9話 移りゆく紫陽花の桜色Ⅱ
駅の改札口前
カフェで休憩中に篠田くんから、駅の改札口に到着したとの連絡があった。コーヒーの好みはよくわからないが、私の勝手な決めつけで甘党だと判断をして、コーヒーシュガーを多めに入れて持っていくことにした。
「篠田くん、お疲れ様です。カフェでコーヒーを買っておいたんですけど、飲みますか?」
「……うん、ありがとう。ごめんね」
「電話のときから謝ってばかりですね。せっかくの初デートなのに……嬉しくないんですか?」
コーヒーを手渡すと、彼は指先を温めながらカップに口をつける。
「いや、すげぇ嬉しいんだけどさ……初っ端から遅刻をしちゃったから申し訳なくて……んぅ……にがっ!」
「あれ……篠田くんは甘党だと思って、結構コーヒーシュガーを入れたはずなんですけど……」
「あっ、ごめん……八木坂さんが悪い訳じゃないよ。俺の舌が子供だから悪いだけって話だし。気にしないで」
「……本当に謝ってばかりですね」
「……ごめん」
「またそうやって……」
「いや、その……」
「……仕方ありませんね。それなら、今から宮貴さんにどうやって怒られたのかを教えてください。当然、トーク内容も見せてくださいね?」
「え、なんで?っていうか、なんで宮貴から怒られたことを……」
「彼女から篠田くんに代わって謝罪の言葉をもらったからです。きっと彼女と話をしたとき、篠田くんは遅刻連絡の内容について悩んでいて、パニック状態だったのでしょう?それを見かねて、先に連絡をくれたんだと思いますよ」
「……」
「私はこんな感じだろうと予想していましたけど、合ってましたか?」
「……はい、そうです」
「素直なのはいいことですね。篠田くんのこういうところはわかりやすくて助かります。手に取るように想像がつきました」
「宮貴にも八木坂さんにも見透かされてる……」
「ということで、今から宮貴さんとのメッセージのやりとりを私に見せてください」
「えっ、いやだよ!恥ずかしい!」
「えー、説教されてる篠田くんを見たいんですけど……私、遅刻されたんですけど……」
「っ……!わかった、わかったよ。見せるから……」
「ふふっ……謝らなかったですね。じゃあ目的の動物園まではバスで移動ですから、待ち時間にでも朗読してもらいましょうか」
「えぇ!朗読!?」
「初デートで人を待たせた罰ゲームです。素直に朗読してくださいね?」
動物園に到着するまでの間、トーク内容を聞かせてもらうついでに彼と宮貴さんの間柄について色々と聞いた。
デートで他の女性との話を聞くのは普通はやらないのかもしれないが、私はそれでも楽しかった。
西宮動物園の受付ゲートにはたくさんの人が並んでいて、子供たちの楽しそうな声があちこちから聞こえる。
「片道40分と聞いていましたが、思ったより早く到着しましたね……」
バス移動は疲れるかと思っていたが、案外時間が過ぎるのは早かった気がする。
それなのに彼はとても疲れてる様子だった。どうしたのだろう?
「篠田くん、どうしたんですか?」
「それは八木坂さんが俺を辱めて楽しかったからなのでは……?」
日曜日で動物園へ直行する便のバスだから当たり前ではあるが、思った以上に乗客がいた。その人たちの前で朗読をさせるのは可哀想と思い、代わりに篠田くんの思い出話を聞くことにした。
「篠田くんと昔からの友人である宮貴さんとの思い出を聞いただけじゃないですか。まぁとても楽しかったのはその通りですね」
篠田くんの今日の様子について宮貴さんに話しますよ、と軽く脅しながら聞き出した話の中で一番驚いたのが、宮貴さんが小学校からの幼馴染であるという事実だった。気になって仕方なかったのでバスを降りる直前まで、その話をずっと聞いていた。
彼の交友関係について知らない一面を垣間見ることができて、とても嬉しかった。
それに――私が経験した小学生時代と全く違ったことも、彼の話を新鮮な気持ちで楽しく聞けた理由のひとつでもあった。
「篠田くん、早く行きましょう?せっかくのデートなんですからリードくらいしてください」
「……うん、そうだね。行こう」
彼は気を取り直して、私に笑顔を向けてくれる。その表情を見て私も笑顔で返した。
私は後ろをついて行く。彼の背中から感じる緊張感と時折、後ろを振り向いて私のことを頑張って気遣ってくれる優しさが心地よかった。
彼の動きと表情が少しこわばっているのは、デートであることを自覚しはじめたのかもしれない。
私はそんな彼の姿を見て緊張するどころか、楽しく観察をしていた。
これから彼はどんなことをして、どんなことを言うのだろうか。
私は、何を感じるのだろうか。全てが未知数で、全てが楽しみだ。
