25話 コリウスの花
七沖は驚きを隠せない様子で食事の手を止めた。
「え、金髪ギャルの清水さんからデートに誘われた?」
「うん……そう。っていうか、わざわざ金髪ギャルを付けなくていいだろ」
いつものように学校の屋上で四人で昼ごはんをしている中、俺は二日前に受け取った、清水さんからのメッセージについて相談していた。
七沖は一瞬だけ戸惑い、夏海と冬香、両者の様子を交互に伺った。
俺もなんだか気まずくて、二人がどんな顔なのかを知ることはできない。
夏海は小中学生時代、俺が把握してないことも含めて、色々あったことを考えると気が気でないし、冬香は同じ図書委員であり、先日、図書室で親睦を深めたばかりらしい。
正直、最初は夏海と冬香がいない場所で七沖に相談しようかと思った。だが、下手に隠して色々悪化するより、さっさと白状したほうが後々楽になると思い、この状況を選んだ。
「あの……夕陽くん。とりあえず、こちらを見てもらってもいいですか?」
冬香に言われるがまま、彼女へ目を向けると、いつも通りの彼女が見えた。
だが、冬香は怒るときは決して表に出さないので、この状況においては、もっとも信用の出来ない様子だ。
「……その顔、信じてませんね?本当に怒ってませんよ」
「……本当に?」
「本当です。そもそもなんで私が怒らないといけないんですか。清水さんが誰を好きになるのか、なんて本人の自由でしょう?」
その言葉を聞いた夏海は「甘い」と冬香の言葉を一刀両断する。
「冬香さん、あなたは清水さんの夕陽に対する執着心を理解してないから、そんな悠長なことを言えるんだよ?」
俺も夏海とのやり取りを通して、清水さんの一端を知っているから、一概に大袈裟とは言えない。
「清水さんってそんなに夕陽LOVEなの?羨ましいなぁ」
暢気な七沖を、夏海がすごい剣幕で睨みつける。
「あのね……適当なことを言わないでよ。夕陽と距離を詰めるとき、どれだけ苦労したことか……夕陽も優しいから、すぐ期待を持たせるようなことを言っちゃうし、大変だったんだから」
なぜか巻き込まれているが、俺の優しさが他人に期待を持たせてきたのは間違いではないから、反論できない。
だけど、清水さんの気持ちを執着と言うなら、夏海もそんなに変わらない気がする。
「夕陽……何か言った?」
七沖に向けられていた剣幕がこちらにも向く。
「いや、何も言ってないよ?」
昔、清水さんと夏海の間に起きたことを聞いたときは、なんでそうなるのか、まったくわからなかった。
わからないまま、どうにか大切な二人と仲良くなりたくて色々と話をしたけど、駄目だった。
細かい理由はともかく、要するに同じで、わかってしまうからこそ、余計に二人は互いを受け入れられなかったのだろう。
「で、結局、夕陽はどうするんだ?もう返事を保留して二日なんだろ?さすがに、そろそろ返事しないと清水さん、痺れを切らして直接聞きに来るんじゃないか?」
「だから……それがわからないから、こうやって相談を……」
七沖は首を横に振り、遮る。
「俺たちに相談したところで、決めるのは夕陽だろ?それに俺たちの立場からどうすべきか、なんて言えるものじゃないよ」
ぐうの音も出ない正論に、その場が静まり返る。
ただ、と言葉を繋ぎながら俺を見る。
「俺個人の意見を言わせてもらえるなら、デートには行ったほうがいいと思う」
夏海がぎょっとした目をしながら七沖にかみつく。
「はぁっ?七沖、私の話を聞いて――」
「聞いてるよ。聞いた上でそう言ってるんだ。細かい理由はいくつかあるけど……」
俺と冬香へ、交互に目を配らせ、最後に夏海を見る。
「一番の理由は……先に進むためには必要なことだから、かな」
彼にしては珍しく、いつもの軽さをどこかに置いてきたような、そんな様子だった。
冬香は無言で七沖のことを見つめていた。
七沖と冬香は元恋人同士だ。真剣な七沖が表に出る意味を、知っているのかもしれない。
食事を終えて教室に帰ってくると、清水さんとその友達が俺の机あたりで駄弁っていた。
