13話 秋の終わりと冬の始まりⅡ
部活の練習帰り、俺は珍しく、篠田と二人で帰っていた。
隣を歩いている篠田は真っ暗な空を見上げて黄昏れながら独り言のように呟いた。
「あれからもう2週間近く経つな……」
「主語を付けてくれ……何の話だ?」
俺はスマホをいじりながら、篠田に目線も合わせず答えた。
ここ数日、隙あらば夏海のことを聞いてくるので、今回もそれだろう。
「星田だよ、マジで来ないじゃん!」
「事の経緯はもう何回も話しただろ……」
案の定の内容だったので、ここ数日と同じセリフで突き返す。
篠田は大きなため息をつきながら俺のほうをチラチラと見る。
「星田のこと、マジでもう好きじゃないの?」
「……そうだな」
「じゃあ、なんでまだコンビニ飯を食ってるの?」
「は?何の話?」
「お前がここ最近、コンビニ飯なのは星田が飯を作ってきてくれることを期待してるから、戻さないんだと思ってたよ」
なぜコンビニ飯であることが夏海のことを気にしていることに繋がるのか、理解ができなかった。
「それとこれに何の関係が……」
「だって星田が飯を作ってきてくれるようになるまで、自分で飯作って持ってきてたじゃん」
夏海が持ってこないのであれば、自分が作るようになるのが自然なのでは?と言いたいのだろう。
たしかに、夏海が持ってきてくれるようになるまで、朝練の飯以外は自分で用意していた。夏海がいないのであれば、そちらに戻るのが自然。というのも……まぁ、わからないでもない。
「あぁ……そういうことか、じゃなくて……。いやいや、そこまで深い意味は無いよ……俺も色々疲れてたんだ」
「それに、屋上で飯を食うときも星田が座ってた位置に俺が座ると怒るだろ」
「……それは男のお前が隣に来るのが気持ち悪いからだよ。つーか、よく見てるな……」
「俺だってそれくらいの空気は読めるっての」
「気になって仕方ない夏海のことは、よく見てるからわかるってこと?伊達に元カレに対して好みを聞いてないな」
「そ……それは悪かったって……」
「はは……」
乾いた笑いで会話を返す。
篠田に言われるのはムカつくが、言われてみるとその通りかもしれない。
俺はいまだに、夏海の幻想がそこに見えている……というと大袈裟かもしれないが、夏海がいてほしい、そう無意識に望んでしまっている可能性はある。
我ながら、女々しい話だ。
「……なぁ、篠田から見て、俺は何が悪かったと思う?」
篠田から聞き出せることに大したことはなさそうだが、参考までに聞いてみることにした。
「んー、わかんねぇけど……話し合いじゃね?」
「えっ……」
「何だよ……なんで驚いた?」
「そんな真っ当なことを言われるとは思わなくて……」
「失礼なやつだな。俺だって冬香とは――」
そこまで言いかけると、何か気になる事でもあったのか口と歩みが止まる。
少し遅れて俺も止まり、様子を観察する。
考えるよりも前に発言するような奴だと思っていたが、こうやって熟考することもあるんだな。
珍しい姿に感心をしていると、篠田はスマホを手に取り、真剣な目つきで操作を始めた。
「どうした?珍しく考えごとをして……」
「いや……何でもない」
篠田は何かを決心したかのような顔でスマホをしまった。
「また呼び出してしまって……すみません」
「いいよ、昼飯は篠田もいるから……話せないこともあるよな」
放課後の練習終わりに冬香に図書室へ呼び出されていた。
この前と同じ時間に来たが、外はもう真っ暗だった。
冬香は本を閉じて、棚に戻す。
俺は彼女が座っていた椅子と長方形のテーブルを挟んだ、対面になる位置の椅子に座る。
本棚から戻ってきた彼女は、少し気まずそうな表情をしていた。
椅子に座り、神妙な面持ちで口を開く。
「以前の……図書室でのこと、すみませんでした」
頭を深々と下げ、そのまま続ける。
「夕陽くんのためになると思い、言ったのですが……出過ぎた真似でした。それに……図書室の外にいたのも夏海さん……だったんですよね?」
あのあと、程なくして夏海は登校をしなくなってしまい、ましてや俺たちが別れてしまった。その理由が自分にもあると少なからず思って、謝罪をしてくれたのだろう。
だけど、それはただのきっかけでしかなく、根本的な意味で言えば冬香は何の関係もない。
「大丈夫だよ。冬香さんは悪くない。たぶん、図書室の外にいたのは夏海だけど……本人から聞くタイミングも無くて俺もわからないし……もう、終わった話だから」
最後の言葉を聞いた冬香は、苦しそうな表情をする。
このまま話が終わってしまうと、冬香が自分を責めたままになる。それは、本意じゃない。
「それよりもダブルデートの件、ごめんね。せっかく夏海にも連絡してくれたのに……俺のせいで行けなくなっちゃって」
彼女の罪悪感を取り除くために話す。
だが、口に出してから、これも夏海関連の話だと気付いた。
どう考えても話題の選び方を間違えてしまったが、今更どうにもならない。
「あ……それはまた別の機会に行けばいいだけですから……」
彼女はバツが悪そうに目線を伏せてしまう。
俺は自分の空振り具合に情けなさを感じ、肩を落とした。
「うーん、ごめん……変なことを言って」
駄目だ、どんどん彼女が落ち込んでしまう。
「夕陽くん、気遣いをしてくれてありがとうございます。無理しなくて大丈夫ですよ」
冬香はあたふたしている俺の姿を見て、苦笑いしながら答える。
最終的に俺のほうが気を遣われてしまい、なんともいたたまれない気持ちになってしまった。
「ごめんね……」
「夕陽くんの一生懸命な姿を見れて、元気が出ましたから」
そろそろ図書室を閉める時間になり、冬香は立ち上がる。
「夕陽くん……」
冬香はカーテンを閉めながら俺を呼ぶ。
「ん?どうしたの?」
椅子をしまい、整えながら返事をする。
「夕陽くんは、夏海さんのこと……まだ好きですか?」
カーテンの閉まる音だけが響く。
椅子を整える手が止まり、目線が落ちる。
篠田から聞かれるのとはわけが違う。とても重い問いだった。
深く呼吸をして、椅子にかけていた手を握る。
「好きじゃないよ。夏海のことは……もう、好きじゃない」
俺の、今の気持ちを伝える。
それが俺の全てだと思いたかった。
冬香はしばらくの間、無言で閉め作業を続ける。
一通り作業を終えると、彼女は俺の前で立ち止まる。
「……ありがとうございます。そう言ってくれて」
そう言ってくれて。
どういう意図で、その言い回しになったのか。言葉に続きはあるのか。今の俺にはわからない。
冬香の表情から、嬉しそうな名残と切ない影が見えた。
図書室の鍵を返し、昇降口から外に出ると、空に月はなく、暗闇が広がっている。
冬の気配を感じる冷たい風が俺たちの体を撫でた。




