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冬日向に舞う風花~夏と冬の狭間に揺れる夕陽の物語~  作者: 翠月
5章 剥がれ落ちる心とあるがままの自分
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23話 アンスリウムは赤黒く焦げる

食堂の雑踏に溶け込みながら、一人、夏海が用意してくれた弁当と、購買部で買ってきた飲み物と菓子パンを片手に昼食をとっていた。


夏海は復帰祝い、という名目で仲の良い部活仲間と昼食をとっているので、いない。


七沖も仲の良い友達から飯に誘われた、と言い残してどこかへ行った。


冬香は今週いっぱいまでは、図書委員の当番のため、早々にいなくなった。


それで今に至るわけだが、ここ最近は一人で過ごす機会も、ずいぶん少なくなってきた。これはこれで懐かしい感覚を思い出せるので楽しい。


食事中、暇だったので、おかずを口に運びながら視線を周囲に向けているといろんな人がいる。


イチャイチャしているカップル、オタク友達同士でつるんでいる男子たち、人目を憚らず大声で笑っている女子たち……


そうやって観察をしていると、古賀が見えた。


以前いた、女子二人はいないが、代わりに男友達と思われる人が三人いた。


こちらには気付いてないようだ。俺も無用なトラブルに巻き込まれるのは勘弁願いたいので、これ以上視線を送るのは止めておこう。


視線をテーブルに戻すと、目の前には金髪ギャルがテーブルを挟んだ正面に座っていた。


思わず後退りをしようとしたが、そんなスペースはどこにもないため、太ももをテーブルにぶつけてしまった。


「いっつ……!」


金髪ギャルの清水さんはあたふたしながら謝罪をしていた。


「ご、ごめんね?驚かせて……」


「あ、いやいや、大丈夫。こちらこそごめんね。気付かなくて」


「ううん、大丈夫。……今日は一人なんだね」


清水さんはにこやかにこちらを見ていた。


思わず、俺の表情も釣られてしまう。


「そうだね。みんな用事があるみたい」


「もしかして、お邪魔だったかな?」


「いや?暇すぎて人間観察をしてたくらいだから、声をかけてくれて助かったよ」


「本当?よかった……」


胸をなでおろす様子を見ていると、本当にこの人の中身は俺がイメージするギャルと乖離しているようにしか思えない。


「清水さんは一人なの?」


「友達は……そこにいるんだけど、私だけで行けって言われちゃって……」


清水さんがおずおずと俺の後方を指したので、振り向くと、教室で俺を囲んできたギャルたちが勢ぞろいしていた。


彼女たちは、俺たちの視線に気付いたのか、手を振ってくる。


俺は苦笑いをしながら手を振り返すと、なぜか黄色い声が聞こえる。


「迷惑だったらごめんね……」


俺の表情を見て不安に感じたのだろう、清水さんは顔を下に向けていた。


「大丈夫だよ。清水さんはいい友達を持ってるね」


「……ありがとう、黒臼くん」


俺は食事を再開すると、清水さんも一緒に食事を始めてくれる。


「そういえば、何か俺に用事があったから声をかけてくれたの?」


それを聞いた途端、彼女は顔を真っ赤にして口ごもってしまう。


「聞いたらまずい話だった?」


「ううん!全っ然そんなことない!そんなことは……ないんだけど……」


「うん」


「その……もし違っていたら、ごめんね?えっと、夕陽くんって……今はフリー?」


「うん?それは、交際相手がいるかどうかっていう話?」


「……そう、だね」


その通りではあるが、どうしたものか。素直にそうだと言うこと自体を躊躇してしまう。


「……うん、フリーだよ」


嘘をつく理由はどこにもない。だが、自分が想像している通りなら、どんな流れであれ、清水さんが喜ぶ話にはできない。


「本当?よかった。それなら――」


「あれ、清水さん。夕陽と一緒にいるなんて珍しいね?どうしたの?」


いつの間にかテーブル前で夏海が立っていた。


口を止めた清水さんの顔は、みるみるうちに青ざめる。


「あ、夏海……。友達と一緒に食べてたんじゃないの?」


俺としては渡りに船だったが、同時に清水さんの顔が体調不良なのかと疑ってしまうほど、血色が薄い。


「うん、食べてるよ。ちょうど今、席に戻ろうと思ってたんだけど……懐かしい人が夕陽と話してるなぁって思ってさ」


「懐かしい?誰が?」


「え、気付いてないの?……まぁこれだけ外見が変わってたら、わからないか。この子、私たちと同じ中学だよ」


清水さんが俺たちと同じ中学――?


