を見せる。
「たぶん気のせいなんだと思うんですけど、黒臼くんに撫でられたとき……懐かしいって思ったんです。おかしな話ですよね、初対面のあなたに撫でられてるのに……」
胸に手を当てて、不思議そうに話す彼女。
「もしかして俺たち、前世で会ったことがあったりするのかな?」
特に意図せず冗談半分で言ったつもりだが発言した後、さらっと口説いているような台詞が出てきて我ながら気持ち悪いと感じたが
「そうですね……たしかにそうかもしれません」
くすり、と笑いながら言ってくれる。
話し方とその瞳は、決して茶化しているわけではなさそうだった。
肯定されるとは思っていなかったので、俺の方が恥ずかしくなってしまう。
「どうしたんですか?」
「くさい台詞に対して、そうですねと言われるとは思ってなかったから……」
「あぁ……そう言われてみると、たしかに結構くさい台詞ですね」
改めて、手を口元に当てながら笑い始める八木坂さんは俺の方を見て
「人生で初めて口説かれたので、なんだか楽しいですね」
そう言いながら、彼女は俺が奢った飲み物を飲む。
「八木坂さんはすごい美人だから口説かれたことくらいあるのかと思ってたよ」
飲みながら、んんっ、と言って片手を横に振りながら否定をする。
「まったくないですよ。そもそも美人でもないので当たり前ですが……」
自分を卑下するが、その外見で美人じゃなかったら……たぶん夏海クラスの人しか美人認定されないのでは……。
そう心の中でツッコミながら気を取り直す。
「じゃあ、俺は八木坂さんを初めて口説いた男か」
「そうですね。私の初めて、取られちゃいました」
破壊力抜群の言葉を唐突に投下する八木坂さんを、目を丸くしながら見つめる。
「八木坂さんも……なかなか攻撃力の高い台詞を使うね」
「口説かれたお返しということで、ちゃんと受け取ってくださいね?」
言い切ってしばらくすると、自分もかなり恥ずかしかったのだろう。顔を下に向けて真っ赤にしていた。
少し甘い、言葉遊びをしながら俺たちは昼食を終えた。
今までは教室で一人で昼食を取っていた。
最初は気楽だからそうしていただけだが、いつの日からか、夏海が楽しそうに異性と話している姿を見ていると、不安を感じることが増えてきた。
八木坂さんと食事をするようになって、それが消えた。
俺は無意識に彼女を目で追うようになった。彼女を見つけて安心をしたくなっていた。
朝練へ行く途中でキスをしてくれた夏海の顔が頭の中に浮かぶ。
これは、彼女に対する裏切りなのだろう。でも、仮にそうだとしても……俺は八木坂さんに惹かれ始めている。
自分では止められない。
埋まらない何かを埋めようと探さずにはいられない。




