11話 ダチュラと鏡Ⅲ
ここ数日、夏海が学校に来ていない。
明確な理由はわからない。
彼女はレギュラーメンバーだからバスケ部の顧問には理由を伝えているものだと思い、聞いてみたが駄目だった。
本人にメッセージを送っても反応はない。
放課後の練習が終わったので一度自宅に戻り、原付に乗り換えてから彼女の家に向かった。
チャイムを鳴らすと姉の晴華さんが出迎えてくれる。
「夕陽くん、いらっしゃい。夏海のことでいつも申し訳ないね」
彼女は苦笑いをしながら迎えてくれた。夏海のご両親にも挨拶をしたが、話を聞く限り、どうやらこの前のような喧嘩すらできなかったようだ。
彼女の部屋の前に着く。ドアノブに手をかけると、鍵がかかっていた。
「……夏海?聞こえる?」
返事はない。だが、耳を澄ませると、人がいる音は聞こえる。
しばらくしたら反応が返ってくるかと思い、無言のまま待っていたが、何もなかった。
「俺と……話したくなかったりする?もし、そうならノックを2回してくれないか?」
部屋の中から足音が聞こえる。ドアの目の前で止まる。
ノックが2回聞こえた。そのまま足音はドアから離れていく。
「……わかった。ごめん、今日はこのまま帰るよ。学校で待ってるから……またね」
家から出て、2階にある夏海の部屋の窓をヘルメットを被りながら眺めていると、明かりがついた。
今の俺にできることは、何もない。
「今日も夏海さんはお休みなんですか?」
いつも通り、屋上で冬香と篠田と昼食中。冬香が俺に聞く。彼女は気まずそうな顔をしていた。
彼女がそのような顔をしている理由は何となくわかる。おそらく、図書室の前にいたのは……夏海だ。
確証はない。だけど、今の状況がそれを物語っているようにしか見えなかった。
「……うん、そうだね」
俺がそれだけ返事をすると、しばしの無言が続く。
「冬香って星田のことをすごい気にするよな。しばらくしたら、しれっと登校してくると思うけどね」
篠田の相変わらずな台詞に、俺も冬香も深いため息をつく。
「篠田くん……高校生になってマシになったと思いたかったですけど、そんなことはなさそうですね」
「俺に謝ったんだから少しはマシになったと思ったのに……変わらないな、篠田は」
「えっ、何?なんで俺がディスられるの?」
事情を知らない人間からすれば、数日休んでいる程度ならこの認識なのだろう。
俺にべったりになるまでの彼女は社交的で明るい性格だったから、そう思われても仕方ないのかもしれない。
冬香と目が合うと、図書室で途中までだった言葉を思い出す。
あれは何だったのか。今もはっきりとはわからない。
冬香に問い詰められたときに感じた、心のざわめきや自身に対する疑問も晴れていない。
俺は夏海のことも、自身のことも理解していないのかもしれない。
「夕陽くん?大丈夫ですか?」
虚空を見つめる俺を、心配する声が聞こえた。
「……うん、何でもないよ」
これ以上心配をさせないよう、動揺を誤魔化しながらソーセージパンを口に含む。
冬香が俺を見つめていることに気付いて、形だけの笑顔を向ける。
その日の夜8時を回ろうとしていた。
部活終わりで体が疲れていることもあり、家で食事を作る気力もなかった。なので、道すがらにあるスーパーの値引き惣菜を適当に買ってきた。
自転車の前カゴに大量の荷物を詰め込んで、その重さに振り回されながら自転車をこいだ。
まだ遠いし暗くてよく見えないが、玄関ドア前に人影が見える。
一軒家の戸建て賃貸のため、自宅前の駐車場スペースが共用になっている。そこで隣人が立ち話をしていることもあるので、その人たちではないかと最初は考えていた。
だが近付くにつれて、その予想は全く外れていることに気付いた。
自宅前の駐輪場で自転車を停めて、歩いて近付く。
「夏海……」
目を赤く腫らして、ドアの前でしゃがみ込んでいる彼女を見つけた。
「おかえり、夕陽」
それだけ言って、彼女は顔を自身の膝に埋める。
聞きたいことは、色々とある。
なぜ休んでいたのか?体調は大丈夫なのか?
食事はとったのか?家族には連絡したのか?
図書室前にいたのは夏海なのか?俺のことが嫌いになってしまったのか?
本当にたくさんある。だけど、俺はそれらをすべて喉元で飲み込んだ。
それは……あとでいい。
それよりも、何よりも、彼女が俺の前に姿を見せてくれたことが嬉しかった。
だから、俺の口から彼女へ最初に言うべきことは――
「ただいま、夏海」
大切な家族へ向けた言葉だ。




