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騎士に拾われた僕  作者: liege


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8/8

幕間 拾ったモノ

路地裏は、昼だというのに薄暗かった。


 石壁の隙間に湿った空気が溜まり、鼻をつくような臭いが漂っている。


 こんな場所、長居したい人間なんていない。


 だからこそ、最初はただの酔っ払いか何かだと思った。


 壁際に、人が倒れていた。


「……え?」


 思わず足が止まる。


 近づいてみると、まだ若い。


 自分より少し年下くらいだろうか。


 この国では珍しくない黒髪が、汚れた石畳に広がっている。


 けれど――妙に、目を引いた。


 土埃で汚れているはずなのに、不潔には見えない。


 白い肌。


 細い輪郭。


 閉じられたまぶたの長い睫毛。


 まるで、誰かが丁寧に作った人形みたいだった。


 それなのに。


 ぞわり、と胸の奥が震える。


 不気味。


 たぶん、普通ならそう感じる。


 なのに私は、その得体の知れなさに目を奪われていた。


 静かで、暗くて、どこか危うい。


 そのくせ、ひどく艶っぽい。


「……綺麗」


 ぽつりと零れた言葉に、自分で驚く。


 なに言ってるのよ、私。


 思わず頬が熱くなった。


 今まで剣ばっかり振ってきた人生だった。


 異性を意識したことなんて、ほとんどない。


 なのに。


 視線が、勝手にその唇に吸い寄せられる。


 薄く開いた唇。


 触れたらどんな感触なんだろう、なんて。


 そこまで考えて、慌てて頭を振った。


「いやいやいや、何考えてるの私!?」


 誰に言い訳するでもなく、小声で呟く。


 でも、胸の鼓動は少しも落ち着かなかった。


 しゃがみ込み、そっと額に触れる。


 熱はない。


 呼吸もある。


 なら――。


 私は目を閉じ、魔力を流した。


 淡い光が、少年の身体を包む。


 回復魔法。


 そして同時に、身体捜査の魔法も使う。


 骨。


 内臓。


 血流。


 異常がないかを探る。


「……怪我、ない?」


 拍子抜けするくらい、綺麗だった。


 病気の反応もない。


 衰弱はしているけれど、死にかけというほどでもない。


 なのに、起きない。


「なんなの、あなた……」


 思わず呟く。


 そのときだった。


 ぴくり、と少年のまぶたが震える。


 私は息を呑んだ。


 ゆっくりと、ほんの少しだけ開いた目。


 覗いた瞳は、深い黒だった。


 夜みたいに暗い色。


 その瞳が、一瞬だけ私を映す。


 どくん、と胸が鳴った。


 吸い込まれそう、と思った。


 次の瞬間には、また目は閉じられてしまったけれど。


 心臓だけが、うるさい。


「……だめ」


 こんなの、放っておけるわけがない。


 私は小さく息を吐いて、少年の腕を肩に回した。


「ひとまず、お爺様の屋敷に行きましょう」


 そう言って立ち上がる。


 不思議なくらい、体は軽かった。


 まるで最初から、こうするって決まっていたみたいに。



 お爺様の屋敷は、城下町の外れにある。


 昔はランカスター家の別邸として使われていたらしいけれど、今はもう、私とお爺様しか住んでいない。


 広いだけの、古びた屋敷だ。


 使用人もいない。


 昔いた人たちも、みんなお爺様が暇を出してしまった。


 だから、誰かを連れ帰るなんて本当はよくない。


 そんなこと、わかっていた。


 わかっていたのに。


「……重くない」


 肩を貸しながら歩きつつ、私はぽつりと呟く。


 男の子なのに、驚くほど軽かった。


 ちゃんと食べていたんだろうか。


 ふと、胸が痛くなる。


 こんなに綺麗なのに。


 こんなに静かなのに。


 どうして、こんな場所で倒れていたんだろう。


 道中、何度か少年の顔を見てしまった。


 閉じたまぶた。


 長い睫毛。


 整いすぎている横顔。


 見れば見るほど、変な気持ちになる。


 胸がむずむずする。


 それなのに、怖さもあった。


 この子、どこかおかしい。


 うまく言えないけれど、人間なのに人間じゃないみたいな。


 そんな感覚がある。


 でも。


 だからこそ、目が離せなかった。


 気づけば私は、少年の黒髪にそっと触れていた。


 さらり、と指の間を滑る。


「……ほんと、綺麗」


 また言ってる。


 自分で自分に呆れる。


 でも止まらなかった。


 やがて屋敷が見えてくる。


 古びた門。


 蔦の絡まる外壁。


 立派だった頃の名残だけが残った場所。


 門を開け、中へ入る。


「お爺様ー!」


 声を張る。


 返事はない。


