15話 嵐の前の静けさⅡ
今日は部活の帰りに、冬香、篠田、俺の3人でファミレスに落ち合うことになっていた。
店内を見渡すと、先に到着していた冬香の横顔が見えたので、篠田が声をかける。
「冬香、遅くなって悪い」
冬香は本に栞を挟んで閉じた。
「お疲れ様です。七沖くん、夕陽くん。私も今さっき来たところです」
彼女は本をカバンにしまう代わりに、ヘアゴムを取り出す。長くて綺麗な黒髪を簡単にまとめあげた。
それを見ながら席に座る。
うなじが見えて、少しだけ目を奪われる。
「どうしたんですか?夕陽くん?」
後ろでまとめただけなのに、雰囲気が変わる。
どう変わったのか、と言われると言語化はできない。だけど、とても良いと思う。
目の前の冬香はなぜか、向かいの席から俺に手を振っているが、その姿も――
「夕陽……気持ちはわかるが、返事くらいしてやれ」
隣に座った篠田が、俺の肩を叩いて意識をこちら側に戻してくれる。
「えっ?なんか言った?」
「あ、戻ってきましたね」
いつの間にか、冬香と篠田は俺を心配そうに見ていた。
「……こりゃあ、重症だな。さすがの冬香と言ったところか」
「え、私?なんで私が関係してくるんですか?」
篠田は長いため息をつく。
「そういうところだよ……冬香」
「ええっ……私が悪いんですか?」
「悪くはないが……悪いとも言える。とだけ言っておこう」
篠田の意味深だけど浅そうな言葉を聞いた俺たちは首を傾げながら笑った。
「それで……今日は篠田に誘われてファミレスで夜飯を食べるって話になったと思うんだけど、何か理由があるの?」
一通り注文を終え、俺たちはスマホを片手に雑談をしていた。
「そんなに構えるなよ。大した話じゃない。ここ最近、色々と変わっただろ?だから時間を気にせず話せる場が欲しいなって思ったんだ」
そう言われたら、その通りだ。俺たち全員、良くも悪くも変わっただろう。俺は夏海と別れ、篠田と冬香も同じだ。
「たしかに……色々と変わりましたね。夏海さんは変わらず、ですか?」
「うん、そうだね……。明日か明後日、夏海の家に行って、色々聞こうかと思ってる」
「うちの部長が夕陽に理由を聞いてきてくれって頼みごとをしたんだ。星田がいないことで多少ゴタついているみたい」
篠田が補足説明をする。冬香は「そうですか……」と言い、目線を落とす。
「冬香さん、心配してくれてありがとう」
謝るより、彼女の気持ちを素直に受け取ったほうが、きっと彼女の負担は減ると思う。
「……こちらこそ、ありがとうございます」
「えへへ」と照れる彼女を見て、安心する。
「俺もこんな感じだったのか……」
肘をついて顎に手を当てながら、独り言を呟く篠田の言葉を聞きそびれて、なにを言ったのか聞き返してみたが、はぐらかされてしまった。
「応援してるよ、お前のこと」
「んん?……ありがとう?」
なぜか応援された俺は、猫型の配膳ロボットが持ってきた料理を配る。
「気にしなくていいよ。早く飯食おう。腹減ったわ」
「七沖くん……最近、よくお兄ちゃんぶってますよね」
冬香はジーっと篠田を見る。
「え、そうか?そういうつもりはないんだけど……うーん、夕陽って友達としてすごい応援したくなるんだよな」
もどかしいというか、むずがゆい気分になる。馬鹿にされたり、おちょくられたりしてないぶん、余計にそれを感じる。
「……あのさ、篠田の名前……七沖って言うんだな」
居ても立っても居られなくて、話題を変えた。
「あぁ、まぁ……そうだな」
「家族以外で名前を呼ばれたことがないと言ってたので、呼んでみることにしたんです」
冬香が話題に乗っかる。そわそわし始める篠田を見て、俺もニヤニヤしながらさらに便乗する。
