14話 古色に染まる紫陽花の終わりⅢ
外の景色を眺めながら、彼と一緒に電車に乗っていると、徐々に山や木々が増えてきた。
電車内は休みの日らしく楽しそうな声が聞こえる。
浮ついた心が誤魔化されるような気がして、今の私には心地の良い音だった。
彼の顔を覗くと、戸惑いを隠せない様子に見える。楽しそうに笑っていてくれたら、私も嬉しかったが、それは仕方ない。
「篠田くん……楽しくないですか?」
「楽しいよ。だけど……まさか今日、冬香とデートできると思ってなかったから、不思議な気分でさ」
普段とは違う、違和感のある笑い方をしながら、カバンから飲み物を取り出して飲む。
「すみません、わがままを言ってしまって……」
「謝らないでよ。デートに誘われて嬉しくない男はいないと思うよ」
初デートの折、私が彼に「すぐ謝らないほうがいい」と指摘したことを思い出した。
私は彼の顔を見ながら「そうですね、ありがとうございます」そう一言だけ伝えた。
「冬香に謝らなくていい、なんて言う日が来るとは思わなかったな」
「……成長しましたね、篠田くん」
「そうだろ?……まぁ、誰しも、昔のままじゃいられないもんだよな」
彼の言葉を頭の中で反芻する。自分の中にある何かへ、ヒビが入るような音が聞こえた気がした。
「そうですね……みんな、普通は立ち止まってはいられないのかもしれません」
それ以降、私は何を言えばいいのか分からなくなり、話せなくなってしまった。
約30分後、目的地の最寄りの駅に到着した。
バスターミナルに直結する駅の改札口から出る。
「ここで篠田くんと初デートの待ち合わせをしましたね」
「そうだったな……。たしか、宮貴に色々説教されてたような記憶が……」
しょぼくれたような顔をしている。
後日、宮貴さんから聞いた限りでは、なかなか苛烈な説教だったみたいだし、よほど思い出したくなかったのだろう。
「あのときの……電話口の篠田くんは、慌てていて面白かった記憶がありますよ」
改札口前にある駅内コンビニの前で私たちは軽い昼食としておにぎりを食べていた。
当時の待ち合わせ場所もここだった。3年近く経過していることもあり、入れ替わっている店舗も多くあったが、駅中のコンビニは当時と変わらない佇まいであった。
「そういえば、宮貴さんと連絡を取らなくなって久しいですね。篠田くんはしてるんですか?」
篠田くんと小学生の頃からの幼馴染。宮貴さん曰く、腐れ縁とのことだが、私からすればとても仲の良い理想的な友人関係だと思っていた。
「あぁ、まぁたまにね。この前、電話した時は彼氏に他の女ができたかもーって騒いでたな。相変わらずだよ」
「言ってそうですね……でも、元気そうでなによりです」
「冬香のことも心配してたぞ。内容は……まぁ、色々かな」
「篠田がやらかしてないのか、振り回してないのか、デリカシーの無いことを言ってないのか……内容としてはここらへんですかね?」
「なんでわかるんだ……」
「篠田くんが言い淀んでいたから、ですね」
彼は頭をかきながら両手を挙げて降参のポーズをとる。
「やっぱり冬香には勝てん」
彼のひょうきんなリアクションに私は笑みを零す。
「そんなことはないですよ。私も結構負けてますから」
スマホを取り出し、時間を確認する。そろそろ直行便のバスが到着する時間だ。
悠長に四個目のおにぎりを食べている篠田くんを急かしながら、バスターミナルの乗車口まで向かう。
乗車口に到着してから程なくして直通バスが到着する。
「篠田くん、一番後ろに座りましょう」
土曜日とはいえ、お昼が過ぎていたせいか、車内は比較的空いていたが、私は一番後ろの席を指定した。
「ん?なんで?」
「いいから。早く来てください」
彼の手を引っ張り、半ば無理矢理、最後列左側の席に並ぶように座った。
私は窓側で彼はその隣。
まだ昼間であることだけが残念だったが、贅沢は言っていられない。
「到着した頃には午後2時過ぎになってしまいそうですね。着いたら早めに見て回りましょう」
「あぁ、わかった。だけど、どうしてこの席が良かったんだ?」
「さぁ……何ででしょうね?よくわかりません」
「冬香の希望で決めたのに、わからないって何だよ……」
戸惑いの笑みを浮かべながら突っ込みを入れてくれる。
篠田くんはわからないかもしれない。だって、あのときの彼は寝起きで意識が朦朧としていたから。
彼の肩に私の頭が触れる。あの頃は同じ肩の高さだったのに、今は違う。
バスに体を揺らされながら、私たちは目的地である動物園に到着する。
それでも、私は篠田くんとここにいられることが嬉しかった。
午後2時過ぎに到着したせいか、気温が少し下がったような気がする。
動物園の受付ゲート前で停車したバスから降りた私たちは、時間帯もあってか、スムーズに入園手続きを済ませることができた。
ゲートをくぐった先には大きな池があった。あの時と変わらず、黒い首が特徴的で頬には白い斑、首の根元には白い首輪模様が浮かび上がっている、綺麗なカモが何十羽もいた。
「あ……そういえば、カモではなく、ガンでしたっけ?」
私は池のほとりにいる鳥たちに目を配らせながら篠田くんへ質問をする。
「そうだな、シジュウカラガン……だったかな。」
「あそこの看板を読んでましたよね。勉強嫌いな篠田くんにしては珍しいなと思ってた記憶があります」
ほとりに設置されている、写真付きの大きな解説看板を指差す。
「……あのときは、緊張してたからな」
目を細めながら、彼は池を眺めていた。
「緊張をしたから看板を読んでいたんですか?」
「んー……緊張してたことを忘れたかった、かな。自分は冷静だと自分に言い聞かせたかったんだ。……美人が隣にいたんだから当然だろう?」
こちらを見ながらウィンクをする彼を見て、私はため息をつく。
「すぐそうやって茶化す……その理屈だと、今は美人だと思ってないから緊張はしてなさそうですね?」
「ごめんごめん、そういうことじゃないよ」
シジュウカラガンがくつろいでいる様子を眺めながら、池の周りを散歩する。
「……高校生になった今でも緊張してるよ。だって冬香ほど好きになった人なんて、まだ一人もいないから」
彼の甘い言葉が私の心に侵入してくる。
何かから自分を振り切るために、質問をする。
「……夏海さんは?」
彼は私から目線を外し、言い淀む。
「星田は……まぁ美人だし、好みではあるんだけど……。あいつの心には夕陽しかいなさそうだから」
言い終える直前の言葉は、かすれ、消えいくような声だった。
「そうですか……まぁ、そうですね。たしかに夏海さんの心には、たくさんの夕陽くんがいると……私も思います」
きっと夕陽くんの心にも、同じように――
沈黙が流れる。私が気まずい質問をしたせいなのか、篠田くんの目線が泳いでいるように見えた。
戸惑う姿を見て、私は安心させたくなってしまった。
「私が美人であることを忘れてなさそうで、安心しました」
ほとんどしたことがなかったから、ぎこちなかったかもしれないが、私は彼の顔を見ながらウィンクをして茶化す。
手を差し伸べてしまった。その先がないことはわかっているのに。
慣れないことをしている私に、彼はこぼれるような笑みを見せていた。




