決意
〜決意〜お楽しみください
三日月
青い疾風が雨を切り裂いた。
次の瞬間、振り抜かれた拳が男の顔面を捉え、男の身体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。
砕けた歯が雨に濡れた地面に跳ねて、小さな音を立てた。
男は白目をむいて動かなくなった。
もう一人の男は腹に強烈な連打を浴びて、自分の吐瀉物の中に顔を埋めて動かなくなった。
結はその疾風が駆け抜けた先を見た。
「お待たせ、遅くなってごめん!」
青い髪のチャーミングな女性が結に手を差し伸べながら笑っていた。
「私は、ゆか——もう大丈夫よ。あなたが結さんね、電話ありがとう。結さんが必要な情報をくれたから、少しでも早くここに来られたのよ」
ゆかは、雨でずぶ濡れの結を立たせて、自分の乗ってきた車の後部座席に座らせた。
ゆかは自分が雨に濡れていることなど何も気にも留めずに後部座席の結に優しく話しかけた。
「怖かったでしょうに……あの状況で車のナンバーを覚えるなんて。
結さん、あなたのその冷静な判断力が、舞さんを救う鍵になるわ」
ゆかが後部座席のドアを閉めて運転席に座った。
車のドアが閉まった瞬間、ようやく安心を実感した。
それと同時に急に身体が激しく震えだした。
ゆかから、フワフワのバスタオルとマグカップに入った湯気が立ち上るコーンスープを渡された。
「これで体を拭いて温まりなさい」
その温かさが結の心を少しずつ解いていった。
「ゆかさん、ありがとうございました」
まだ声は震えている。しかしもう怯えてはいなかった。
ゆかもバスタオルで髪を拭いていた。
動きやすそうなパンツスーツ姿だった。
結の視線を感じ、笑みを浮かべた。
「色々聞きたそうな顔ね、でも取り乱さないでいてくれて助かるわ」
ゆかの射抜くような、けれど暖かい眼差しが結に冷静さを取り戻させていた。
ゆっくりと車が走り出し、ゆかが話し始めた。
「怖いと思うけど、落ち着いて聞いてね。舞さんは、ある組織に拉致されたの」
「拉致……誘拐?!」
「大丈夫。私たちが必ず助け出す。だから、今は私の話を聞いて」
「はい」
「次に聞きたいことはどうして狙われたのか?その前に確認。結さん……あなた『レゾナント』でしょ?」
結に緊張が走る。
ゆかはバックミラーに映る結に微笑みかけた。
優しい笑顔が結の緊張を解していく。
「私も『レゾナント』よ。名刺には環境保護団体って書いてるけど本当は違う。世界中であなたたちのように涙を流し傷ついているレゾナントを救出し、保護するために活動している組織があるの。それが――『アンドロギュノス』私はそこのメンバーなのよ」
「アンドロギュノス?聞いたことありません」
「それもそうね、結さんは共性が危険な目に遭っているって知ってた? 」
隣をパトカーがサイレンを鳴らし通り過ぎていく。
「噂話ぐらいは聞いたことあるだろうけど、いざ自分がその立場になったら実感するでしょ?噂は本当だったと……」
信号待ちで車が止まる。ゆかは結を真っ直ぐに見つめた。
「私たちはそんな噂の中で活動しているのよ。世間の人が知ることのない活動よ」
――その時、ゆかのスマホが鳴る。
ボタンを押しスピーカーから音声が聞こえた。
「もしもし、ゆか?」
「遅いよマユリ!車のナンバー追跡できた?」
「こんな夜中に起こされたら誰だって動きが鈍くなるものなのだよ。でも、こっちでもうトレースはできてるからね。ゆかのカーナビに送信するからちゃんと助けるのだよ」
心地よい可愛い声だった。
結は思わず声を出す。
「あ……ありがとうございます」
「ふふ……結さんだね?舞さんと一緒に会える日を楽しみにしているよ。そこのゆかに安心して任せるのだよ」
その頼もしそうな声に結の胸に希望が灯った。
顔に活力も戻ってきた。
「ゆかさん!私も舞を助けたいです。私も連れていってください」
ゆかは結の目をじっと見つめ、やがてその覚悟を受け止めたように頷いた。
「わかったわ、他の事情は車を走らせながら説明してあげる。いいわね?」
「はい!」
信号が青になり車が走り出した。
結は座り直し、ゆかに問いかけた。
「ゆかさん、あの人たちは私のことを、『実験動物』とか『モルモット』って言いました。これはどういうことなんですか?」
ゆかはしばらく考えてから静かに話し始めた。
「あのね、これは本当に世間には知られてない話なのだけど、私たち『共性』って希少なのよ」
「数が少ない、という意味ですか?」
「私たちレゾナントは、数が少ないだけじゃないの。ほかの人にはない、特別な力を持っているのよ」
「特別な力?」
「エナジーと呼ばれる力よ。もちろん、結さんにもあるわ」
結は自分の手のひらを見つめた。
男性でも女性でもない、第三の性――《共性》。
男女双方の身体的特徴を併せ持ち、生まれながらに固有の《共鳴紋》が刻まれている。
けれど、自分の身体に特別な力が宿っているなんて、考えたこともなかった。
結は無意識に腹部の共鳴紋へ手を添えた。
「エネルギー問題の面でも注目されつつあるわ。なにせ生きている人間からエネルギーが取り出せるのだから」
「生きた人間から……エネルギーを取り出す?」
結の拳が固く握りしめられる。
「残念ながら研究は進んでいるわ。医療や産業や軍事——いろんな分野から注目されているの。
だから昔から『共性』は捕まると研究対象――実験動物、モルモットなどと揶揄されることもあってね、だから色々な組織から狙われる。今回の拉致もその延長線にあるわ」
結はゆかの説明に理解が追いつかず、ただ外の景色を眺めていた。
「舞はどうして?」
「舞さんも『レゾナント』でしょ?そういうことよ」
「酷な言い方だけど、舞さんは、きっとあなたの安全を条件に黙って連れていかれたのだと思う。それにね舞さんは知っているのよ。捕まった『レゾナント』がどうなるのかを」
ゆかは唇を噛んだ。
「あいつらは、尊厳なんて言葉を知らない。舞さんが見てきた地獄を、私は二度と繰り返させない」
その言葉を口にしたゆかの手にわずかに力がこもった。
ハンドルがぎゅっと軋む。
結には、ゆかのその横顔が何かを思い出しているように見えた。
結はまたじっと外の景色を眺めながら溢れ出しそうな感情を整理する。
(なんてことなの)
(私の代わりに自ら身代わりに?)
(それに私が捕まったら、どうなるか知っていた?)
(舞……ふざけないでよ!)
(そんなの、私が許さない!)
結の雰囲気が、変わった。
結はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、怯えることのない意志が宿っていた。
「ゆかさん。私、絶対に舞を助けます」
その声は、もう震えていなかった。
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続きは10分後(≧▽≦)
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