ベーシスト
ベーシスト〜楽しんでくださいꈍ .̮ ꈍ
三日月
W・MISSION〜ベーシスト〜
ひと足早く舞は南米のカンパニー組織の壊滅作戦のチームリーダーとして全力で準備を進めていた。
結を除く、世界各地で活動している八人全員が招集された。加えてサポートメンバー二十人、総勢二十八人の部隊で拠点制圧作戦に挑む。
もちろんゆかとエミリーも参加している。
ブリーフィングでは初めて顔を合わせるフェアリーもいた。一番新米の舞がチームリーダーということで多少の軋轢はあった。
それでも、舞のこれまでの実績を前に異を唱えるものはいなかった。
◇
結はマユリに呼ばれ、LABOにいた。
「結と二人きりで会うなんて久しぶりなのだよ」
「そうかもしれないね」
「今回の任務の件は私ももちろん知っているのだよ!ティアの部屋で何があったのかも」
「ティア代表って何者なの?」
「何者なのだろうね?」
「マユリ言ってたじゃない?」
「なんの事だい?」
「前にふたなりとは?みたいな話した時にティアならもう少し知っているのかもって」
「もちろん彼女もふたなりなのだけどね。謎多き人なのだよ。初代フェアリーにして、今はアンドロギュノスの代表……いつから活動していたのかも誰も知らないのだよ」
何となくマユリの歯切れが悪かった。
話題を変えるように話し始めた。
「任務が要人警護だと聞いて、それで結にこれを持ってきたのだよ」
マユリは結にケースを渡した。
ゆっくりと開ける。
ケースにはホルスターに収められた二丁のハンドガンが入っていた。
「この間の戦いでライフルも壊れてしまったし、今回はさすがにライフル担いでってわけにはいかないのだから、これなのだよ。さぁ握ってごらん」
結はホルスターからハンドガンを抜いてグリップを握りしめた。
「エナジーを込めなくてもわかるわ。ありがとう、マユリ」
「私は結のことも守りたくてね」
試しにエナジーを込めてみる。
キュインという音と共にインジケーターに〈EM〉エナジーモードが光る。
「これで必ず任務成功させてみせるわ」
マユリの声のトーンが変わる。
「うむ。しかし、このミッションには気をつけるのだよ、何かしらの意思が介入している気がしてならないのだよ」
「何の意思?」
「それは分からない……とにかく気をつけてくれたまえよ。ところで保護対象者は一体誰なんだい?
一介の人間がフェアリーをSP代わりに使えるとは思え
ないのだよ」
「守秘義務はあるけどマユリになら……明日からの警護対象者は歌手……世界的歌姫、愛理さんよ」
マユリがあっさりと言った。
「知らぬな」
言いながらキーボードを叩くと大画面にコンサートの様子が映し出された。
5万を超える観客の前で歌うその姿と歌声はすごい迫力だった。
マユリがモニターを見ながら呟いた。
「彼女もふたなりということなのかな?」
「そういう事よ」
「警護は24時間かい?」
「一応そうなってるけど、2日後のドームコンサート中をどうするかはまだ相手側芸能事務所と要相談って事ね」
「ドームコンサート……結は確か学生時代はバンドをやっていたって言っていたね?ドームの舞台に立てるなんて夢が、叶ったという事なのかな」
「それどころじゃないわよ」
と笑い合う。
明日は顔合わせだった。
結はふぅーっと溜息をついた。
◇
結は姿見の前で身だしなみを整えた。
「こんなカッコ久しぶりだわ」
折り目で紙が切れそうな、黒のスラックスとジャケット。
ジャケットの左脇と腰にそれぞれ、ハンドガンを収めたホルスター。
その他、警棒と予備弾薬。
最低限の装備でフットワーク重視だった。
◇
顔合わせだった。
部屋に入るとスタッフと共にあの世界的歌姫愛理が居た。
年齢は正直全くわからなかった。
公表データでは二十五歳ということだがそれ以上にもそれ以下にも見えた。
近づき挨拶した。
「初めまして愛理さん。今日からしばらく警護させていただく、結、と言います」
愛理は結の顔をじっと見つめて言った。
「うふふ綺麗な人……嬉しいわ!よろしくお願いします」
手を握ってきた。
柔らかく、ふわっとしたオーラが全身から溢れ出していた。
「マネージャー補佐として身の回りの事もご一緒させていただきます」
「あはは、トイレはやめてよね」
と笑った。