「え、本当?」


「うん、そうでしょ?清水さん」


問いかけられた彼女は、夏海から目を逸らし、無言のまま首を縦に振る。


清水さんは席を立ち、その場を離れようとする。


「清水さん」


背中を見せたまま立ち止まる彼女に、夏海が言葉をなげかける。


「たしかに私とはもう付き合ってないけど、夕陽には好きな人がいるからね」


「え、何を言って――」


俺は彼女の言葉を遮ろうとしたが、逆に遮られてしまう。


「何って……ただの事実でしょ?あれだけイチャイチャしていて、好きじゃないっていうほうが無理があると思うよ?」


清水さんに向ける夏海の目が据わっている。


清水さんは「黒臼くん……またあとでね」と声を震わせながら、早歩きで食堂をあとにしてしまった。


俺の後方で見守っていたと思われる、友人のギャルたちは清水さんを追いかけていった。


俺はしばらく黙り込んだあと、ゆっくりと口を開く。


「夏海……どうしたの、怖いよ?それになんであんなことを……?」


「それは言い方が酷くない?夕陽だって、あの言葉の先はデートの誘いだって、わかってたでしょ?」


「言い方は、ごめん。それも……まぁ、たしかにそうだけど。何もそこまで言わなくても……」


夏海はため息をつきながら、うなだれる。


「夕陽は自分がモテることを自覚してないから、そういう反応なんだろうね。まぁ、自覚できていない原因の半分くらいは……」


途中まで言いかけたが、彼女は咳払いをした。


「とにかく、夕陽は優しいから気を付けてね。あと――」


少しだけ天井を仰ぐと、頭を振って嘆息する。


言葉を飲み込むと「じゃあね」と一言だけを残し、そのまま立ち去った。


何がなんだかわからないまま、話が終わってしまった。


「俺が好きな人……」


夏海が言っていたことを反芻する。


「中学時代の清水さん……あ」


もしかして、図書室でよく本を読んでいて、眼鏡をかけていたあの子か。


「わかるわけがないでしょ……外見が違いすぎる」


でも、中身は変わっていなかった。




廊下を走る。


途中ですれ違ったクラスメイトに「あれ、清水さん……?」と怪訝な顔をされてしまった。それほど、ひどい顔なのかもしれない。


中学のときみたいに星田さんから釘を打たれて、思わず逃げてしまった。


だから、私は一人になりたくて図書室に駆け込んだ。


ここに来ると心が落ち着く。


この学校の図書室は日中の日当たりが良くないから、電気をつけたとしても全体的に暗い印象が拭えない。


他の人からすると、ネガティブに感じるかもしれないけど、私にとっては自分の心と似ていて好きだ。


「はぁ〜……」


星田さんは相変わらず、怖かった。


黒臼くんのことになると、目の色が変わるのは中学のときから変わらない。


「こんにちは、清水さん」


私は入り口で胸をなで下ろしていると、私よりも少し背の低い女性に声をかけられた。


「あ、こんにちは。たしか……えっと、八木坂さん?」


「はい、覚えていてくれて、嬉しいです」


そういえば、今週いっぱいまで八木坂さんのクラスが担当だったっけ。


「今日はどうしたんですか?慌てた様子でしたが……?」


「あ、大したことじゃないよ。ちょっと心を落ち着けたくて、ここまで来ちゃった」


「そうですか。では、時間までゆっくりしていってくださいね」


気遣ってくれたのか、会話を切り上げてくれた。


小さめの身長で手を伸ばし、体を伸ばしながら本の整理をしている彼女がとても可愛らしかった。


私は彼女に駆け寄り、代わりに本を戻してあげる。


「あ、ありがとうございます……脚立を持ってくるのが面倒で、横着してしまいました」


「私も手伝うよ」


「それはご迷惑では……」


「大丈夫。私、本に触るの好きなんだよね。そうしてると心が落ち着くから」


彼女は少しだけ逡巡したあと、首を縦に振った。


「そうですか、わかりました。お言葉に甘えて手伝ってもらってもいいですか?」


「うん、もちろん」


私たちは一緒に作業を始めた。


