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騎士に拾われた僕  作者: liege


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訓練編 1

アーネスト流盾剣術:集団戦向き。【我ら、全にして個、個にして全】

ランカスター流双剣術:個人戦、多対特化。【死なず、引かず、食い破る】

 次の日。

 まだ陽も浅い時間に目を覚まし、いつもの仕事を片付ける。

 廊下を拭き、洗濯桶の水を替え、台所の火を整える。


 一通り終えて中庭へ向かうと、乾いた打撃音が聞こえてきた。

 木剣がぶつかる音だった。


 視線を向ける。

 リラさんとジークさんが向かい合っていた。


 二人とも、長さの違う木剣を一本ずつ持っている。長い方で受け、短い方で打ち込む。双剣が交差するたび、鋭い音が空気を裂いた。

 リラさんが僕に気づき、動きを止める。ジークさんも木剣を下ろした。


「来たか」


 低い声。

 僕は軽く頭を下げる。


「今日からの訓練についてだが、最初はリラに見てもらう」


「よろしくね、ノクス」


 リラさんが笑う。


 以前聞いた話だと、リラさんは騎士団詰め所で指南役をしているらしい。剣を教える仕事だ。

 そんな人が、僕なんかに時間を使ってくれている。


「……ありがとうございます」


 申し訳なさを滲ませ、お礼を言うと、リラさんは困ったように笑った。


「気にしなくていいよ。ちょうど少し時間もできたし」


 そう言って木剣を肩に担ぐ。


「今の主流はアーネスト流だからね。ランカスター流は、最近あんまり人が来なくて」


 少しだけ寂しそうな顔をした。


「昔はこっちの方が主流だったんだけどね」




「時代だ」


 ジークさんが鼻を鳴らし、それだけ言って壁際へ下がっていった。


 訓練はすぐ始まった。

 内容は、実際に騎士団でやっているものらしい。


 体力づくり。素振り。足運び。組太刀。模擬戦。


「まずは体力かな」


 そう言って、リラさんは砂の入った重しを持ってきた。

 それを腕や脚に巻きつけられる。ずしりと重い。


「屋敷の外周を走って。全力で」


「……はい」


 走り始める。

 最初はまだ余裕があった。

 だが、周回を重ねるごとに脚が重くなる。肺が焼けるように熱い。呼吸が乱れ、喉の奥が痛んだ。

 それでも止まろうとは思わない。止まれとは言われてないから。

 走る。

 石畳を蹴る。

 呼吸。

 足音。

 汗。

 ただそれだけを繰り返す。

 何周したのか、途中からわからなくなった。

 気づけば日がかなり高くなっている。


 昼食の準備をしないと、と思った。


 だが屋敷の方を見ると、今日はマーサさんたちが来ているらしかった。煙突から煙が上がっている。

 そういえばジークさんの姿が見えない。


 中庭の反対側を見ると、テッサさんと木剣を打ち合わせていた。


 乾いた音が遠く響く。

 僕はまた走る。呼ばれるまで。ただひたすら。


 そして


 ――限界が来た。


 脚がもつれる。


 視界が揺れ、そのまま地面へ倒れ込んだ。


 荒い呼吸が止まらない。肺が潰れそうだった。


 その横に、影が差す。


 リラさんだった。

 僕を見下ろすその顔は、どこか複雑そうだった。


「……休憩にしよっか」


 昼食には大量の肉が出た。


「食え」


 ジークさんが言う。


「こういう時は食わんと意味がない」


 言われるまでもなかった。

 空腹がひどい。夢中で食べる。


 肉も、スープも、焼いた野菜も全部美味かった。

 あとでマーサさんに作り方を聞こうと思った。


 食後、今度は仮眠を取れと言われた。


「体を作る時は休むのも大事だから」


 リラさんがそう言って、僕の額に手を当てる。

 淡い温かさが流れ込んできた。

 そのまま意識が沈む。



 どれくらい眠ったのかわからない。

 肩を軽く揺すられて目を開けた。


「起きれる?」


「……はい」


 まだ体は重い。

 だが仮眠は終わりらしかった。


 午後は筋力を見ると言われた。

