04.
ネルグイのモルガに同乗して皇都に入ると、あちらこちらから声がかかった。
虹蓮国では王族が供をつれて市井を通れば、みな頭を垂れ黙して挨拶し、王族はそれに目配せで返す。言葉はなく、王族側から声がかけられない限り基本的には民は自身の足元をみつめているのだ。だから、平民に扮せずとも済む皙華はよく兄・姉たちから羨ましがられた。
エンフォイでは民から声をかけてもいいものらしい。複数の王国をまとめる皇国の皇族は、畏れ多い存在ではないのだろうか。民からの挨拶に軽口を交えて返してゆくネルグイ、可愛い娘をつれていると揶揄されてても今口説いているところだとさらりと返すものだから、皙華の頬が染まるばかりだった。
余程不思議そうな顔をしていたのだろう、ネルグイの方から教えてくれた。
「エンフォイは皇国といってもな、遊牧の民の集まりだ。いくつかの集団をまとめたら他国から皇国と扱われただけだ」
部族ごとに長がいて、慣わしや価値観が多少違っていたため、それぞれの集団、部族が国と同等であった。砂漠化が進むにつれて遊牧のなわばりを取り合うようになり、戦が起こり、制した集団の長の一族が現在の皇族であるという。今では各部族が定住するための領地を持ち、遊牧する道順を決め、タイミングをずらし公平に回れるようにしているらしい。
いざとなれば指揮を執る頼るべき存在ではあるが、遊牧の民からなった皇国のため格式ばった身分制度はない。そのため、民とも親しく言葉を交わすのも自然なことであった。
「へぇ、じゃあ、もしかして後宮もないの?」
「いくつかの宮に分けて住んではいるが、基本的に一夫一妻で伴侶とは同じ宮で暮らす」
定住の地をもたなかった民のため、寝食を共に過ごすのが伴侶であり家族だ。移動式住居は分解して家畜に載せて運べる設計のため、広さに限界がある。多妻制にはなりにくかった。定住の地を得てからも、伴侶と同じ宮で暮らすのはその名残りだ。
「いいな。父様、毎回渡ってくるの大変そうだったもの」
兄たちに至っては、国王に追従できないときは、手続きを踏んで見張りがかならずいるなかで後宮の端にある面会用の四阿で会った。後宮暮らしの皙華には当たり前であったが、よくよく考えると家族に会うのにいちいち手間だ。
「そちらでは夫が渡るのを妻が待つのが当たり前らしいな。なら、初夜も婚儀の定例とは限らないのか?」
「しょ……っ!? えと、王族はそう、かな。外交とか内政のために縁付けすることもあるらしいから、気に入った妃には通われるし、まったく夜は通われない茶飲み友達みたいな妃もいたわ。易の結果で方角がよくないときとかもあるみたいで」
易、占術の結果で方角がよろしくないときなどは、相手の妃に詫びの文が送られていた。人によっては言い訳に使われることもあるが、現虹蓮の王は、通わない口実に易の結果を使うようなことはなかった。
「ウチだと、そのあたりは任意だ。だから、婚儀より前に授かっていることもある」
エンフォイ皇国の王族の場合、当事者同士のことと婚約していれば婚前交渉も認められているらしい。恋人であっても、責任をとるのであれば許される。完全に一夫多妻制ではないのは、そういった事情によるものらしい。側妃ができた場合は、さすがに宮を分けるらしい。
平定され現在は平和になったとはいえ、もともと狩猟を生業とする戦闘民族の集まりだ。子どもは産めるときに産んでおく意識が多少残っていた。未来を見据える虹蓮と、刹那主義なところがあるエンフォイでは価値観がずいぶん異なっていた。
「そんな訳だから、シーファの準備ができるまで待てる。そう固くなるな」
ネルグイに、ぽんと頭を撫でられた。婚姻を結べば同じ宮に住むときき、婚儀の夜に通過儀礼があるのではと緊張していたのを見破られた。ぶわ、と頬が熱くなる。
「口説くと言っただろう?」
事に及ぶのは皙華をその気にさせてからだと、彼は決めているようだ。獲物に焦点を定めた猛禽類のような眼差しに、ネルグイが狩猟の民の血をもつと思い知る。
婚礼で初夜がないと教えられ、安堵が半分と、残念さが半部の皙華だった。通過儀礼の名目があれば、覚悟がすぐに決まったかもしれないのに。
彼のせいで婚姻後を考える方が、鼓動が騒ぐようになってしまった。恐怖からか、期待からかは、今の皙華には判然としなかった。





