ケンカ
〜ケンカ〜お届けします。
三日月
W・MISSION〜ケンカ〜
廊下に夕陽が長い影を落とす中、舞は配布されたばかりのミッションシートを見て舌打ちをした。
任務は二つ、一つは敵組織カンパニーの基地強襲。もう一つはある要人の護衛保護であり、驚くべきことに後者は単独任務として結に割り当てられていた。
ミッションシートを見つめる舞の眉間には深い皺が刻まれて、拳は白くなるほど固く握られていた。
舞はミッションシートを握りしめたまま、ティアの執務室を目指して一直線に歩き出した。
廊下に響く足音には怒りが滲んでいた。
任務内容への抗議、あるいは作戦立案への参加要求——その目的は明らかだった。
夕暮れ時の施設内は静まり返り、彼女の足音だけが規則正しく廊下に響き、決意に満ちた後ろ姿は角を曲がって見えなくなった。
さすがに舞もいきなりドアを蹴破ることはなかった。
だがノックして「どうぞ」の「ど」でもうドアを開けていた。
ツカツカとティアの顔を見て詰め寄った。
「どうしてこの配置なのですか?護衛任務なんて遠距離攻撃が主体の結の仕事じゃないわ!それも単独?私と配置換えを提案します!」
ミッションシートをティアの机に叩きつけた!
夕陽が巨大な窓ガラスを通して長方形の光の帯となり、室内の金箔装飾を黄金色に染め抜いていた。
身体が全部埋まってしまいそうな大きな椅子にティアは座っていた。
ティアの銀髪が燃えるように光っている。
反応が薄いティアに苛立ちを隠せず、舞のミッションシートを握りしめる指が紙を破りそうなほど食い込んだ。
ティアは机の上のインターフェースで秘書らしき者に言った。
「フェアリー結を執務室に」
舞は少し落ち着いたが逆にティアの目を見ているうちにある言葉を思い出した。
(深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを見ている)
背中に汗がつぅ……と流れる。
得体の知れないものを覗き込んでいるようだった。
底が見えない。
――それ以上は覗いてはいけない。
ふと(今!私が全力で攻撃したら?)と考えた時
「おやめなさい……人が来るわ」
と諭すように言った。
次の瞬間――ドアがノックされ結が入ってきた。
舞の体感温度が少し下がった。
(ティア……本当に何者なの?)
結が礼儀正しく入ってきた。
「フェアリー結、参りました。失礼します」
ドアが開き、入ってきた結がこちらを見て、僅かに目を見開いた。そこに舞がいることに驚いているのだろう。
「舞……どうして?」
礼儀正しく佇む結と、怒りに任せて乗り込んできた舞。
その対比を楽しむかのような、ティアの意味ありげな視線が突き刺さる。
ティアが何かボソボソと声を漏らし始めた。
最初は、ただの独り言だと思った。
しかしその声には輪郭がなかった。
人に話しかける言葉ではなく、音が心にまとわりついてきた。
その呟きは、まるで鼓膜の内側で直接響く鐘の音のように、二人の思考の奥へ染み込んでくる。
(何?なんか変だ)
胸の奥がドロリとざわついた。
怒り?焦り?そのどれとも違う黒い感情が無理やり引き摺り出された。
(なにこれ?いけない!)
止めたいのに感情が勝手に話し始めた。
「結はこのミッションシートは見たの?」
「もちろん見たわよ!もしかして私では荷が重いと思って代表に言いに来たの?」
結の言葉に怒りが混じっていた。
「荷が重いなんて……そうじゃなくて私はただ」
「ただ?何?」
「私の方が適任かもってことで」
「随分と上からなのね!私はいつまでも守られるだけの存在じゃないわ」
舞も結も勝手に口が動いているようだった。
(止めないと)
(結と喧嘩になってしまう)
しかし何かに精神が押されていった。
(ダメ!これ以上は)
「へぇ〜言うようになったじゃない」
「言うわよ!」
「試してみる気?」
ティアの瞳が
――怪しく光った
結がいきなり舞にハイキックを放つ!
「っ!!」
スウェーして避けたが頬を掠めた風圧だけで本気のキックだということがわかった。
舞と結がその場で組手を始めた。
ただの組手ではない。
互いに本気で当てに来ていた。
拳が空を切り、空気が爆ぜるような音が響く。
蹴りが空気を切り裂き、掠めただけで傷が出来そうだった。
拳を止めたい。
なのに、身体だけが前に進んだ。
(結!避けて!!)
結の瞳にも、舞を傷つけたくないという困惑と恐怖の涙が浮かんでいるのが見えた。
結のローキックが途中で軌道を変え舞の頭部に向かって跳ね上がった。
ギリギリで避け、舞がその軸足を狙い水平蹴りを放った。
当たれば足の骨が折れそうな水平蹴りだ。
結は、蹴り足を戻す勢いのまま飛び上がり舞の頭部を蹴りにきた。
舞は立ち上がりながら避け、結の間合いへ入った。
お互いの拳が顔面に迫る――
その瞬間。
ティアが手をパチンっと叩いた。
拳は寸前で止まって二人の顔から険が取れていつもの二人に戻った。
「ケンカはやめなさい」
二人とも無言で怒りのこもった目でティアを睨みつけている……
「何をしたの?」
舞がティアを睨みつけて剣のある声でティアに聞く
「そんな怖いお顔やめなさい……ごめんなさいね。
でもおかげでフェアリー結が単独護衛任務にも任せられるだけの力を持っているとわかったのではなくて?」
――(たしかに結の体術はすごく上達していた。でもそれとこれとは違う!)
舞が結を見て、結も舞を見返した。
それだけで充分だった。
結の目が言う。
(私も分かってるわ)
舞はふぅーっと息を吐き、自分を落ち着かせた。
納得したわけではなかった。
だが、今ここで追及するのは危険だと判断した。
「そうですね。認識を改めました。作戦プランに口出しして申し訳ありませんでした」
「分かってくれたのならよかったわ、話はこれで終わりね。任務……期待しているわ」
二人は礼をして部屋を出る。
重厚な執務室のドアが閉まった。
数歩進んだところで気持ちが切れ、舞と結は、壁に手をつきしゃがみ込んでしまった。
汗がドッと吹き出る。
「結……ごめん、私」
「わかってるよ……舞」
「それにしてもティア代表……怖いくらい底が見えない人だね」
「あきらかに私たち、戦わされた。あんなこと可能なのね」
「操られたと言うより誘導されるような」
「うん」
「心底信頼していいのか……わからない」
「これから判断していかないと」
「とりあえず、任務、お互い必ず生き延びて全うしよう」
と誓い合った。
読んでくださりありがとうございました。
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