「清水さんは本が好きなんですか?」


「うん、好きだよ。……あ、そうだよね。この外見で本が好きって言われても違和感があるよね」


二人で生徒たちから返ってきた本を棚に戻す。


自分の金色の髪の先をくるくるといじりながら自虐をすると、八木坂さんはキョトンとした表情で私を見る。


「そんなことはありませんよ?本を好きになることに外見は関係ありません。むしろ、本を通して色んな人と繋がれると感じるので、多様な外見があったほうが嬉しいですね」


彼女は当たり前のようにそう言った。


「……ありがとう。この外見で本を読んでいると……驚かれたり、色々言われるから。ちょっと卑屈になってたかも」


高校に入ってから、自分の意思でこの外見になった。理由は、黒臼くんと2回目に会ったとき、覚えてもらっていなかったから。


もちろん、何回も会っていく中で私のことは覚えてくれたけど……。忘れられたときは、とてもショックだった。


その後、黒臼くんが星田さんと付き合い始めてから、ほとんど会わなくなった。


正確に言えば、学校で会うこと自体は普通にあるし、話も多少はするんだけど……だんだん黒臼くんの中で私の存在が薄れていくのを、そのたびに感じた。


それが嫌で、私は黒臼くんと距離を取るようになった。


黒臼くんと再会するためにこの高校を選んだわけじゃなかったけど、入学したとき、彼が同じ高校であることを知ったときは嬉しかった。


それと同時に、もう二度と忘れてほしくなくて、こんな見た目にした。


最初は外見が理由で思い出してもらえなかったとしても、新しい私で彼との出会いを、もう一度やり直したかった。


私たちは二手に別れて、本を戻す作業を続けた。


昼休みも、そろそろ終わりになる。


束の間の平穏を享受した私は、いつも通りに戻りつつあった。


そのとき、声が聞こえた。


「冬香、まだいる?」


黒臼くんだった。


彼は誰かを探しているようだ。大きな本棚が目の前にあるから、彼から私は見えない。


「夕陽くん、今日も来てくれたんですか?」


「うん、夏海も七沖もいなくてさ。暇だったから教室へ戻る前に寄ってみた」


八木坂さんの声が聞こえる。私と話していたときよりも、心なしか声のトーンが高くて甘い気がする。


黒臼くんと八木坂さんが知り合いだったことにも驚きだったけど、本棚の隙間から見た二人の瞳が私の心をかき乱した。


あの瞳は見たことがある。


黒臼くんと星田さんが付き合い始める前後の――恋心に満たされたものと同じだった。


二人が本棚の影に隠れたタイミングで、私は足音を立てずに、図書室をあとにした。


図書室から少し距離をとったタイミングで走った。


一人になりたくて、屋上へ駆け上がる。


「はぁっ……!はぁっ……!」


屋上のドアを開けて、すぐ横で崩折れる。


さっき食堂で星田さんが言っていた、黒臼くんが好きな人は――八木坂さんだ。そして八木坂さんも黒臼くんのことが好きなんだ。


嫌だ、嫌だ、嫌だ。


なんであの人(黒臼くん)の隣に、八木坂さんがいるの?


星田さんと別れたって聞いたから、勇気を出して声をかけたのに……もう別の人がそばにいるなんて聞いてない。


八木坂さんの雰囲気やタイプが中学時代の私と同じっぽいのも、本が好きなことも、嫌味なくらい似ている気がしてならない。


どうして私じゃないの?こんなに似てるなら、あそこにいるのは私だっていいはずなのに、なんで?


小学6年生の頃、黒臼くんが転校してきてから、先に私が距離を詰めたのに、中学に上がったら、いつの間にか星田さんが横入りしてきて奪っていった。


高校に入ってようやく、彼の近くにいられると思ったのに、今度は八木坂さんが奪おうとしてる。


もう自分を騙したくない。もう大切なものをなくしたくない。


もう、自分を押し殺したくない。


私はスマホを手に取って、メッセージを打ち始める。


5時限目のチャイムが鳴る。私は初めて授業をサボった。

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