06.
長旅の疲れもあるだろうと、一週間ほどゆるりと過ごすようにいわれた。
その間も、夫となったネルグイとはともに食事をし、彼の皇宮を案内された。虹蓮国とは異なり庭らしい庭がないことに、皙華は驚いた。母国では後宮の外に出られない妃らのために広い池や、花や木を植え、目で楽しむ空間を広くとっていたが、エンフォイ皇国の宮は水場や屋外の休憩所があるだけだった。囲う塀も低く、階上の部屋の窓からは遠い山まで広々としていた。窓の外を眺めるたび、庭が要らない訳だと納得してしまう。この広大な光景が眺められるのだから、疑似的な自然は不要だろう。
皇子であるネルグイ自ら宮を案内してくれるものだから、彼の仕事を邪魔していないか訊ねたら、第五皇子の彼はそこまで忙しくないのだという。皇帝や王太子などから頼まれごとをされたときに動けるよう、日々の鍛錬と愛騎のモルガの世話をしている。書類業務は少なく、皇宮を見回った際の報告をする程度だという。
「それに、俺のモルガは速くてどこまででも行けるから、姉たちに乞われたものを調達に行かされることもよくある。ナランなんて、引きこもりのくせに一番あれやこれや欲しがってな」
嫁いでくれてよかったと清々した様子の彼に、皙華は小さく笑う。皙華にとってナランツェツェグは、太陽神のディーレクタという認識だったが、彼には仲の良い姉のひとりらしい。姉の彼女は、物より各地の滝や気象事象など、その場でしか見られない光景をネルグイの目でみて教えてほしいと、体験の共有を乞うたのだという。
「ナランに聞かせるために鍛えられたから、吟遊詩人になれるかもしれない」
皙華は、くすくすと可笑しげに笑みを零す。
「ネルグイは楽器も弾けるの?」
「練習してもいいな。俺の歌声でシーファを惚れさせられる」
食後のお茶で和んでいたというのに、彼の一言で噎せるところだった。時折、不意打ちをうけると皙華は頬を熱くして何もいえなくなる。器用な返しができないというのに、彼は満足そうにするから余計居たたまれない。愛しげな眼差しになかなか耐性がつかない。
ネルグイが馬頭琴を弾く姿を想像してみる。想像だけでも様になりときめいてしまうので、実際に自分のために披露されたら彼のいうとおりになるのは容易だ。
それにしても、話し上手で家族と仲のよい彼のおかげで、皇族それぞれの人柄をいくらか知れた。同じディーレクタのナランツェツェグなどは、会ったこともないのに夫と同じく好奇心の強い人だと知った。宮の使用人も自分と彼の身の回りの世話をする者の名は覚えたし、顔だけなら全員把握できるようになったように思う。
使用人たちは何かと皙華を気にかけてくれて、親切だ。母国からただ一人ついてきた侍女も、こちらでついた侍女からエンフォイの生活様式を学んでいる。
土地が広いためか、エンフォイに高い建物は少ない。二階がある住居を皇族以外で持つ者は、それなりの有力者か富豪で、三階建ては皇帝の宮のみだった。物見の櫓を除いて、他に視界を遮るものがないので、空がどこまでも広い。
モルガの足の及ぶ範囲ならどこにでも駆けてゆくネルグイのような人が育つのがよくわかる。
皙華は、第二の故郷となるこの国を好ましく感じた。
「そうだ。そろそろ砂漠に行かないか?」
「砂漠化してるところ?」
「ああ。シーファの力がどれぐらいか確認するのにちょうどいいし、現状を知ってほしい」
一度、水神の加護がどれほどの範囲におよぶのかみせてほしいとのことだった。皙華が宮からみえる範囲では草原が広がっていて、砂漠は見当たらなかったが、やはりあるのだ。ディーレクタとして求められてこの国にいる以上、砂漠化の進行具合をこの目で確認する必要がある。
こくり、と唾を飲み込んで、皙華は肯いた。
「また一緒にモルガに乗っていこう」
「駄目です。数日かかるのですから、我々をおいて行かれては困ります」
ネルグイの従者が止めた。バヤルという名の彼は、皙華が出迎えられたときも一番にネルグイに追いついて注進していた。
「あ、暑いだろうから、馬車の方がいいかな」
「シーファの肌は火傷しかしないんだったな。さすがにずっと騎乗は危ないな」
陽射しの強い地帯にいくことを理由にあげたが、意識するようになったネルグイの傍にいると体温があがりそうであることを危惧していた。しかし、皙華の内心を知らずとも、別の方向で夫は納得してくれた。焼けて肌が濃くなることがない自身の体質を心配しての判断だ。言葉の端々に彼の優しさが滲み、皙華の胸はあたたかくなる。
密着を逃れて安堵した皙華だったが、道中の馬車で隣り合って座ることになり、結局はどぎまぎしてしまうのだった。





