冒険
〜冒険〜お楽しみください♪
三日月
「わかったわ。必ず助けるわよ」
しばらく走るとナビが『目的地に到着しました』と告げてくれた。
ゆかが車を邪魔にならない路肩に停めて、目的地を見据えた。
「ここは……」
ゆかの眉間にシワがよる。
「――ゼノバイオ製薬」
ゼノバイオ製薬。
日本では誰もが知る、大手製薬会社の名だった。
「今回の拉致の依頼主はここよ」
「嘘?一流企業の製薬会社じゃないですか?そんなところが?」
「そうよ!一流企業だからこそ、表ではできない研究にもお金をかけられるの。共性のエナジー研究もその一つよ。裏の組織とも繋がりがあっても不思議じゃないわ」
「警察へすぐに通報しましょ」
結はスマホを取り出したが、すかさずゆかが手のひらをこちらに向け静かに言った。
「無駄よ、証拠もないし家宅捜索令状も出ない。仮に出たとしても広大な敷地の中でどこに監禁されてるかもわからないし、立ち入り禁止区域も製薬会社だから多い。少なくとも今、この場では警察は動けないわ」
「でもあそこに舞が……」
結の顔と声に焦りと苛立ちが募った。
「だったらどうやって?」
ゆかは静かに結の目を見てはっきりと言った。
「私とあなたでやるのよ」
(そんなこと)……そう言いかけて止まった。
(だよね、さっき私は舞を助け出すって決めた。私とゆかさんでやらないと舞が酷い目にあってしまう)
結は深く深呼吸しもう一度ゆかの方を見た。
迷いは消えていた。
「わかりました、何をすれば?」
「まずはIDパスを手に入れなきゃね」
ゆかは車を社員通用門が見えるところに止めて観察していた。
車内に静寂がしみわたる。
通り過ぎる車や歩行者を見ながら結は思った。
(この何も知らず過ぎ去っていく車や人たち……こんな誘拐事件が起きていることなど、誰も知らない……私も今まで間違いなく、あちら側の人間だった……何もかもが変わっていく……全てはこの身体のせいなの?……)
唐突に結が質問を投げかけた。
「ゆかさん?」
「何?」
「『共性』……レゾナントってなんなのでしょう?なんの理由があって生まれてくるのですか?こんな事件に巻き込まれて……国も助けてくれなくて……全部この身体のせいですよね?」
ゆかは、少し意外そうに目を輝かせた。
ひと呼吸おいて口を開いた。
「難しいことを聞いてくるのね、私には分からないわ
ただ言えるのは私は生まれて、今ここに生きている!そのことだけよ。死ぬその瞬間まで力の限り生きる!そう思っているわ。そういう難しい哲学は、うちの優秀な頭脳……マユリに尋ねてみるといいわ」
「舞を助けたら聞いてみます」
ゆかの言葉が頭の中に沁みていく……
(そうよね……やる事は一つ……舞を助けて私を置いていこうとしたことを叱らなきゃ)
そう言ったゆかの横顔に一瞬だけ別の感情の色がよぎった。
『死ぬ瞬間まで生きる』
その言葉を誰かに向けているように結には見えた。
けれど、ゆかはすぐにふっと笑った。
「さ、今は舞さんを助けることに集中しましょ」
結も頷き、胸の奥に残る問いをひとまず心の奥に押し込めた。
通用門から二人の男が出てくるのが見えた。
私服姿で仕事を終えて、出てきたようだった。
ゆかが男たちの唇の動きを読み、ニヤリと笑った。
「どうやら駅近くの繁華街でナンパ目的で飲みに行くみたいね」
ゆかは何か思いついたように結を見たが、すぐに言葉を飲み込んだ。
「ゆかさん?どうしました?」
ゆかは車のバッグから何かを取り出した。
赤い生地が見える。
「今から私がこれを着て、あの二人にハニートラップを仕掛けるわ、『劇的に似合わない』って、この前、仲間に言われたドレスだけどね」
と笑った。
結は少し考えてはっきりと言った。
「私に出来るかわからないけどお願いです。私にその役目させてもらえませんか?」
ゆかは心配そうな顔で結に言った
「さっき、危険な目にあった貴女にはそんなことはさせられないわ」
「違うんです。私がやらなくちゃダメなの!それにゆかさんがついてくれてたら怖くなんてないです」
ゆかの目が結の眼を見つめる。
「…………わかったわ、私が絶対に護るから」
ゆかはその《劇的》に似合わないドレスを結に渡した。
「じゃこれに着替えてくれる?」
袋からその服を出して全体を見た結の顔が真っ赤になった。
しかしすぐに頷き、車の後部座席で自分の服を脱ぎ始めた。
――十五分後
ドアが開き、真っ赤なハイヒールを履いたスラリと伸びた足が地面に降り立った。
真っ赤なドレス。
妖艶なメイク。
そこに立っていたのは、息を呑むほど艶やかな女性だった。
車のウィンドに映る自分はまるで知らない誰かのようだった。