「あ、黒臼くん。おかえり」
清水さんは俺の椅子に座ったまま、ドアの前で足を止めた俺に、手を振った。
後ろにいた夏海からは、滲み出るような重い気配を感じる。
「清水さん、この間のメッセージの件なんだけど、連絡が遅くなって―――」
「清水さん……」
夏海が俺を無視して、清水さんたちに近寄る。
一応、清水さん以外の人もいるから、和やかな雰囲気を醸し出しているが、内側が隠しきれていないと感じるのは俺だけだろうか。
「どうしたの、星田さん?」
清水さんは夏海の意図を理解した上で、彼女にそう問いかけているはずだ。
「どうしたの?じゃないよ。この間、食堂でちゃんと言ったでしょ?夕陽には好きな人がいるって……」
こめかみをピクピクさせながら、それでも笑顔を崩さないで話す夏海の姿は、俺も怖いと感じる。
「えー、でもくろっちは誰とも付き合ってないんでしょ?じゃあしーちゃんがデートに誘っても何の問題となくない?」
夏海の隠しきれないオーラを前に、清水さんの隣にいた、色白な友達、一ノ瀬さんは、あっけらかんと横槍を入れる。
くろっちは、たぶん黒臼の「くろ」から来てるのだろう。初めての呼ばれ方だ。
「ねー。それなのに星田さんは彼女面してるけど、どの立場でそれ言ってるんだって話じゃない?」
もう片方の褐色肌の友達、桑田さんも同調しながら言葉を突き返す。
返す言葉もなさそうな夏海は、表情だけで反論していた。
そろそろ止めないといけなさそうだ。徐々に周りの生徒の視線が夏海たちに集まっている。
「夏海、もう大丈夫だから。ありがとう」
「でも夕陽は――」
「……こっちにきて、夏海」
俺は清水さんたちに聞こえないよう、彼女の肩を持ち、ぐっとこちらに引き寄せて耳打ちをする。
「他の人たちが見てるから終わりにしよう。それと、夏海の言いたいことは俺に伝わってるから。安心して」
「わ、わかったから……耳の近くで、話さないで……」
ピクンと体を縮こませると、急に大人しくなってしまった。
何も言わないまま自分の席へ戻っていく。
「夏海……?」
他の人に聞かれると、夏海のイメージが壊れそうだから、聞こえないように話をしただけなのだが、俺が想定していた反応ではなかった。
昼休み終了のチャイムが鳴る。教室は5時限目に向けて、少しだけ騒がしくなる。
「清水さん、デートに行こう。詳しい話はあとでメッセージを送るよ。一ノ瀬さんと桑田さんもそれでいいよね?」
一ノ瀬さんと、桑田さんについては、清水さんのことを思い出すついでに調べておいた。
俺に教えてもいない名字を呼ばれて鳩が豆鉄砲をくらったような表情で、二人は互いの顔を見合う。
やはり勝手に苗字を調べて呼ぶのは気持ち悪いだろうか。
少し不安になったが、二人は俺の横に来ると、頭と頬を撫で回し始めた。
「うちらの名前を覚えてくれてるなんてかわいい〜」
「ありがとう、すごい嬉しいよ!さすがしーちゃんが惚れた男だ〜」
清水さんは俺の椅子に座りながら、その光景をくすくすと笑いながら眺めていた。
その日の夜。清水さんとメッセージでやりとりをした。
今週の日曜日でもよかったのだが、彼女の希望で、次の週の日曜日にデートすることになった。
デートをすることになったのはいいのだが――
翌日の昼休み、昨日と同じように、屋上で昼食をしている。
ただ、昨日と違うことがひとつだけあった。
「えーっと……夕陽?彼女が清水さん?あと、急に来ることになったのは……どういう経緯?」
俺の隣には清水さんがいた。
七沖は、明らかに不機嫌な夏海と、若干目線が定まらずオロオロした冬香の、両名を代表して俺に質問しているのだろう。
「……昨日、デートの約束をしたときに、清水さんが、私も一緒にお昼を食べていい?って聞かれたから……だね」
明らかに微妙な空気感の中、俺の隣でお昼ごはんを食べている清水さんは場の空気は一切気にせずニコニコしていた。
「みんなどうしたの?お昼休み終わっちゃうよ?冬香さんも、このあと図書委員の仕事でしょ?」
彼女はおもむろにカバンから保冷袋を取り出し、プラスチックのカップを取り出した。