 中庭には巨大な丸太が置かれていた。

 長い。太い。


 ジークさんの身長より長く、太さはリラさんの胴よりもある。


「持ち上げろ」


 言われる。持ち上がるわけないのは火を見るより明らかだった。


 当然、びくともしなかった。

 ジークさんは特に気にした様子もなく、僕の肩に手を置く。

 次の瞬間、体の奥が熱を帯びた。


「もう一度だ」


 ぽかぽかする。

 体の芯に火種を落とされたみたいだった。

 それでも丸太は動かない。


「持ち上げ続けろ」


 ジークさんはそれしか言わない。

 リラさんも魔法を使ってくれる。

 その時、体の内側で波紋のような感覚が広がった。

 昨日の診察の時に感じたものだ。


 一瞬、意識がそちらに引っ張られる。

 だが、必死に腕に力を込める。


 筋肉が悲鳴を上げる。全身が熱い。

 力をさらに籠めると、熱がより強くなる。

 ぽかぽか、とうレベルはとうに過ぎていた。

 全身が燃えているみたいだった。

 歯を食いしばる。

 その時。


「……っ」


 丸太が、わずかに動いた。

 地面を擦る音。


 ズズ、と鈍い音が響きながら、片側が浮く。


 自分でも目を見開いた。


 さらに力を込める。

 腕が千切れそうだったが、それでも押し上げる。


 やがて丸太はゆっくりと傾き、最後には立ち上がった。


 直後、お腹が鳴る。

 さっき食べたばかりなのに。

 息を切らしながら顔を上げる。


 リラさんとテッサさんが、呆然とした顔でこちらを見ていた。


 ジークさんだけが静かだった。

 その目は、どこか奇妙なものを見るようだった。


「……やはりな」


 ジークさんの呟きに、真っ先に反応したのはテッサさんだった。


「えっ、どういうことですか!?」


 純粋な驚きの声だった。

 それもそうだと思う。


 自分で言うのもなんだけど、僕の体に大した筋肉はついていない。細い、とまでは言わなくても、少なくとも大男には見えないはずだ。


 そんな僕が、あの丸太を持ち上げた。

 おそらくジークさんの魔法だと思う。どういうものかはわからないけど。

 テッサさんはジークさんを見るが、ジークさんは特に答えなかった。


「今日の増量はここまでだ」


 それだけ言う。


「えぇ!?」


 不満そうな声を上げるテッサさん。

 リラさんは黙っていた。


 ただ、その表情には驚きが残っている。


 本当にできるとは思っていなかった――そんな顔だった。


 僕はまだ荒い呼吸を繰り返していた。

 体の奥が熱い。

 汗が止まらない。

 腕も脚も震えている。

 なのに、不思議と嫌な感覚ではなかった。


 疲れている。

 限界だった。


 それでも、さっき丸太が動いた瞬間の感覚が、まだ手の中に残っている。

 持ち上がったんだ、この大きな丸太が。


「動けるか?」


 ジークさんに言われる。

 頷こうとして、少しふらついた。

 その瞬間、リラさんが慌てて支えてくる。


「ちょ、ちょっと待って。ノクス、顔真っ赤」


 額に手が触れる。


「熱……すご」


「問題ない」


 ジークさんが言った。


「腹が減っているだけだ」


「だけって……」


 リラさんが呆れたように返す。


 でもその時、僕のお腹がまた鳴った。


 ぐう、と大きな音。


 テッサさんが吹き出す。


「ほんとだ!」


 少し恥ずかしかった。

 だが空腹は冗談じゃなかった。

 胃の中が空っぽになったみたいに、猛烈に何かを欲している。


 ジークさんはそれを見て、小さく鼻を鳴らした。


「食堂にマーサが飯を用意している」


「また食べるんですか……?」


 テッサさんが引いた声を出す。


「足りん」


 短く言って、ジークさんは丸太へ視線を向けた。

 起立丸太を見ながら、何かを考えているようだった。


 その後、屋敷の食堂へ連れていかれた。

 テーブルには、マーサさんが用意してくれた肉料理が並んでいた。


「いっぱい食べなさいねぇ」


 優しい声に僕は頷く。


 そして食べた。

 昼にあれだけ食べたはずなのに、空腹感が消えていない。

 まるで何日も何も口にしていなかったみたいに、肉を胃へ押し込んでいく。