「へー、じゃあ俺も七沖って呼ぶか。反応が面白いし」
「お前ら……人の名前をいじるなよ……」
「大真面目ですよ、七沖くん」
「そうだよ、七沖」
彼は顔を真っ赤にしながら無言で飯を食べ始めた。
俺たちは楽しい時間を過ごした。ここに、夏海もいてほしいと願いながら。
部長に頼まれて、夏海へ話を聞きに行くことが決まってから、彼女のことを振り返ることが増えた。
どうやって恋人以外の彼女と話せばいいのか……それを思い出したかったから。
夏海と話がしたい旨はすでに晴華さんに連絡してある。いつでもいいとは言っていたが、今日の今日でお邪魔するのは向こうの迷惑も考えてやめておいた。明日の夜に行くと連絡しておいてある。
今日は5時限までしか授業がなかったため、練習開始まで、少しだけ時間が余っていた。
体育館下の購買部にある自販機の前で何を買うか迷っていた。
いつもならコカコーラにするところだが、今日はドクターペッパーにしてしまった。
無意識に手が動いていた。俺は一人で苦笑いする。
ドクターペッパーは夏海が好きだった。
「ミラーリング効果……だったか。好きな人の好みが自分にも移るって本当にあるんだな……」
正確には好きだった人、だが。
ドクターペッパーのキャップを開けて飲む。相変わらず薬のような味だった。
美味しいと思えば美味しいし、不味いと思えば不味い。そんなコーラを彼女はいつも美味しそうに飲んでいた。
彼女がこれを飲んでる姿を思い出しただけで、途端にそれが美味しく感じた。
「ん?好きではないってわかったから別れたのに……なんで今更……」
俺は首を傾げながら、部活のため体育館へ向かう。
階段を上がり切ろうとしたとき、階段下から聞き覚えのある声に呼び止められる。
振り向くと、見覚えがあるような……無いような、そんな女性が立っていた。
「黒臼くん……」
「そうだけど……どちら様?」
金髪でカーディガンを羽織り、膝上あたりまでのスカートを履いている。長めの袖、いわゆる萌え袖というやつだろうか。それで口元を隠していた。
「あの……私、同じクラスの清水……です」
声に聞き覚えもあったし、姿や顔立ちも見たことがあるはずなのに、誰なのか全く見当が付かない。
「同じクラスの……清水さん?」
明らかに覚えていない態度を見せていたであろう、俺の姿を見た彼女は顔を横に向け、自嘲気味に続ける。
「そうだよね。高校で黒臼くんと話したのは初めてだから……そうなるよね」
「あ、ごめん、傷付けるつもりはなかったんだ。ただ、他人の顔と名前を覚えるのが得意じゃなくて……」
興味関心の薄い人間を覚えるのが苦手だ。本当に興味が無いと、下手したら5分で忘れたりする。
「うん、大丈夫だよ。知ってるから」
「あぁ……そう?それならよかった」
俺は階段を降りて、彼女と同じ高さまで近寄る。
「それで……俺に何か用事でもあった?」
近寄り過ぎたのか、清水さんは少しだけ後退りをする。
「あ、ごめん」
「ううん!大丈夫、ありがとう」
彼女は頭と腕を一生懸命、横に振った。
「ごめんなさい。あの……黒臼くんのこと、知りたくて……」
「俺のこと?うーん……あ。そういえば、優柔不断な優男だってこの間、言われたな」
「え……それってどういう状況になれば……そんな酷いことを言われるの?」
「わからん」
あっけらかんと言われた彼女は口元を袖で隠していてよく見えなかったが、笑っているように見えた。
「そんなことないと思うけど……って、そういう話じゃなくて……」
そう言って話を止めた彼女は、唾を飲み込むように喉が動く。
胸の前で自身の両手を握りしめた。
「あの……黒臼くんと……連絡先……交換、したいです」




