作戦
〜作戦〜
お楽しみくださいませ
三日月舞
二人は人気のないゲートから男のIDを使って建物内に入った。
「かなり広い敷地ですね、舞はどこにいるのかな?」
ゆかはスマホを操作しながら画面を見つめた。
「……多分中央研究棟で間違いないわ。こっちね」
二人は足早に廊下を進んだ。
「結さん、もしかしたら戦闘になる可能性もあるわ。
万が一そうなった時には私の後ろから離れないでね」
「戦闘――」
結にとって、それは今までの生活では現実味を持たない言葉だった。
その響きを噛み締めた瞬間、緊張で赤いドレスの生地をきつく握りしめた。
不意に結は、何かに気付いたように足を止めた。
「ゆかさん少し待ってください。その腰のナイフを貸してくれませんか?」
「いいよ、はいこれ、護身用に?」
「違います」
結はドレスにナイフを当て生地を膝の少し上で思い切り切り裂いた。
さらにハイヒールを脱ぎストッキングだけになった。怪我防止に切ったドレスの生地を足に巻く。
即席の足袋のように結び終えると、結は小さく息を吐いた。
「これで動きやすくなりました」
ナイフをゆかに返してハイヒールは手に持つ。
簡易の二刀流だ。ピンヒールの先がヤワな拳より凶器に見えた。
ゆかは優しく釘を刺すように言った。
「頼もしいけど、無茶はダメよ」
中央研究棟に着いた。
ゆかが人差し指を立てて静かにと合図を送る。
警備員が見廻りしていた。
隙を見てIDでドアを開けて中央研究棟に入った。
空調のせいだけではない。
空気が肌にまとわりつくような嫌な空気だった。
大気に混じる『エナジー』のせいなのか肌がチリチリと痺れる。
地下に降りる階段のドアにIDをかざす。
ビー。
エラー音がなりランプは赤いままだった。
「このIDではここから先へ行けないみたいね」
「どうするの?」
「もちろんミッション美人局2よ」
はぁーと、結のため息が静かな廊下に響いた。
しばらくするとロックのかかったドアが向こう側から開いた。
白衣を着たメガネの中年の男が出てきた。もう今日の作業が終わったのだろうか?疲れた様子だった。
ドサッ!
何かが床に落ちるような音がした。
男は怪訝そうに周囲を見渡し音の発生源を探した。
荷物が積み重なってる奥を覗いた時、男は目を疑った。
赤いドレスの女が倒れている……
「き、君?どうしたんだい?」
男は倒れてる女性に駆け寄った。
「なんてことだ!救急?警備員――」
腕を取り脈を測った。
「脈はある……よかった」
男が自分の白衣を脱ぎ、結に掛けた。
結は寝たふりをしながら、この男性の紳士的な振舞いに驚いていた。
(てっきりイタズラしてくると思ったけど、いい人もいるのね……なんだか心苦しいわ)
作戦ではゆかが後ろから近づき気絶させるということになっていたが、気配を殺し男の背後に迫っていたゆかの足が止まった。
「ちょっと水と救急セットを取ってくる」
というと男は廊下の奥へ急いだ。
結に掛けられた白衣の胸ポケットにIDカードが入っていた。
「ゼノバイオ製薬の人間が全て悪いわけではないのね……」
ゆかがIDを抜き取り、カードリーダーにかざすとドアが開いた。
ゆかが結にIDカードを投げて、受け取った結が白衣に戻した。
結が白衣を丁寧に畳んでいた。
「いい人だったわね」
「そうですね、IDありがとうございました」
二人は先に進んだ。
奥へ続く通路のセンサーライトが順に灯っていく。
エレベーターは避けて非常階段で降りた。
ゆかが何かの気配を感じたのか、手のひらを向けて結を制した。
背負ったリュックを下ろし、中から特殊なグローブを取り出して手に嵌める。
ギュッと拳を握るとグローブと腕の隙間から青白い光が見えた。
ナックルが淡い燐光を放つ。
ゆかがスーツの上着を脱ぎシャツだけになった。
ゆっくりと前方の扉を押し開けた。
足音がしない。
(ハイヒールを脱いで正解だった)
(でも、ゆかさん……靴なのに全く足音がしない。すごい)
進むと何か話し声が聞こえてきた。
よく聞くとすすり泣く声と男の低い声が聞こえてくる。だんだん背筋が寒くなり、毛穴が開き、吐き気が込み上げてきた。
なお進むと、半開きのドアの中からはっきりと声が聞こえた。
男と三人の女の子が居るようだ。
声の質だけでわかる。
男は研究者ではない。
白衣とは縁の遠い、「暴力」が染み付いている者の気配が濃く漂っていた。
「お願いです、家に帰して……」
それに答えるように甲高い男の声が響く。
「アハハハ〜ムリムリ。もうお前らはここから帰れませ〜ん。レゾナントに生まれたことを、親を恨むんだな」
男はふざけた調子で少女たちの恐怖を弄んでいた。
「今日は誰が実験台に行くんだ?」
「わ、私が行くわ」
「またお前?」
「そうよ!私がいればもういいでしょ?だからリナとミナはもうお家へ帰して」
男は困ったフリをした。
