21話 移ろうワレモコウ
午後4時40分頃、バーベキューの片付けを終えて車に道具類を詰め込み終わったところだ。
「晴華さん、私が助手席に座ってもいいですか?」
行きと同じメンバーで車に乗ろうとしていたとき、冬香がそう聞いた。
「うん、もちろんいいよ?夏海もそれでいい?」
行きは助手席に座っていた夏海は「いいよ」と軽く返事をする。
後ろの席は狭いから、ゆっくりと休めないのが嫌なんだろうと思っていた。
車に乗り込む直前、お父さんたちと米沢家の車からあいちゃんが俺の元へ勢いよく走ってくる。
俺の足へ飛び付くと、泣き始めた。
周りの人たちは困ったようにあいちゃんを見ていた。
俺は彼女の頭を撫でながら諭す。
「あいちゃん。ゆうちゃんは来年も来るから、そのときはまた一緒に遊んでくれる?」
泣き喚きながら頭を縦に振る彼女がいじらしい。
「こっちにおいで」
俺はあいちゃんの顔が見えるように角度の調整をして、スマホで一緒に撮影する。
「ほら、見てよ。ゆうちゃんとあいちゃんの写真。見える?」
興味がそちらに移ったおかげか、泣き止んでくれた。まじまじとスマホの画面を見続ける。
「お父さんとお母さんにこの写真を渡しておくから、後で見せてもらってね。来年、また一緒に撮ろう」
俺は彼女の背中をさすりながらお母さんたちの元へ一緒に連れて行く。
米沢家のご両親は頭を下げながら感謝を伝えてくれた。
ついでにあいちゃんのご両親とメッセージアプリで登録し、画像を送った。
それをひたすら見せることで、ようやく大人しく車に乗ってくれた。
「お疲れ様、夕陽」
夏海が俺の肩を叩きながら労ってくれる。
「モテる男は辛いね」
冗談のつもりだったが、夏海は「冗談になってないよ」と半分本気の目で言われてしまった。
七沖はどことなく不機嫌な冬香を宥める。
俺たちも車に乗って帰り始めた。
車が走り始めて、30分くらい経った。
助手席からバックミラー越しに後部座席の様子を確認すると、夕陽くん、七沖くん、夏海さんの三人は熟睡しているようだった。
私も少しだけ睡魔に襲われつつ、わざわざ助手席に座った目的を果たそうと気持ちを切り替える。
「冬香ちゃん、眠くない?私のことは気にしないでいいからね」
「ありがとうございます」
運転をしている晴華さんの顔を見ると、私の視線に気付いたのか、ニコッと笑顔を返してくれる。
11月も近付き、陽の傾きがだいぶ早くなった。
外は既に暗くなりはじめ、十六夜月の存在感が強くなってきている。
「何か私に聞きたいことがあるんじゃないの?」
「え?」
まだ何も言っていないのに、どうしてわかったのだろう。
「だから助手席に来たんでしょ?夕陽のこと?」
私の考えはお見通しのようだ。もう少し探りを入れながら話をしようと思ったが、観念して素直に聞こう。
「……晴華さんが夕陽くんを呼びに行ったとき、何を話したんですか?」
「見てたの?」
「いえ、見てません。だけど、帰ってきたときの雰囲気が……違ったんです。特に晴華さんと夕陽くんの間にある空気が……」
晴華さんは短く笑いながら驚いた顔をしていた。
「すごいね。私も夕陽も結構上手く隠していたように見えたんだけど……。そっか、だから東屋で夕陽のお世話を一生懸命してたんだね」
赤信号で車が止まる。
「あ、念のため、最初に釘を刺しておくよ。私と夕陽の男女関係的な話じゃないからね?私、恋人いるし。夕陽の悩みを聞いていただけだよ」
途中、七沖くんが卒倒しそうな情報が挟まっていたことは聞かなかったことにしよう。知らないほうが幸せなことも世の中にはあると思う。
「だけど、隠さないといけないことなんですよね?」
「うーん、私は隠さなくてもいいけど、夕陽がまだ答えを出してないから私の口からは言えない。が正しいかな」
つまり彼の口から聞け、ということか。さらに言えば、答えを催促するなとも言っているように聞こえる。
「夕陽くんは……前を向けましたか?」
嫌だった。
これではまるで、夕陽くんと晴華さんだけの話だ。過去の話ならともかく、今この瞬間、私が入る余地のない彼の話があるなんて信じたくない。
晴華さんと夕陽くんが……まるで家族のように見えてしまう。
