焼入れ
焼入れ〜お楽しみください
三日月
訓練編〜焼入れ〜
祝杯の余韻も冷めやらぬ翌朝。二人の目元には泣き明かした跡が残っていた。
しかしその表情には迷いを振り切った強い意志が浮かんでいた。
「結!もう涙は終わり!今日から私たちは立場が変わる」
「うん。わかってる!涙を流している人を助けるために」
二人は固く誓い合い、呼び出しがかかっている科学技術局に向かった。
厳重なセキュリティのドアが開くと、いつも通りの愛くるしい笑顔のマユリがいた。
「おはよう!舞、結、泣き過ぎて酷い顔だけど良い面構えになったのだよ」
「マユリこそ目が腫れてるわよ」
と憎まれ口を言い返したが、そこには信頼という名の絆があった。
二人は研修棟とは異なる科学技術局に入った。
訓練中にもここには何度か来ていたが直接マユリから呼び出しがかかるのは初めてだった。
未来的なデザインの部屋に二人は思わず目をみはった。
「今日は何かしら?」
緊張と期待が入り混じった表情で聞いた。
マユリは二人の目に研修で培った自信が満ち溢れているのを見て満足そうに笑った。
「ふふ……こっちへ来たまえ」
未来感あふれるクリスタルグレーの実験室には陽光が差し込み、彼女のさらりとした濃紺の髪がまるで波のように揺れていた。
舞と結は並んで立ち、整然とした列柱型の機械装置がずらりと並ぶ異次元のような室内に圧倒されていた。
天才科学者とは思えない幼い雰囲気が漂っているがその瞳には研究者としての鋭い光が宿っていた。
「フェアリーには一人ひとり適性に合った専用武器が支給されるのは知ってるね?」
結がそっと手を握る。
舞もぎゅっと握り返し、無意識に背筋を伸ばした。
「もちろん知っているわ!」
二人の澄んだ瞳が期待にきらめいた。
マユリは大きくうなずくと両手を広げた。
「そう!それじゃあ、さっそく二人の専用武器の適性テストを始めるのだよ!」
「そして科学技術局が総力を挙げて二人の能力に最も合う武器を作るのさ!」
「そのためにわざわざ来てもらったのだよ。それに二人の武器……命を守る矛と盾は私が作るって決めていたのだから!」
小鼻を膨らませ息巻いた。
「さぁもう何回目だい?今日はCOCOONの本領発揮なのだよ」
マユリの要望に従い、舞と結は互いにちらりと目配せした。
次の瞬間、二人は迷いなく服を脱ぎ始めた。
「ちょっ!ちょっと待つのだよ!まだ私が!」
動揺したマユリの慌てた声が響いた。
「何言ってんのよ、別にマユリだったら今更問題ないでしょ?」
おろおろと狼狽える天才科学者を前に、舞と結はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
まだこの検査には慣れないが、それでもCOCOONの内部には不思議な安心感があった。
いつものCOCOONのシートに身体を預けると、滑らかな革の感触が素肌に伝わり、恥ずかしさと期待が入り混じった鼓動が胸を打った。
マユリは白衣の裾を軽く払いながら近づき言った。
「リラックスしなきゃ正確な深層心理まで測れないのだよ」
頭を撫でてくれた手から温かさが染み込んでくるようだった。
興奮気味のエナジーが落ち着いていった。
ちょうどその時、自動で蓋が降りてきた。
半透明なプラスチック素材のカプセルの蓋が閉まりCOCOONが二人を外部と遮断させた。
密閉空間特有の圧迫感は感じなかった。
内部スピーカーからマユリの柔らかい声が、硬直した空気を溶かすように響いた。
「楽な気持ちでCOCOONに委ねるのだよ」
テスト中の感覚は、まるで深い微睡みの底で夢を貪っているかのようだった。
記憶の引き出しを無理やり開けられ、様々なシチュエーションが脳内に流れ込んできた。
その度に肉体が異常な熱を帯び、深層心理の変異に呼応してエナジーの負荷が危険領域まで高まっていった。
一方、マユリは脳波を見ながらキーボードを叩いていた。
「前回はこれ……『ヴァンパイアと鬼』でオーバーロード」と言い、エンターキーを押した。
二人の脳波計は揺れるが前回程、エナジーの爆発的増加はなく緩やかだった。
マユリが苦しげに唇を噛み締めた。
さらに強い精神的負荷の高い記憶の夢をロードした。
エナジー暴走の引き金になる精神負荷を調べるためだった。
瞬間、エナジーの波形が一気に跳ね上がり、計測不能になった。
