9話 移りゆく紫陽花の桜色Ⅰ
待ち合わせ時間の10分前に到着した。
目的地の最寄り駅、改札口前にあるコンビニで微糖のホットコーヒーを買う。
コーヒーで手を温め、マフラーで口周りが外気で冷えないように隠す。
駅前のバスターミナルを眺めながら、彼の到着を待つ。
見上げると、澄んだ青空が一面を覆っていた。断片的な雲が散りばめられていて、うっすらとした白色が青色のアクセントとして、とても映える。
メッセージアプリを開いて、彼から連絡が来ていないかを確認する。
数分前に同じタイミングで、篠田くんと宮貴さんから立て続けに連絡が来ていたようだ。
宮貴さんは、教室で私のことを心配してくれた人だ。篠田くんの評価が低いせいか、私のことをとても気にかけてくれている。
複数のメッセージが一度に届いたものだから、何か大変なことでもあったのではないかと思い、少し焦りながら確認をする。
だが、取り越し苦労だったようだ。
メッセージを全て読むと、要するに篠田くんの遅刻が確定している、という内容が謝罪文と共に書かれていた。
宮貴さんのメッセージを見る限り、どうやら彼女が篠田くんのだらしなさを心配して、冷やかしも兼ねて連絡していたようだ。
そこで遅刻しているのに、私へメッセージを送れていないことを聞いて……という流れらしい。
そのときの情景が手に取るように想像がつく。きっと篠田くんはパニックになりながら、この断片的なメッセージを送ったんだろうな。
遅刻されている立場なのに、とても愉快な気分で、思わず一人で笑ってしまう。
到着したら、イジるついでに答え合わせをしよう。初デートで私を待たせているのだから、きっと許されるはずだ。
私がメッセージを既読にしてから5分くらい経つ。そろそろ篠田くんから電話が来てもおかしくない。
案の定、着信がかかってきた。一瞬だけ電話に出ず、彼に焦ってもらうイタズラをしようかと思ったけど、さすがに可哀想なので出てあげようか。
「もしもし。おはようございます、篠田くん」
『あ……!おはよう……!八木坂さんっ!』
息が荒い。カバンが揺れ、服が擦れる音が聞こえる。
遅刻を取り戻そうと必死に走っているのだろう。
「メッセージは見ました。あと何分くらいで到着しそうですか?」
『あっ……えっと……!今、から……だとっ、あと……!』
走りながら喋っているせいか、言葉が断片的で聞き取りづらい。
「わかりました。まずは落ち着いてください。走らなくていいですから。呼吸を整えて、飲み物でも飲んでから話をしてください」
騒がしい電話口の音が落ち着く。カバンから何かを取り出すような、ゴクゴクと飲み物を一気に飲み干す音が聞こえる。
「落ち着きましたか?」
『あぁっ……うん、落ち着いた。えっと、あと15分くらいかかるかも……』
ごめん、と落ち込みながら話す彼をなだめる。
「構いませんよ。むしろ中途半端に早く来ると時間を潰す方法がなくなるので。遅れるなら……そうですね、今から30分以上は遅刻してください」
『あ、うん……わかった。本当にごめん』
「それよりもケガをしたり、トラブルに巻き込まれたら元も子もないですから。ゆっくり落ち着いて来てください。私は近くのカフェで休んでますから。駅に到着したら連絡ください」
『マジでごめんなさい!』
「急がなくていいですから。待っていますね」
私は通話を切る。
少しぬるくなったコーヒーを口に含みながら、スマホで時間を確認する。
たぶん、初デートで遅刻されたら普通は怒るものなんだろう。だけど私は今、怒るどころか、それを楽しんでいる。
自分でも不思議な気分だけど……彼とのトラブルさえ、私にとってはデートの一部なんだと実感した。
どうやって遅刻をイジってあげようかと、あれこれ考えながら、軽い足取りでカフェに向かう。