家族ではない私にだって、彼を気にかける資格くらいはあるはずだ。
青信号になり、車が発進する。
「冬香ちゃんは夕陽のこと、好き?」
私の質問に対して無関係な質問が返ってきたことに、すこし腹が立った。
「今、その話は関係ないと思います」
ぶっきらぼうな言い方をしたことに後悔しながらも、それを声にはできなかった。
「関係あるよ。だって、前を向けるかどうかは……冬香ちゃん次第なんだから」
「……何を言っているんですか?今の話に私は関係――」
「関係は大ありだよ。だから聞いてるの。夕陽のことが好きなのかって。友達として〜とかじゃダメだよ?目先だけの関係性でもない。これから人生を共に歩むパートナーとして……そういう話を、私はしてるから」
言葉が詰まってしまった。
私はただ、彼のそばにいたかった。だけど、その先の話は……考えたことはなかった。
いや、正直、考えたことはある。だけど、それはつまり……私の家のこと、私の過去を伝えることになりかねない。
考えたくもない、忌まわしいあの頃が戻ってくるのが嫌だった。だから今だけを見ていたかった。
見せたくない。夕陽くんには鬱屈とした醜い私の心なんて必要ない。
綺麗な私だけを見ていてほしい。
晴華さんは、それではダメだと言っているの?
夕陽くんの隣にいるのは許されないと、そう言っているの?
晴華さんは夕陽くんの家族だから……私を、夕陽くんに相応しいかどうかを見ているの?
私の薄汚れた心が見透かされているようで、居心地が悪い。
「私……高校生ですよ?人生を共に歩むパートナーなんて、そんなすぐには見つからないです」
「まぁ、それはそうだね。私が高校生のときもそんな人はいなかったよ」
「それなら、なぜ私だけ――」
「当事者同士が解決すべきことだからあんまり言いたくないんだけど、冬香ちゃんが納得しなさそうだから、少しだけ言うね」
私の言葉を遮って続ける。
「夕陽は今、本気で自分の弱さと向き合おうとしてる。自分のため、君たちのためにね。でも、それが上手くいくかどうかは、本人の意思と同時に相手の意思も大事なんだよ」
「それは……私の意思、ということですか?」
「そう。夕陽の覚悟を受け止める勇気があるのか。それと……これは私の勝手な憶測だけど、冬香ちゃんは周りに言ってないことがあるでしょ?夕陽のそばに居続けたいなら、それと向き合う必要が出てくると思うよ」
私は晴華さんに自分の過去を話したことはない。というか、誰にも話したことはないはずだ。
言い方からして、具体的な内容は知らなさそうだけど……事の本質を見抜かれていることに変わりはない。
夕陽くんもこの観察眼に見抜かれたのかもしれない。
「知りもしないのに、適当なことを言うのは……どうかと思います」
「そうだね、ごめん。言い過ぎたかな」
晴華さんは距離を空けた。
その瞬間にわかってしまった。
適切な距離感、立場を考慮した立ち回り、言葉の選び方……私が彼女に勝てる要素がひとつもないことに。
「……いえ、私のほうが言い過ぎでした。教えていただいて、ありがとうございました」
素直に謝罪をした。これ以上、夕陽くんについて話すのはやめたほうがよさそうだ。
「ううん、気にしないで」
そんな簡単な言葉ひとつでも、何か奥があるんじゃないか。そう錯覚してしまいそうなくらい、心が揺らいでいた。
「なんだか、怖い人みたいに思われちゃったかな?一応言っておくと、私は冬香ちゃんの評価、めちゃくちゃ高いからね?」
「……そうなんですか?」
「うん。相手の気持ちをちゃんと理解できているし、尊重することを忘れない。何より、自分のことを客観的に見れる。これは大きいね。高校生でこれができる人はそんなにいないよ。あとは……」
途中で見つけたコンビニの駐車場へ入る。
「自分の心と上手く付き合えること。それが冬香ちゃんの一番良いところだと思うよ」
エンジンを止めながらバックミラーで後部座席の三人が寝ていることを確認してから私に耳打ちする。
「三人が寝てる間に甘い物でも買って食べようよ。私もトイレに行きたいからさ」
子供のような無邪気な笑顔を私に向けた。




