6話 アイビーの蔓Ⅱ
ひたちやま動物園に到着した。
入り口ゲートは思ったよりも人が少なかった。日曜日とはいえ、到着したのが13時過ぎだったこともよかったのかもしれない。
ゲートをくぐったすぐ目の前には円状の広場があり、真ん中にはでかでかとイラスト付きの案内マップが設置されている。
広場にはレストランや事務所、資料館がまとまっている。そこから三方にエリアが広がっており、キリンやライオンといった定番の動物以外にも昆虫エリアや爬虫類エリアなどもあるようだ。
広場にある案内マップの目の前で止まる。
「どこか見たいところある?」
「レッサーパンダがいいです!」
即答する冬香の勢いに思わず笑ってしまう。
「それじゃあ、少し奥の方だから、手前にあるゴリラのエリアに寄ってもいい?」
「ゴリラが好きなんですか?」
「まぁ、そうだね。行ってみてからのお楽しみってことにしておこうかな」
彼女は俺の後ろをワクワクしながらついていく。
ゴリラが展示されているエリアに到着する。
お客さんと展示エリアの間は巨大で分厚いガラス板によって間仕切りされており、展示エリアは倒木があったり、巨大な木が中央にいくつか設置されている。
「2頭いるみたいですね。1頭は見えますけど、もう1頭はわかりませんね」
彼女は地面に座りながら尻をかいているゴリラに近寄っていく。
「わぁ、篠田くんみたい」
「ええっ!何その感想……」
「え、篠田くんって癖なのか分からないですけど、よくお尻をかいてません?」
俺は手を頭に当てて、記憶をかき集めて篠田の尻のシーンだけを思い出す。
男の尻を思い出すのは……正直、キモいな。
「あーたしかに……あいつバスケの練習中もよくやってるわ。そういえば試合中も……」
冬香と目が合い、二人で笑い合う。
「はははっ……!冬香さん、変なことを思い出させないでよ。頭の中が篠田のお尻だらけなんだけど……!」
「ご、ごめんなさい……つい、面白くて……!」
そのとき、2頭目のゴリラが木の上に登りながら姿を現す。
ゴリラはおもむろに自分のお尻に手をかざすと、柔らかそうな茶色い物体が尻から出てくる。
それを勢いよく俺たちのほうに投げつける。
ガラスに茶色い物体が飛散する。
「きゃっ!何?何なんですか……?」
冬香が驚いていると、隣で母親と一緒に見ていた男の子が「うんこだ!うんこ投げてきた!」と楽しそうに騒ぐ。
「う……うん……!」
冬香は言い淀みながら腹を抱えて笑っている。
「……うんこ」
「ふふふっ……夕陽、くん…やめ……!それ、呟かないで……!」
「うんこ」
男の子も隣で連呼するものだから、冬香は我慢できずに、その場にしゃがんで腹を抱えて笑う。
「冬香さんって笑いのツボが小学5年生の男子みたいに浅いんだね……」
「ちが……、違うって……!篠田くんのお尻と……合体して、すごいことに……!」
「篠田が脱糞してるみたいな話になってる……」
なんて汚い会話なんだ……。
男の子の母親は周りに頭を下げながら、相変わらず連呼してる男の子を連れて行く。
「冬香さん、そろそろレッサーパンダに行こうか」
笑いの波が収まってきた様子の冬香に声をかける。
「はい……ちょっと待ってください」
冬香は立ち上がると、頬を少し叩く。真剣な顔で頭を下げる。
「どうしたの?」
「篠田くんに謝ってました。ちょっと笑いものにしすぎてしまったので……」
「そうだな、俺も謝っておくか。口が裂けても本人には言えないからね」
俺も一緒に謝る。
この話は二人だけの秘密の思い出、ということにした。
レッサーパンダエリアへ移動する途中
「ちなみに、さっきお楽しみと言っていたのはフンのことを言ってたんだ」
「知ってたんですか?」
「昔、母親と一緒に来たことがあるんだ。さっきの男の子みたいに面白くてゲラゲラ笑った記憶が残っていてさ。ゴリラって長寿だから、まだ同じ個体がいれば見せてあげられるかな、と思ったんだ」
「それで、私は狙い通りに笑いのツボに入ったわけですか……」
「そういうこと。面白かったよ」
俺の狙い通りに爆笑してしまったことが悔しかったのか、不貞腐れながら言い訳を言う彼女をなだめながら目的のエリアまで移動する。
レッサーパンダのエリアに到着する。
冷房の効いた室内エリアと野外エリアに分かれている。外が暑いので、まずは室内エリアで休憩をしながら観察することになった。
室内エリアは木材で組まれたアスレチックになっていて、レッサーパンダたちが自由に上り下りをしている。
「かわいい〜!見てください、アスレチックの上でゴロゴロしてますよ!」
目をキラキラさせながら、スマホのカメラでひたすら撮影をしている彼女を後ろで見守る。
「冬香さんはレッサーパンダが好きなの?」
「大好きです。もふもふした見た目でかわいいですよね?特に威嚇の仕方がーーあっ!あれですよ、あの2匹、両手を上げて直立してますよね?あれが可愛いんです!」
直立したかと思えば、体勢を維持できずに覆いかぶさるように倒れる。ぽかぽかと手で叩くような仕草も相まって、たしかにとても可愛い。
冬香はきゃー、と小声で黄色い声をあげ、控えめにテンションをあげていく。
レッサーパンダを脅かさないように配慮をしながら喜んでいる様がとても彼女らしくて可愛い。
「冬香さん、レッサーパンダと一緒に写真を撮ってあげるよ」
俺は彼女に声をかけて、スマホで撮影をしてあげる。
嬉しそうにカメラ目線でピースサインをする可愛らしい彼女を切り取っていく。
撮り終えたので画像をピックアップするついでに、休憩をしようと室内ベンチに座る。
スマホを開くと14時を過ぎていた。
彼女はひたすらレッサーパンダのことを追っている。
「あ、笹を食べてますよ!これを見ると、やっぱりパンダなんだってよくわかりますね!」
スマホで撮影した画像を見ながら楽しそうにはしゃいでいる。
彼女の後ろ姿をみていると、それだけで心が満たされる感覚を覚える。
綺麗に輝く彼女の姿に魅了され、ふと、この瞬間を切り取りたくなった。
人差し指と親指でL字を両手で作り、四角形の枠で彼女を捉える。
無言で立ち上がり、彼女にバレないように距離を詰める。スマホを取り出し、画角を決める。
「冬香さん、こっちを向いて」
呼ばれた彼女はこちらを向く。その瞬間を連続撮影機能で撮る。
「わっ……びっくりしたぁ〜」
「驚かせてごめんね」
スマホを操作して、めぼしい写真があるかを確認する。何枚かピックアップして保存する。
「オッケー、ありがとう」
驚いて胸に手を当てている彼女に写真を見せる。
「振り返り美人の冬香さん。どう?綺麗に撮れてるでしょ?」
振り向く瞬間を撮影しているため、艷やかな黒髪が、はらりと散り、華やかで躍動感のある写真になった。
「もう……撮るならちゃんと言ってください。驚いちゃいました」
そう言いながら、彼女は嬉しそうに画像を見つめていた。
写真の彼女は色褪せない永遠の冬日向に咲く、雪の花だった。