「今日はこれからコンサートの練習だからよろしく」
まぁ初対面としては悪くない感触だった。
◇
南米作戦直前の夜、舞は緊張でなかなか眠れなかった。
疲労が溜まってそうな舞を見かねて、ゆかとエミリーが声をかけてくれた。
「今回は舞、あなたの命令でみんな動くわ――もちろん私たちも——だからといってあなたが全てを背負う必要はないから、もう少し肩の力抜きなさい」
優しく肩に手を置いてくれた。
舞は相談してみる。
「正直、私には荷が重いとも思ってるの、一番の新参者だし実績もみんなに比べたら……」
「大丈夫よ、舞の実力からすれば妥当な人選だと思うわ」
「舞?私たちはあなたに命を背負ってもらうためにここにいるのではないわ!」
「あなたが背負うのは自分の命!それが一番大事な事なのよ」
「そうね、全部終わったらまたみんなで祝勝会でもやりましょ」
ゆかとエミリーほど頼りになる仲間はいないと思えた。
すっと肩の力が抜けたような気がした。
◇
――結は悩んでいた。
愛理を守るにあたり、念の為にサポート班と協力して24時間体制はとっているがどうしてもコンサート中はそばにいることができない。
そばにさえいれば結は飛んでくる弾丸すら撃ち落とせる。
しかし舞台袖にいるとしてもどうしても距離が開いてしまう。
今はリハーサル中だから歌っているすぐ横に待機しているがさすがに本番はどうするか?
すぐ横で歌姫愛理が歌っている。
その歌声は、まるでエナジーそのものが音色に変換されたかのように、聴く者の細胞一つひとつを活性化していく。
魂が揺さぶられる歌声に結は必ず守ると心に誓った。
そんな時事故が起きた。
ベーシストが足を踏み外し舞台から落ちて、腕と足を骨折してしまったのだ。
普通なら落ちるはずのない場所だった。
結の脳裏にマユリの言葉がよぎる。
『何かしらの意思が介入している気がしてならないのだよ』
だが、なんの証拠も物証もなかった。
ベーシストは救急搬送されて行った。
今から別のベーシストなど見つかるはずもないとスタッフ全員が頭を抱えた。
もしこれが何者かの介入だとしても、こんなことで任務を投げ出したりはしない。
結はひらめきと共に提案した。
「私がベーシストとしてステージに立ちながら警護するのはダメでしょうか? 学生時代にずっとベースを弾いていました」
スタッフが怒気を含んだ声で言う。
「はぁ?おままごとじゃないんだよ!学生バンドと一緒にしてもらっては困る!……無理だな」
その時愛理が口を出した。
「やってみようよ!結さんビジュいいし、一度合わせてみようよ!結さんのベース経験あるんでしょ?」
「はい。……実は私、ベースはずっとバンドで弾いていました。挑戦させてください。とにかく近くで警護したいの」
リハーサルで結のベースを試すことになった。
スタッフは半ば呆れていた。
ど素人のバンドのレベルとプロのドーム公演を一緒にされてもらっては困ると。
「曲は覚えているんだろうね?」
と剣のある言い方だった。
「はい、近くで全部聞きましたから」
結は一度聴いた曲の構造を、頭の中に譜面のように描き起こすことができた。
完璧ではない。
それでも、今この場で合わせるには十分すぎる精度だった。
結は、重厚なソリッドボディが特徴的な漆黒のエレクトリック・ベースを肩に抱えた。
カチ、カチ、カチ――ドラムがスティックでカウントを刻む。
ステージが一瞬息を止めたように静かになる。
次の瞬間――
結の指が鋼鉄の弦を弾く。
凄まじい重低音がリハーサル会場を爆音で震わせた!
ズウゥゥゥンッ!!
「――なっ!?なんだこれ!!」
スタッフは飲んでいた飲み物を口から吹きこぼし、持っていた楽譜の束を床にぶちまけた。
寸分の狂いもなく刻まれるリズム。
地鳴りのようなベースラインがドーム全体を揺らしていく。
まるで弦そのものにエナジーが込められているようだった。
ベースだけで一気にボルテージが上がっていく。
愛理のボーカルもノってくる。
「結さん……最高じゃん!」
スタッフ全員、結をベーシスト起用に賛成した。
読んでくださりありがとうございました。
次回更新は明日19時です。
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