〜獣〜
〜獣〜
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三日月
ライカン編〜獣〜
唸り声が聞こえる。
人の恐怖を具現化するような唸り声。
魂を凍らせてしまいそうな……
コンクリートで囲まれた大きな部屋の真ん中に巨大な猛獣を飼育するためのような檻。その檻の一番奥から唸り声が聞こえた。
一人の白衣の男が、食事らしきものを運んでくる。
手前の鉄格子が上がり、男は中間区画へ入った。
背後の鉄格子が降りる。
それを確認してから、奥の檻の隙間へトレイを差し込んだ。
男が二重扉を抜け、安全な位置まで離れる。
――そこでようやく、最奥の檻が開いた。
その唸り声の主の檻が開きもぞりと奥にいる闇が動く。
ガリッ!
鉄を引っ掻くような音が響いた。
獣?狼?人?
――そのどれでもなく、
――そのどれでもあった。
少女の面影のある顔には獣毛が生えていた。
背骨は曲がり二足歩行より四足歩行の方が歩きやすそうな形だった。
そしてその尾てい骨からフラフラと尻尾が揺れていた。もぞりと獣が動いて食事のプレートを持って手掴みで口に運んだ。咀嚼し飲み込む。
目だけが少女のままでその瞳の奥には諦めなど全くないような光が灯っていた。
「……カリン……無事なの?」
口の形が獣に近くなって少し空気が抜けたような声だがはっきりと言葉に聞こえる。
「絶対!諦めない!」
――――一か月前――――
いきなりの襲撃だった。大量の兵士が投入され二人の村が軍に襲撃された。
歯向かう大人の男性は容赦なく撃たれ、女性と子供はどこかへ連れ去られていく。
タタタタタタ!という乾いたマシンガンの音。
怒号、爆発音、叫び声が響き渡る。
「モカ!こっち!」
カリンの叫び声でモカが振り返る。
その顔から、かつてのあどけなさは消えていた。
煤と汚れにまみれていても、その瞳には理不尽に立ち向かう戦士の光が宿っていた。
「女の人や子供たちが!」
「修道院に集められてる!」
「行こう!まだあそこなら」
モカとカリンは敵から奪ったマシンガンを抱え、狙いも定まらないまま牽制射撃を繰り返す。
正規兵のような戦い方ではない。
ただ生き残り、子供たちのもとへ辿り着くために引き金を引いていた。
「でも、どうして軍隊なんかがこの村を?」
「わかんないよー」
爆風で飛ばされながらも体勢を立て直しマシンガンで反撃する。
二人とも傷だらけだが、その瞳には眩いばかりの光が宿っていた。
あの時、あの洞窟で見た妖精の光。
その光が今は二人の瞳に宿っていた。
「お姉ちゃん……私達に力を!」
カリンがポケットの中の一枚の紙を握りしめる……
路地に迷子の子供を見つけた。
カリンがその子を抱き起こした。
「すぐに追いつくから先に修道院に!」
モカが走りながら答える。
「地下道に逃がして!」
モカは修道院、カリンは地下道入り口へ走った。
「はぁはぁ……」
荒い息を吐きながらモカが修道院にたどり着く……
修道院に辿り着いたモカは絶望の光景を見た。
修道院には、村から集められた女性たちが壁際に並ばされていた。
幼い少女から年老いた女性まで、兵士たちは服を乱暴にめくり上げ、腹部に共鳴紋がないかを一人ずつ確認している。
「違う。次!」
共鳴紋のない女性は床へ突き飛ばされ、後ろから銃で撃たれた。
司令官が声を張り上げる。
「ふたなりを探せ! 年齢は問わん! 共鳴紋のある者は必ず生きたまま確保しろ!」
別の場所で兵士が子供たちを壁伝いに立たせ、順番に何かをしていた。
男の子は有無を言わさず撃たれ、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「次!」
女の子はスカートを引きちぎられ共鳴紋をチェックされる。
「違う!」
と言われた女の子は即撃たれた。
幾人も倒れている……
司令官が叫ぶ。
女だ女のふたなりだ!