無事、受付を済ませてゲートをくぐり抜けると、目の前には大きな池があった。そこにはカモが何十羽も泳いでいた。
この動物園は西と東で二つのエリア分けをされていて、私たちは西エリアから入場した。
「わぁ、たくさんのカモがいますね。可愛い」
彼は私と一緒に鳥を目で追う。毛づくろいをする個体を見つけると、指差して「あの子も可愛いよ」と私に合わせるように返事をする。
彼は池の周囲を見回しながら歩いていると、ほとりに解説付きのイラスト看板を見つける。そこに向かい、池に生息している鳥の解説を読み始めた。
私は動物のうんちくより、可愛い姿をひたすら眺めるのが好きだけど、篠田くんは知識欲を満たす方が好きなのかもしれない。
動物園の楽しみ方は人それぞれだ。それに勉強が苦手な彼が、解説を真剣に読んでいる姿にギャップがあって面白い。無言でひたすら読んでいる彼の横顔を見つめる。
「へぇ~」という独り言をつぶやきながら、彼は手をあごに当てている。
「これ見てよ。カモかと思っていたけど、実はガンらしいね。特に柄がシジュウカラに――あ、ごめん……読むのに夢中になってた」
彼は自分が私をそっちのけで読んでいたことに気付いて謝る。
相変わらず謝ってばかりだが、できるだけ気遣いたいという思いを感じられるので突っ込まないでおこう。
「篠田くんは解説を読むのが好きなんですね」
「そうだなぁ。可愛い姿を見るのも好きだけど、こういうのって自分が考えつかないような生態をしてたりするでしょ?そういうのを見ると色々と妄想が捗るんだ」
「妄想?どういうことですか?」
生態の話から何を妄想するのか、全く想像がつかない私の質問に彼は返事を言い淀む。
「あー……まぁその、ほら、能力的なやつだよ……」
要領を得ない回答に私が追加で質問しようとすると
「いや、ごめん。忘れて。何でもないよ。それよりもガンをもう少し見に――」
「待ってください……何を言おうとしたのかを当てます」
話題を逸らそうとするので、言葉を被せる。そんなに必死になるような話が気になって仕方ないので、私も意地になって額に手を当てながら考える。
「いやいや!大した話じゃないから、気にしないでいいよ!」
「あ、わかりました。要するにテラフォーマー的な話ですね?動物や昆虫の能力を人間が使えたら~みたいな、そういう話ですか?」
「あー何の話だろう。よくわからないなぁ。カモとガンの違いって何なんだろうなぁ。そっちのほうが気になるなぁ」
白々しくとぼける彼の言動から図星であることは明らかで、要するに中二病的な話だ。まぁ私たちは中学2年生だから年相応ということではあるけど……。
「別に恥ずかしい話ではないと思いますよ。私も漫画をよく読むのでわかります。いいじゃないですか、そうやって動物を観察するのも、動物園の楽しみ方です」
「えっと……ありがとう?」
私は深くため息をつきながら、彼の胸あたりを人差し指で軽く小突く。
「なんで私がおかしなことを言った、みたいな返事なんですか……?せっかく肯定してあげたのに……ひどい人ですね」
「ごめん……まさか肯定されると思ってなかったから。びっくりしちゃった」
「ほら、謝らない。こういうときは、ありがとうって言えばいいんです。それに、そういうことを想像するのは誰しもあることですから。これからはわざわざ隠すような真似はしないでくださいね?」
そう諭すと、彼は素直に頷いた。
私は池の隣にある施設を指差す。
「それじゃあ、次は動物のふれあいコーナーがあそこにあるので行ってみましょう」
目的地へ向かおうと背中を向けた私に、篠田くんが独り言のように呟く。
「八木坂さんも……中二病的な妄想をしたことあるの?」
私は足をピタッと止める。
振り向かず、質問を質問で返した。
「何の話ですか?」
「いや、中二病に理解があるなぁって思って……」
私はその場で立ち尽くし、答えに窮する。
「篠田くん……」
「どうしたの?」
「人には隠しごとのひとつやふたつはあるものです。わかりますね?」
さっき言ったことと完全に矛盾していることは百も承知だが、これしかこの場を切り抜ける方法が見つからない。
「え、でも隠すような真似はしないほうがいいって……」
「嘘も方便ということわざがあるんです。私が言いたいこと、わかりますか?」
彼は何か触れてはいけないことを聞いてしまったと、ようやく理解したのか、目線を泳がせながら
「あ……そうだな。そういうことも、あるよな……?」
それだけ言って、気まずい雰囲気の中、私たちは次の目的地に向かった。
篠田くんと話していると、つい余計なことを口走ってしまう……。




