7話 サンドロップⅠ
玄関に荷物を置き、スマホを確認しながらリビングに向かう。
21時を過ぎていた。今日は朝から泣いたり笑ったり楽しかったり、色々なことがありすぎて、さすがに体が重い。
冬香との楽しかった出来事をかみしめながら風呂に入る。
部屋着を来て、再びスマホを見たとき、ふと夏海のことを思い出す。
最後に話した電話の内容を朧げながら思い出して、なんとなく嫌な予感がした。
スマホで夏海に電話をかける。いつもならすぐ通話が繋がるが、今日は繋がらない。かけ直すが同じだった。
仕方なく、夏海のお姉さん、晴華さんにかけて夏海の状況を聞こうとメッセージを入れる。
数分後にメッセージが返ってくる。電話で聞きたいことがあると連絡を入れてから、通話を開始した。
「もしもし、晴華さん?こんばんは、夕陽です」
『夕陽くん、久しぶりー!元気にしてた?』
相変わらず元気そうな話し方で安心する。
久々の晴華さんとの会話だからもう少し雑談をしていたいが、挨拶はそこそこに本題に入ることにした。
「それなりに元気です。晴華さんも相変わらず元気そうでよかったです。それで……急に連絡をしてすみません。夏海はどうしていますか?」
電話口の向こう側で困ったような反応が返ってくる
『土曜日の夜から帰ってきてから様子がおかしいんだよね。今日の昼も出かけてたみたいだけど、終始、落ち込んでるような状態って感じかな』
「……何か言ってましたか?」
『うーん、聞いても、無視をするか、うるさいって言って自分の部屋に引きこもるんだよねぇ。もしかして、夕陽くんとケンカしたの?』
「えぇ、まぁそんな感じ……だと思います。その様子だと、夏海は電話に出てくれなさそうですね」
『そうね、たぶん今は出ないんじゃないかな。さっき父さんと夕飯のことで何かあったみたいだし……』
夏海は家庭内では絶賛、反抗期中だ。夏海の家族も大変だな、と思いながら俺は晴華さんにお願いをする。
「あの……無理を承知でお願いするのですが、今日の今から、そちらにお邪魔してもいいですか?」
晴華は最初こそ驚くが、真剣にお願いをしていることを声から察してくれたようだ。母さんに聞いてくる、と言って留守番電話にした。音楽が流れる。
しばらくすると音楽が止まり、声が聞こえる。
『母さんも父さんも大丈夫だって。ご飯は食べた?よければ用意しておくよ?』
「いえ、お気持ちだけ受け取っておきます。夏海と話したらすぐ帰りますので」
『わかった。夏海のこと、よろしくね』
電話を切り、急いで準備をする。
玄関上の収納スペースにあるヘルメットを抱えて、原付を走らせる。
俺は夏海の、声にならない声に呼ばれてるような気がしてならなかった。
原付を走らせて10分弱で到着した。
彼女の自宅のチャイムを鳴らす。玄関から晴華さんが迎えに来てくれる。
「いらっしゃい、夕陽くん」
「夜遅くにすみません」
「大丈夫。うちの家族は夕陽くんが来るなら、いつでも大歓迎だから。さぁ、あがって」
晴華さんに案内されて家にあがる。
2階建て一軒家で一階にリビングキッチンがあり、二階に夏海の部屋がある。
夏海の部屋に行く前、ご両親に挨拶をした。
「いらっしゃい、夕陽くん。待っていたよ。しばらく見ない間にお父さんそっくりになってきたな」
お父さんが俺の肩を軽く叩いて歓迎してくれる。
「夏海のために、わざわざ来てくれてありがとう。夏海のところに行く前にお茶でも飲む?」
お母さんは冷蔵庫から麦茶をコップに注いでくれる。
二人とも、まるで俺を自分の子供のように歓迎してくれる、暖かい家族だ。
「ありがとうございます。お父さん、お母さん」
麦茶を飲み、ご両親への挨拶を終える。彼女の元に向かう。
階段に上がろうとしたとき、お父さんから声をかけられた。
「夏海のこと、どうかよろしく頼む。夕陽くん。あいつには君しかいないみたいなんだ」
夏海のことだ。家族が慰めたり、相談に乗ろうとしても反発ばかりして解決することができなかったのだろう。懇願に近い言葉をかけられた。
夏海の父からかけられる言葉、という意味ではとても重いものだ。当然、期待に応えたいという気持ちもある。
だが、俺が一番大事なのは……夏海の心だ。
お父さんからの期待には、場合によっては応えられないし、裏切るかもしれない。
深呼吸をし、ドアノブに手をかける。幸い、鍵はかかってなかった。
ゆっくりと部屋に入ると、入り口から見て、正面にベッドが横向きで配置されている。そこで夏海がうつ伏せで寝息を立てながら寝ている。
起こさないようにベッドに近付き、膝をつく。
ちょうど顔がこちらに向いていたので、頬に手を添える。
涙で濡れていた。正確には濡れていた跡がある。
悪い夢でも見ているんだろうか。苦しそうな声を出しながら体を抱えるような体勢になる。
頭を撫でて、頬をさすってあげる。
優しく、丁寧に。
少しでも夏海が安らかに眠れるように。
彼女の手が俺の手を握る。起きているのかと少し驚いたが、寝息は聞こえる。
夏海の表情が少しだけ和らぐ。
きっと不安なことだらけなんだろう。せめて夢の中だけでも幸せであってほしい。
まぶたが重くなり、視界が暗くなってくる。疲れが出てきたのかもしれない。
夏海の手の平から伝わる体温と耳元で聞こえる寝息が心地いい。
話をしにきたはずなのに、俺は彼女の頬を触れながら、いつの間にか眠ってしまった。
怖い
どれだけ必死に走っても逃げられない
風景がどれだけ変わろうとも追われる恐怖から逃れられない
終わりの見えない恐怖に私は沈む
大切な人は私が殺してしまった
大切な物も私が枯らせてしまった
私は私を殺そうとしている
暖かい夕陽の差す、この場所で私はーー