ふたなりには共鳴紋がある!
早く探し出せ!
それ以外は殺せ!
絶対に生きて捕獲するのだ!
子供を撃つ。そのことに躊躇して引き金を引けない兵士に司令官が粛清の拳を振るう。
「これは必要な犠牲だ!わからんのか!」
モカの視界が真っ赤に染まる。
「狂ってる……」
体がガクガクと怒りで震え……
記憶が飛ぶ……
全身の血が逆流し沸騰したように体が熱い。身体の中心から得体の知れない、どす黒い怒りの感情が溢れ出す。
モカという器を突き破り獣が姿を現す。
獣がモカに問う。
頭の中に声がする。
「チカラが欲しいのか?」
「ああ、欲しい」
「何故チカラを欲する?」
「あの狂人をぶっ飛ばす!」
「チカラを持つ者は……」
モカの中の獣が何か言おうとするのを遮って、モカが叫ぶ
「うるさい!いいから来い!!」
「…………面白い……行くぞ!」
「応!」
……………………
「うおおおおおおおおおおおーーーーガルルルル!」
四足歩行で兵士の群れに突っ込んでいく。
爪で切り裂き。
歯で首を噛みちぎる。
兵士がパニックになる。
「なんだ!うわー」
モカが手をブンッと振りパニックになった兵士の顔を撫でるように触れるだけで頭が破壊された。
モカの体がどんどん獣になっていく……
天を仰いで咆哮する!ゴォォォ
モカの尾てい骨が伸び尻尾になっていく……
モカは恐怖する、自分が自分でなくなっていく恐怖……
いや!これでいい!チカラ!チカラ!チカラ!チカラ!こい!!私が護るんだ!
「なんだ!この化け物は!」
「特徴が全て一致している!ライカンだ!これがライカンスロープだ!」
「ライカンだ!ライカンスロープだ!こいつだ!」
兵士たちが色めき立つ。
ロメオ大佐が歓喜の声を上げる。
「やったぞ!捕獲だ!必ず捕獲するのだ!」
地下道に少女を下ろして、すぐに修道院に来たカリンは目の前の光景を見てすぐには動けなかった……獣が兵士を圧倒的力で蹴散らしていく。
「生け捕りにするのだ!撃つな!麻酔銃をありったけ持ってこい!」
カリンと暴れる獣の目が合った。
はっきりとわかる。
「モカァァァァ!」
軍のジープが爆発した。
爆風と爆炎がカリンを襲う。獣がカリンに覆い被さり炎から身を呈して守った。しかし上着に火が着く……獣がカリンの上着の火を撫でて消した。
「モカ?……でしょ?」
口から空気が抜ける音と共に
「お姉ちゃんに……助けを……」
「カリン……生きて!」
モカの背中に麻酔弾が何発も打ち込まれる。
倒れる寸前までカリンを守り、カリンを逃がした。
カリンが走りながらモカが力尽き倒れるのが見えた。
指揮官の声が聞こえる
「四柱の一人を手に入れたぞ!」
泣きながら走った、走って、走って、そして涙をぬぐい上着からあの名刺を取り出した。
下半分が上着と共に焼け、奇跡のように下手くそな妖精の絵だけが残っていた。
「そんなぁぁ」
カリンは途方にくれた――――
前を見て声に出す。
「絶対にあきらめない!」
その目にはあの日の洞窟の中で見た希望の光が眩しいほど光っていた。
◇
——現在——
冷たい檻の奥で、モカはゆっくりと顔を上げた。
獣毛に覆われた頬。
伸びた爪。
人間だった頃とは似ても似つかない身体。
それでも、その瞳だけは変わっていなかった。
「カリン……きっと、生きてるよね」
鉄格子の向こうを睨みつける。
身体は獣に変わっても、心まで奪われたわけではない。
「絶対に……諦めない」
低い唸り声が、決意とともに檻の中へ響いた。
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次回更新は明日19時です。
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