慌てて全てのテストを中止して落ち着かせる夢を見せた。
「ふう……これは凄いけど諸刃の剣だね」
一人呟いた。
「本当にすまないのだよ……」
二人は額に大粒の汗を浮かべ、テスト中の奇妙な感覚に混乱していた。
しかし思い出そうとしてもCOCOON内の記憶は全く残らなかった。
結は不安げに舞の方へ視線を送った。
カプセルがゆっくりと開くと、舞も結と同じような反応だった。
「夢?なの?」
「舞、あなたはどうだった?このテスト、想像してたのとちょっと違う感じがするんだけど」
二人にテスト中の記憶はなかった。
何となく、何かしらの興奮状態にいたような気もする。マユリが身体が隠れるほどのタオルをかけてくれた。
「ありがとう。お疲れ様なのだよ!これでデータは取れた。これを元に二人の専用武器を設計、エナジー許容量の設定、機能強化していくから楽しみに待ってるのだよ」
カプセルから解放された舞は、ほっとため息をつきながら腰まであるワインレッド色の髪を整えた。
実験室の眩しい光に目が慣れず、パチパチと瞬きをしながらマユリを見た。
「珍しいねマユリ、ありがとうって言った?」
「本音だよ!二人を守りたいという気持ちからの専用武器開発だからね!君たちに何かあったらこの退屈な世の中がもっと退屈になるじゃないか」
二人は帰路に着いた。
夕焼けに二人の影が伸び、その影が手を繋ぐ。
「私たちのデータが取れたってことはテスト成功なのかな」
「マユリに任せておけば大丈夫だよ」
舞が握った手を少し強める。
「うん」
宿舎に着く頃には二人の影が倍の長さになっていた。
◇◇
そして二人は、フェアリー補佐として任務に慣れるため、いくつかのミッションに参加していた。
ゆかとエミリーの補佐として充分な実績をあげていった。
初めは現場の空気に息を呑んだ二人も、数か月後には互いの死角を自然に補えるまでになっていた。
◇◇
アンドロギュノス代表ティアに呼び出された。
二人は、前にこの本部へきた時のことを、思い出していた。
あの日は、フェアリーになりたいという決意をティアに直接伝えるためにここへ来た。
二人は今度は立派にフェアリーとして本部の前に立った。
朝日が二人を優しく照らし、手を繋いだまま本部の重たいドアを開けた。
相変わらず本部には重厚な空気が漂い、並ぶ調度品が持っている圧みたいな物が感じられた。
大きく重そうなドアの前で、二人は呼吸を揃えて声を張った。
「ティア代表!フェアリー舞、フェアリー結入ります」
ドアを開け執務室に入った。
ティアの目がじっと二人を品定めするように光る。
ティアはやはり年齢を読み取ることが出来ない。
三十代、四十代、五十代、見る角度、その時その時で色んな表情が見える。
同じ意味で、笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか?その感情をはっきりと汲み取ることが難しかった。
「二人の活躍は聞いているわ」
ティアの目が二人の内面を見るように細く鋭く光った。
「いい魂……自信、希望、慈愛、に満ち溢れている。もうあなたたちの二人のミッションも大丈夫だとサラからは聞いているし、フェアリーゆかとフェアリーエミリーの先輩からも太鼓判をもらっているわ。確かめてもいいかしら?」
そう言った瞬間――
ティアが指先を、二人に向けた。
前に見た光の獅子が現れた。
光のたてがみが揺れその咆哮からは本物の獣の臭いすらしそうだった。
以前の二人はその迫力に完全に押され震えるだけだった。
しかし晴れてフェアリーとなった二人は違った。
光の獅子が二人に向かって疾走し、地を蹴って跳躍した!
牙を剥き二人に届く寸前――
二人の身体から凄まじいエナジーの光が立ち上った。
獅子がその光に触れた。
その輪郭が揺らぎ金色の粒子となり静かに霧散した。
ティアの目が満足そうに笑った。
「フェアリー舞!」
「はい!」
「フェアリー結!」
「はい!」
「二人に指令を与える!」
「直ちに科学技術局へ行き専用武器を受領、ファーストミッションを遂行せよ!」
姿勢を正し見事な敬礼で答えた。
「はい!了解いたしました!」
二人の顔は紅潮し握った拳が白くなる程だった。
ついに来た!
読んでくださりありがとうございました。
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