7話 サンドロップⅡ
「陽……ゆう……ひ」
すすり泣く声が聞こえる。ちょうど胸あたりだ。
誰だろう……。そもそも、ここは家じゃないのか……?
胸あたりで泣いている人を確認するために両手を抱き抱える。
「んぅっ……何……?どこだ……」
徐々に目が覚めた俺は周囲を確認する。見覚えが無いようで、見たことのある部屋だ。
ベッドに横たわっているようだ。ボヤけていた視界がハッキリしてくる。
胸あたりに目線を落とすと、そこには夏海が泣きながら縋り付いていた。
「夕陽……起きた……?」
「ん……うん、起きた。何で、俺はここに……」
あたりを見回すと、自宅ではなく夏海の部屋だった。
「わからないけど……私が起きたら膝をついて、ベッドに頭を置いて寝てたよ」
「あぁ、そういえば……夏海が心配になってここまで……うん?何でベッドで寝てるんだ……」
寝落ち同然で寝てしまったため、記憶が曖昧で状況が読めない俺は、胸に押し付けられている夏海の頭を撫でながら状況確認をする。
「私が、こっちに来てって言ったら来てくれたんだよ」
夏海は顔を俺の胸に沈めながら答える。
「覚えてない……」
「意識が曖昧な感じだったから……覚えてなくても仕方ないかも」
夏海は何かを思い出したように顔を赤らめる。
何か恥ずかしく思うようなことでもあったのだろうか?
ポケットからスマホを取り出す。時間は午前4時2分すぎだ。
「今日はどうして家に来たの?」
夏海は体を動かして顔の高さを同じ位置まで動く。
「土曜日の夜……夏海と電話をしたときに傷付けるような切り方をしたような気がしたから、かな。今日、電話しても繋がらないから、晴華さんに連絡をして、あげてもらったんだよ」
彼女はベッドのコンセントに刺さった充電器からスマホを取り外して、着信履歴を確認する。
「本当だ……ごめんね。この時間は、たぶんお父さんと口喧嘩してベッドで不貞寝してたと思う……」
「喧嘩してたの?」
「うん、誰の顔も見たくなかったから、夜ご飯はいらないって言ったら怒られた……」
そのときの会話を思い出したのか、父を嫌う反抗期の娘のように口を尖らせながら不貞腐れる。
お父さんの苦労に同情しながら、夏海と自分のおでこを優しく当てる。
「夏海も、お父さんが君のことを想って言ってるのはわかってるでしょ?少しは言うことを聞いてあげてもいいと思うよ?」
最初は納得したくなさそうにゔー、と唸りながら悩んでいたが
「夕陽がそう言うなら……なるべく、そうする」
観念したように、素直に応じてくれた。
これでお父さんも、少しは安心するかな。
夏海の頭を撫でて褒めてあげる。彼女は嬉しそうに笑っていたが、しばらくすると俺の瞳をじっと見つめる。
俺の頬に手を当てて、唇をゆっくりと重ねる。
言葉は何もなかった。ただ、キスの音だけが聞こえる。
俺は夏海の恋人だ。だから、キスをするのは当たり前だが……少しだけ違和感を覚えている自分がいる。
理由は、わからない。
彼女の瞳から不安が滲み出ている。
夏海は不安を消したいときにキスすることがある。
もしかしたら、これもそうかもしれない。
ゆっくりと離すと彼女は、何かを言いたそうに目を見つめる。
少しだけ、間が空く。
言葉が出るまで待っていると、意を決したように口を開く。
「夕陽……?」
甘くて縋るような声。
「なぁに?夏海?」
釣られて、甘い声で返事をする。
その声を聞いた彼女は微笑みながら、少しだけ、表情に影を落とす。
「ごめんなさい、夕陽の気持ち……今まで気付いてあげられなくて」
最初は何を言っているのか、わからなかった。
「あなたが、教室からいなくなることが増えて……私が今まで夕陽に何をしてきたのか、考えることが多くなってきたの」
たぶん、彼女は俺の気持ちに寄り添おうしてくれている。
その様子が俺には、どこか幼い子供のように見えた。
「私、自分のことばかり考えてた……」
夏海は俺のことを想ってくれている。それが彼女の目線から、手から、言葉から、体温から伝わってくる。
「今さらの話で、おかしいって思うかもしれないけど、今日から学校で一緒にお昼ごはんを食べたいの……いい?」
その提案に俺は返答ができなかった。
以前の自分は友達より俺を選んでほしい。そう考えていた。そうであれば、この言葉は嬉しくて仕方ないはずだ。
だが、今の俺の脳裏には冬香の顔が映る。彼女はどう感じるだろうか……そんなことを考えてしまう。
「最近、八木坂さんと一緒にお昼ごはんを食べてるんだよね?私は大丈夫だから……もし、八木坂さんがよければ一緒に……」
どう答えるべきか言いあぐねている俺を見て、彼女は苦しそうな表情をする。
彼女の頬に手を当てる。夏海を改めて、強く抱きしめた。不安を感じさせないように、温かくしてあげる。
今の夏海を見ていると、大事な家族のような感覚を覚える。
とても愛らしい、助けてあげたい。俺の大切な人であることに変わりはない。
でも、それは――
「……わかったよ。ありがとう、夏海。八木坂さんにも聞いてみよう」
夏海は嬉しそうに頷いた。
彼女の喜ぶ顔を見るのが、俺にとって何よりの幸せのひとつだ。
俺から、彼女へキスをする。
この先、俺たちがどんな関係になったとしても……今、この瞬間は間違いなく、俺は夏海の恋人だ。
窓から朝陽が差し込む。
彼女の瞳から涙が流れ、光が反射する。