「うーん。上の者に聞いてみるから暴れたりするんじゃないぞ」
帰れないって言った舌の根も乾かぬうちに、上に聞いてみるなど明らかな嘘だった。
騙されるはずもないのだが——
「お願いします」
精神が追い詰められた人間にはほんの些細な希望が餌になる。
そのことを知っていて利用している救いようのない男だった。
部屋の奥からもう一人の落ち着いた男の声がした。
「おい、お前、俺達は何のために雇われたんだ?こんなくだらん事を見物するためじゃないぞ」
声に迫力があった。
「まぁまぁ――あんたらは万が一の為の警護だよ、俺は忙しいから向こう見回ってこいよ」
男は不機嫌そうに腕組みをして黙った。
甲高い声の男が気を取り直したように言った。
「よし!じゃ今日もお前だ!」
「その代わり、リナとミナにはもう酷いことしないって約束して」
二人の少女が涙まじりの声でその少女の名をつぶやく。
「サナ……」
サナと呼ばれた少女が身を挺してリナ、ミナ、という友人を守ろうとしていた。
男が約束など守るとは思えなかった。
サナの声が舞の声とダブって聞こえた。
ゆかが突入のタイミングを測る
男がサナの拘束具を外そうとした。
「今だ!」
同時に結の我慢の限界が来た。
爆音とともに扉が蹴り破られた。
——ゆかが瞬時に二人の男の危険度を判断した。
壁際の三人の位置を視界の隅に入れ戦いの渦に巻き込まれないための進路を選び、そのまま疾風の如く奥の男に向かって走り込む。
奥にいた寡黙な男がすぐに銃を抜いて構えた。プロの動きだった。
(やはり只者じゃない)
甲高い声の男はびっくりして飛び込んできた二人を見て「な!」とだけ言えた。
結が手に持ったハイヒールを振り上げ、男の顔に打ちつけた。
「がっ!!」
男がよろめいて、その場で転倒した。
結は迷わず踏み込む。
着地の勢いがついた足で男の急所を容赦なく踏み抜いた。
「!!!!」
男の声にならない悲鳴が、部屋に響いた。
◇
ゆかは男に銃を撃たせる隙を与えなかった。攻撃の手を緩めず、間合いを潰す。
だが放つ拳は、ことごとく受け流された。
右のストレートを囮に、ガードの腕を掴む。
腕を絡めて逆関節を狙ったが、男が回転してするりとかわした。
背後の男に肘を放つ。
それも避けられた。
直後、脚を引っ掛けられて倒された。
「がっ!」
身体が入れ替わり、ゆかは男にマウントを取られた。
ゆかがとっさに二人の間に腕を差し込み、拳で押し返す。
男が自由になった手で銃を構えた。
「なかなかの腕だがここまでだな」
「そう?あんたもなかなかだったよ」
ゆかの拳のグローブが燐光を放つ。
男と密着している拳からゼロ距離で衝撃波が男の胸に放たれた。
鈍い音が響き、空間が揺れる。
男の身体が吹き飛び1メートル程浮き上がって、ゆかの上に落ちてきたのを寸前で転がり避けた。
寡黙な男はうめき声をあげて戦闘不能になった。
「ふぅ……殺さない加減はしておいたわ」
服についた埃を払いながら言った。
結は三人の所へ駆け込み、抱きしめた。
「もう大丈夫だから……ね……ね……ね」
三人の怪我の様子を確かめた。
顔立ちから見ても高校生だと思われた。
結は手ぐしで髪を整え、顔の汚れをハンカチで拭った。
現れた救世主に三人はしがみつき泣いた。
三人が触れているところから温かい何かが染み込んでくるようだった。
「ごめんね遅くなって……怖かったね……辛かったね」
サナがリナとミナを見て「良かった」と呟いた。
安心したのか、ふっと意識が途絶えた。
結はサナを抱きとめ、そっと寝かせた。
ゆかは男たちを結束バンドで動けなくして口を粘着テープで塞いだ。
ゆかは男が持っていた銃を奪った。
その銃のグリップに刻印されているマークを見た瞬間、ゆかの表情が強ばった。
「これは、〈カンパニー〉の刻印!奴らが護衛に入ってるなんて……」
ゆかはスマホを取りだし通話を試みるが、呼出音も鳴らずに切れた。
「電波妨害か……用意がいいわね」
「舞も大事だけどこの子達を何とかしなきゃ」
結は腕の中で震えるこの子達を放っておくことはできなかった。
「男たちはどうやって外部と連絡してるんだろう?」
ゆかが伸びている男を足で転がして後ろポケットに入っていたスマホを見つけた。
男の顔でスマホのロックを解除し、画面を見るとちゃんと電波が来ていた。
「やっぱり特別製だよ、これなら繋がる」
ゆかがどこかに電話する。
「もしもし私。緊急保護対象者は三人。高校生ぐらいの子たちよ。すぐ医療班を中央研究棟の、地下にお願い。……あ、それと外にも銃火器あると思って。そのつもりで動いてね」
通話を切った。
「もう大丈夫だからじきに私たちの仲間が助けに来るから」
泣いている少女の顔と舞の顔がオーバーラップした。
私たちは――
舞のところにいく。
もう誰も奪わせない。
お読みくださりありがとうございました(^^)
次話も、本日投稿したします^_^