 噛む。飲み込む。また食べる。


 自分でも少し怖くなるくらいだった。

 向かいでお茶を飲んでいたテッサさんが、途中で動きを止めた。


「……すご」


 呆然と呟く。

 リラさんが苦笑しながら、先ほど起きた事の説明をしてくれる。


「あれはね、お爺様が見つけた修行法なの」


「修行法?」


「お爺様の持続回復魔法をかけながら運動するの。傷ついた筋肉を回復させ続けるから、すごい速度で体が出来上がるのよ」


 テッサさんが目を丸くする。


「えっ、じゃあ私にもやってくださいよ!」


 ジークさんはスープを飲みながら答えた。


「無理だ」


「なんでですか!?」


「資質がいる」


 短く言う。

 テッサさんは露骨に不満そうな顔をした。


「ずるい……」


「お前は先に魔法基礎を固めろ」


「むぅ……」


 頬を膨らませる。

 そのやり取りを聞きながら、僕はまだ食べ続けていた。




 間食にしては昼食よりも食べた後、再び中庭に来ていた。


「次は実践だ」


 ジークさんに言われながら渡されたのは一本の木剣と丸い盾だった。


 手に持つが、しっくり来ない。

 当然、記憶はない。


 でもたぶん、僕は剣なんて握ったことがない。

 少なくとも、そう思えた。

 そんな人間が急に戦えるはずもなかった。


「よろしくね、ノクス君!」


 テッサさんが左右の木剣を構える。

 実践の相手はテッサさんらしかった。


 始まった瞬間、僕は後ろに跳んだ。

 ほとんど反射だった。

 直後、打ち込まれる木剣。


 次の一撃を避ける。

 避け切れないものは、間に盾を押し込む。

 が。

 まともに受け止めることはできず、吹き飛ばされる。

 腕が痺れる。


 さらに追撃が来る。今度は角度をずらすように衝撃を流す。

 少しでも痛くないように。

 攻勢が少しでも落ち着けば距離を取る。


 しかし。


 テッサさんは速かった。

 身軽で、どんどん距離を詰めてくる。


 木剣が肩を打つ。

 脇腹を叩く。

 脚に当たる。

 痛い。


 それでも動く。

 避け、逃げ、受ける。


 時々、隙がある気がして木剣を振った。

 当たればいい、くらいの感覚で。

 当然、避けられるか、防がれる。


 リラさんはその様子を黙って見ていた。


 途中から、テッサさんの呼吸が荒くなり始める。

 そして。


「そこまで」


 リラさんが声をかけた。

 テッサさんが大きく息を吐く。


「はぁ……っ、ノクス君すごいね!」


 汗を拭いながら笑う。


「私より体力あるんだね!」


「そうね」


 リラさんが頷く。


「ただ、テッサ。少し動きが荒かったわ。自分で反省できる?」


「はい!」


 即答だった。

 リラさんは満足そうに頷く。


「よし。じゃあ次は私が相手になるわ」


 そして少し笑った。


「もちろん休憩はなしね」


 正直、今すぐ座り込みたかった。


 脚が重いし、息も苦しい。

 しかし構える。


 リラさんは装備を変えていた。

 今朝の双剣ではない。

 片手剣と、丸い盾。今の僕と同じだ。

 構えも違う。


 テッサさんみたいな跳ねる動きじゃない。

 盾を軸に、静かに前へ出てくる。

 圧迫感はある。

 でも、不思議と怖くはなかった。


 攻撃が見えるというより。

 知っている気がした。


 どこに来るか。

 どう避ければいいか。

 どう受ければ少しは痛くないか。


 まるで掃除の時みたいに、考えるより先に体が勝手に動く。

 

 リラさんの剣を流す。

 盾を避ける。

 距離を取る。


 そのたびに、リラさんの眉がわずかに動いた。

 でも、限界はすぐ来た。


 テッサさんとの打ち合いで、体力を使い切っていた。

 脚が遅れる。反応が鈍る。盾で体勢を崩される。


 次の瞬間、足を払われた。

 地面へ倒れ、喉元に木剣が突きつけられていた。


「……アーネスト流が身についているわね?」


 リラさんの声が、少しだけ真剣だった。

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