「冬香さん、これあなたの分として作ってきた杏仁豆腐なんだけど……食べる?」
冬香は状況に流されるまま受け取る。
図書委員の仕事まで時間もないため、彼女は弁当を早々に食べ終え、杏仁豆腐に手を付ける。
食べると、戸惑っていた冬香の表情が和らぐ。
「んん、これは美味しいですね」
「本当?よかった……また今度作ってくるね」
清水さんは夢中で食べる冬香を眺めている。
「え、もしかして俺たち全員分あるの?」
七沖は期待に胸を膨らませている。
「もちろんあるよ」
テンション高めの七沖を面白がりながら「はい、どうぞ」と渡す。
「マジかよ!手作りスイーツを学校で食えるなんて思いもしなかったわ、うめぇ!」
「ありがとう、清水さん!」と言いながら、目をキラキラさせながら食べている。
戸惑っている二人をあっという間に懐柔をしていく清水さんの順応ぶりに、俺は驚いた。
俺の中では、一人で本と自然を眺めているのが好きな大人しい子、というイメージだった。
このあいだは中身は変わってないと思っていたが、それは誤りだったようだ。
冬香は片付けを始め、そそくさと図書委員の仕事に向かった。
俺たちは冬香に、いってらっしゃいと送り出した。
その間、夏海は相変わらず不機嫌そうに目線を逸らしながら弁当を食べている。
彼女のわがままな姿に愛らしさを感じながらも、小さくため息をつく。
「夏海……」
「なに?」
俺は清水さんから夏海の分を受け取る。子供のように拗ねている夏海の隣に座り、諭すように話す。
「せっかく作ってくれたんだから食べない?二人とも美味しいって言ってたよ?」
「……食べない」
「どうしても食べない?」
「うん、食べない」
「じゃあ、どうしたら食べてくれる?」
彼女は目線を俺に合わせたあと、清水さんをじっと見つめる。
「……うーん。じゃあ、夕陽が食べさせてくれるなら、食べる」
まさか、本当に子供のようなことを要求してくるとは思わなかったが、彼女なりに何か思うところがあるんだろう。
「……わかった、それで食べてくれるんだよね?」
返事として頷いた彼女の口に、杏仁豆腐を運び入れる。
「……これ、本当に美味しいね。びっくりした。もっとちょうだい?」
スプーンで食べさせるたびに口角が少しずつ上がり、含み笑いを見せる。わかりやすい反応に、俺も思わず笑ってしまう。
だが心なしか、清水さんに向かって、何かを訴えかけるような表情をしていたような気もした。
食べ終えた頃には、夏海の表情は先ほどとは打って変わって、ホクホクした顔になっていた。
「清水さん、美味しかった。ごちそうさま」
「……うん、また持ってくるね」
清水さんは変わらずニコニコしていたが、少しだけ表情が薄くなったかもしれない。
「夕陽は相変わらず、罪な男だな……」
一人、意味深に呟く七沖のことは触れないでおこう。
ちなみに俺の杏仁豆腐は特別仕様らしく、他のものよりさらに美味かった。
その日の夜、冬香・夏海・七沖・俺のトークルームに着信があった。
送り主は夏海で、内容は「今週の日曜日、4人で水族館に遊びに行かない?」とのことだった。
土曜日は女子バスケ部が練習試合が組まれているし、男子は昼を挟んで、午前と午後、両方とも練習がある。
俺は特に用事がないので、行けると送信する。
寝室にあるベッドの上で大の字になり、スマホを放り投げる。
「水族館か……冬香と約束をしてお流れになった、いつかのダブルデートみたいだな」
少しだけ、冬香との出会いの思い出を振り返って、一人ニヤける。
我ながら気持ち悪いな、と思いながら、俺は再びスマホを確認すると、夏海が当日の予定や集合場所について打ち込んでいた。
「それにしても、急な誘いだな……もしかしたら、清水さんのことが絡んでるかもしれないけど……」
もしそうだとしたら、わざわざ水族館に誘わなくても話くらいは――
「まぁ、考え過ぎはよくないか。せっかく4人で遊びに行くんだ……うん」
そのときを待ち遠しく思いながら、眠りに落ちた。