ヒューっとゆかが口笛を吹く。
「元がいいと《劇的》に美しくなるのね」
ゆかが惚れ惚れとみていた。
結が躓きそうになりながら言う。
「こんな高いヒール履いたことないです」
心臓の音が高まっていった。
「じゃあお願いね、ミッション美人局!でも危ないと思ったらすぐに引くのよ。いい?」
「わかってます」
結がクスッと笑い、男たちが入った店に向かった。
「行ってきます」
◇
店は出会い系バーだった。
男は入場料を払い女はフリーで入店するシステムだ。
受付ですら結を見て驚いていた。
店内に入ると、一気に空気がざわめいた。
コソコソと男達がこちらを見て何か言っていた。
結はざわめきを無視しながらなるべくクールな印象を振りまいて、コツコツとヒールを鳴らしカウンターに座った。
バーテンダーに注文しようと、軽く手を挙げてバーテンダーを呼ぶと、すごい速さで若いホスト風の男が駆け寄ってきた。
(チャラい……)
「お姉さん、俺に奢らせてよ」
馴れ馴れしく結の手の上に手を置こうとしてきた。
すっと手を引くと、男の手が空振りしテーブルを叩いた。
「若い男は趣味じゃないの、ごめんね」
笑顔で追い払った。
男が悔しそうに離れていった。
それを見ていた、ターゲットの二人組が好機とばかりに近づいてきた。
結の心臓が激しくビートを刻んだ。
(きた……!こいつらだ……上手く情報を……)
「こんばんは、初めて見るよ、こんな綺麗な女性。良かったら一杯奢らせてよ」
ニヤニヤしながら寄ってきた男に微笑みを返した。
「ありがとう――初めて来た店だけど今夜は退屈だったの、仕事終わりに見えるけど、あなたたちは近くで働いているの?」
「そうさ、俺たちはゼノバイオ製薬で働いているんだよ」
結が大袈裟に感心する
「すごいね〜一流じゃん」
男の鼻の下が伸びる
「んーまぁね」
「楽しいお話聞けそうね……ワインお願いしてもいいかしら」
男がバーテンを呼びそこそこいいワインが出てきた。
緊張を緩めようとワインを一気に煽るが何の味もしなかった。
(誘惑なんて……どうしたらいいのよ)
そんな心配をよそに男達は結の側から離れることなく自慢話や下世話な話を始めた。
その会話の中に『レゾナント』というワードが出てきた。
「レゾナントって?あの共性のこと?」
会話のきっかけが出来て嬉しいのか、聞いてもいないことが次から次へと出てきた。
「まぁ詳しくは言えないけど、うちの会社そういう実験もしてるって噂なのさ」
「ここだけの話だけど、今夜また新しい検体が届いたらしいぜ、まぁお嬢さんにはなんの事か分からないだろうけど」
「検体?って?」
「お、随分喰いつくね」
「だって気になるじゃんそういう都市伝説みたいな話」
「それが都市伝説じゃないって言ったらどうする?」
「俺たちは直接は関係ないけど、前に1度見た事があるんだよ……共性の実験とやらを……あれは凄かったぜ」
結の闘志に火がついた。
(許さない!!!)
結の身体から見えないエナジーが溢れ出す。
その瞬間、テーブルの真上の電球がちかちかと不規則に点滅した。
店内のざわめきが一瞬止まった気がした。
男達は不思議がり、電球を眺めたがすぐに何事もなかったように自慢話を始めた。
込み上げる怒りを押し殺した。
「ねぇ?まだ飲む?私ちょっと酔ったみたい。ちょっと外に出たいわ」
男達は下卑た笑みを浮かべ、急いで店の支払いを済ませた。
◇
店の外に出ると、結はフラつく足取りで路地の奥へ歩き、ぽつりと立ち止まった。
「気分でも悪くなったのかい?それとも……」
結は視線を男の背後を指さして、驚いた顔をした。
「あ!!」
釣られて男が後ろを見た。
「なに?何もないけど?」
振り返った瞬間、結のバッグが唸りを上げて男の顎を捉えた。
「お前!」
もう一人が驚いて結に掴みかかろうとする。
――その時
「お客さん。お触り禁止よ」
疾風のごとき速さでゆかの蹴りが男の顔面をとらえた。
男は壁に吹っ飛んで後頭部を打ちつけ、そのまま動かなくなった。
「ゆかさん!」
「結さん、いいスイングだったわ。ナイス」
「遅いです……!でも私もやってやりました」
興奮気味に結が身振り手振りで話した。
ゆかは男のスーツの内ポケットを素早く探った。
「あったわ」
IDを抜き取るとゆかは男たちを結束バンドで縛り、口にテープを貼り、通行人の目につきにくい路地の隅に転がした。
「さ、行きましょ」
ゆかが路地を出ていく。
結がさっきのバッグのスイングを確かめるように素振りをしていた。
それを見たゆかが、目を見開いて、クスっと笑った。
「頼もしいわね」
読んでくださってありがとうございました。
次回更新は明日19時です。