 たぶん裏庭だ。


 朝からずっと鍛錬してることが多い。


 私は少年を客間のベッドへ寝かせる。


 シーツをかけると、その顔が少しだけ穏やかに見えた。


「……」


 じっと見つめる。


 起きたら、どんな声で話すんだろう。


 どんな顔をするんだろう。


 恋人とか、いたのかな。


 ……いや、何考えてるのよ私。


 ぶんぶんと頭を振る。



 少年は、なかなか目を覚まさなかった。


 あの日、路地裏から連れ帰ってきてから、もう半日以上。


 呼吸はちゃんとしている。


 熱もない。


 身体捜査の魔法で見ても異常は見つからない。


 なのに、起きない。


「……ほんとに、なんなのよ」


 ベッドの横に座りながら、小さく呟く。


 窓の外はもう夕暮れだった。


 薄赤い光が、眠ったままの少年の顔を照らしている。


 静かな顔だった。


 まるで最初から、世界と繋がっていないみたいに。


 私は小さく息を吐くと、桶に入れたぬるま湯へ布を浸した。


「……せめて、綺麗にはしないと」


 土埃だらけのまま寝かせるわけにもいかない。


 そう、自分に言い聞かせる。


 言い聞かせながら、少年の服へ手を伸ばした。


 そこで止まる。


「……」


 急に変な緊張が込み上げてきた。


 いや、待って。


 これ、普通に服脱がせるってことよね?


 当然なんだけど。


 当然なんだけど……!


「い、医療行為みたいなものだし!」


 誰も聞いていないのに言い訳する。


 そして意を決して、汚れた上着を脱がせた。


「っ」


 思わず息を呑む。


 細い。


 でも、弱々しい細さじゃなかった。


 しなやかで、妙に整った身体。


 無駄な肉がない。


 それなのに、ところどころ古い傷痕がある。


「……」


 胸がざわつく。


 どんな生き方をしたら、こんな傷が残るんだろう。


 それに。


 綺麗だった。


 肌が。


 鎖骨が。


 肩の線が。


「な、なに見てるのよ私……!」


 顔が熱くなる。


 慌てて布で身体を拭き始めた。


 腕。


 首筋。


 胸元。


 触れるたびに、変に意識してしまう。


 眠っているだけなのに。


 反応なんて返ってこないのに。


 心臓だけが落ち着かなかった。


 


 翌日、私は騎士団の詰め所へ向かった。


 もしかしたら、この子を探している人がいるかもしれない。


 行方不明者の届け出。


 保護願い。


 孤児院からの連絡。


 一つずつ確認していく。


 でも――なかった。


 黒髪の少年。


 年齢は十代半ばくらい。


 特徴的な顔立ち。


 それなのに、どこにも。


「……変なの」


 こんなに目立ちそうな子なのに。


 誰も探していないなんて。


 


 屋敷へ戻ると、私はまた少年の部屋へ向かった。


 相変わらず眠ったまま。


「ほんと、寝すぎなんだけど」


 苦笑しながらベッドの横へ座る。


 ふと、唇が乾いているのが気になった。


「……水くらい飲ませないと」


 コップに水を入れ、慎重に口元へ運ぶ。


「ほら、少しだけ……」


 けれど、うまく飲めない。


 水が口の端からこぼれてしまう。


「あっ、もう……」


 慌てて布で拭く。


 どうしようか悩んで、私は清潔な布を水に浸した。


 それを口元へ当て、少しずつ絞る。


 ゆっくり。


 ほんの少しずつ。


 乾いた唇が、水を含む。


「……よし」


 少し安心する。


 でも、それでも足りない気がした。


 私は細い布を指に巻きつけ、水で濡らす。


「ごめんね」


 小さく謝ってから、そっと口の中へ入れた。


 舌。


 歯。


 歯茎。


 乾いてしまわないように、優しく拭いていく。


 妙にどきどきした。


 これじゃまるで――。


「……もう、ほんと何考えてるの私」


 誰も聞いていない部屋で、小さく呟く。


 


 その夜。


 私は少年の手を握ったまま、ベッドの横で眠ってしまった。


 


 目を覚ました時。


「……え?」


 私は固まった。


 なぜか、自分がベッドの中にいた。


 しかも。


 少年にぴったりくっつくみたいな体勢で。


「…………」


 数秒、思考が止まる。


 そして。


「~~~~っ!?」


 顔が一気に熱くなった。


 慌てて飛び起きる。


「な、なんで!? 私なんで入ってるの!?」


 たぶん寝ぼけて潜り込んだ。


 無意識で。


 しかも少年は眠ったまま。


 起きてない。


 見られてない。


 なのに。


 心臓が爆発しそうだった。


 私は真っ赤な顔のまま、しばらく頭を抱えてうずくまっていた。

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