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オリビア・バネットさん 20代
落ち着いた赤髪 パン屋さん 姉
なんでも器用にこなす 料理得意 戦わない
テッサ・バネットさん 10代
明るい赤髪 パン屋さん 妹
性能は尖っている 騎士団を目指す
使う物はエストックとダガー
屋敷を出てしばらく歩くと、一昨日立ち寄った食堂が視界に入った。
まだ準備中のようで、扉は半開きのまま。中からは仕込みの音が聞こえてくる。
さらに歩くと、人の気配が増えていった。
声。匂い。足音。
やがて石畳の広い通りに出る。
大通りだった。
「よう兄ちゃん! 見てってくれよ!」
野太い声に振り返る。
果物屋だった。
「今朝採れたばっかの上物だ! 新鮮だぜぇ!」
言われるままに近づく。
店主は待ってましたとばかりに身を乗り出してきた。
「いいとこ来たな! 今日は珍しいモンがあるんだ!」
差し出されたのは――黒い果実。
艶のある黒。
ところどころに残る黄色。
房状に連なった、細長い実。
――ぞわり
胸の奥が、不快に軋んだ。
「南の方でとれた“バナナ”ってんだ! 見た目はこんなんだが、味は――」
声が、遠い。
知っている。
これは、知っている。
甘い匂い。
形。
色。
――見たことがある。
いや、違う。
もっと、はっきりと。
もっと“深く”知っている。
食べたこともないはずの。
味を。
どうして?
記憶は、ないはずだ。
なのに、これは――
「おい、兄ちゃん? 顔色悪いぞ」
視界が揺れる。
なぜ知っている?
どこで?
誰が?
なぜ――
「ノークースくーん!」
はっと、意識が戻る。
右に振り向くと、テッサさんがやや下から、こちらを覗き込んでいた。
「大丈夫!? すっごい顔してたよ?」
覗き込む緑の瞳。
揺れている。
心配しているのが、わかる。
それを見ていると、ゆっくりと呼吸が整っていった。
「……大丈夫です」
「ほんと? さっきよりはマシだけど……」
「はい。テッサさんの顔を見たら元気になりました」
「うぇ、ええ、えええ、そ、そう?ならよかった!」
恥ずかしそうに笑う。
太陽みたいな笑顔だ。
その笑顔で、さっきまでの不快感が、嘘みたいに引いていく。
「ほら、これ食えよ。顔色悪い奴から金なんて取れねえ」
店主が赤い実を放ってよこす。
「すみません……」
気づけば、受け取っていた。
「わあ、リンゴだ!」
テッサさんが嬉しそうに言う。
——ぞわ
「美味しそう!ねえ、半分こしない?」
テッサさんが食べたそうにしていた。
いつの間にか、胸の不快感はなくなっていた。
並んで歩きながら、交互にかじる。
甘い。
さっきの黒い果実とは違う、はっきりとした味。
その“わかりやすさ”が、逆に安心した。
_____
テッサさんの案内で、目的の店に辿り着く。
「ここが!【五本の指】私たちのお店兼お家だよ!」
中に入ると、テッサさんが大きな声で言う。
「ただいまぁ!」
奥からオリビアさんが出てきた。
「テッサ、お帰りなさい。ノクスくんもいらっしゃい。といっても商品は全部売れちゃったけどね」
「うちは、人気店だからね!」
テッサさんが胸を張る。
「朝でほぼ売り切れちゃうの!」
確かに、商品棚は空っぽだ。
でもまだ、パンの香りが室内に残ってる。
次買い物するときは早く来て、買おうかな。
「あの、マーサさんは?」
「おかーさんとおとーさんは明日の仕込みの買い出し!だから買い物は私たちが手伝うよ!」
「テッサ、あなたはついてくるだけでしょ。店の手伝いもよくさぼるのに、こういう時ばかり。全く、調子がいいんだから」
「いやいや、あたしだって騎士になるために頑張ってるの!来年になったら、騎士団試験受けに行くんだから!」
「はいはい。頑張ってるわね。でも騎士団試験は筆記もあるのよ?最近木剣以外に握ったものは?」
「……木剣だけ」
「全然ペン握ってないじゃないの!本当にこれで試験合格できるのかしら…?」
「リラ様だってペン握らなくても騎士団入ったもん!」
「それはリラ様が実技試験で指南役を倒したからでしょう?」
「私も指南役倒すもん!」
「……それはリラ様を倒すってことかしら?」
「うっ。アーネスト流の指南役倒すもん…」
「試験官はばらばらなのよ?そんなに都合よくいかないわよ?」
「うう…ううう…」
さっきから見ていたけど、止めるべきなのかな?
止め時過ぎちゃったような気がしなくもないけど。テッサさん泣いちゃったし。
「ううわわわあああん‼お姉ちゃんがいじめる~!」
テッサさんが抱き着いてくる。甘いパンの匂いがする。
こうしてみるとテッサさんが妹みたいに見える。自分の年わからないけど。
オリビアさんを見ると、目を丸くしてから、バツの悪そうな顔をする。
その後、「言い過ぎたわ」とオリビアさんが謝って、テッサさんも「私も、ごめん」と仲直りをしていた。
その光景を見ていると、また僕の中の何かが崩れる。それに伴って、無意識に口元が動く。
「あ、ノクス君が笑った!」
「あなたの痴態に呆れたんじゃないの?」
「お姉ちゃん⁉」
また始まりそう。
話を進めないと
二人を仲裁すると、やっと買い物が始まる。
それからしばらく。
店を回り、必要なものを揃えていく。
肉も、無事に買えた。
お金のやり取りも、問題なかった。
数え方も、計算も――自然にできた。
「すごいわね……本当に盗妖精にいたずらされた?」
オリビアさんに驚かれた。
「なんでできるの!?」
テッサさんは悔しそうだった。
______
帰り道。
昼前の光が、少し強くなっていた。
ローブのフードを被る。
日差しが和らぐ。
そのまま歩いていると――
カッポ、カッポ、と音が聞こえた。
振り返る。
大きな幌馬車だった。
馬が二頭。
城門の方へ向かっている。
何気なく、目で追う。
その時。
風が吹いた。
「きゃっ!」
「わっ!」
隣で短い悲鳴。
けれど。
僕は、動かなかった。
視線が――外れない。
フードが外れる。
それでも、どうでもよかった。
めくれた幌。
その奥。
薄暗い空間。
鉄の檻。
何人かの人影。
汚れた服。
乾いた血。
首輪。
その中で。
一人だけ。
こちらを、じっと見ている。
黒い髪。
黒い瞳。
整った顔立ち。
――知っている
違う
知っている、じゃない
“わかる”
あれは
――僕だ
檻の中の“それ”が
ゆっくりと、口を動かした
音は、聞こえない
なのに
はっきりと、わかった
――「見つけた」
心臓が、止まったような気がした。
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ノクスの隣をテッサと一緒に歩く。
突然の突風に煽られて、反射的に目を閉じた。
「きゃっ!」
思わず声まで出てしまう。
隣ではテッサが「目に砂入ったあ!」と騒いでいる。
風が収まり、ゆっくりと目を開けると――ちょうどさっき追い抜いていった馬車が、遠ざかっていくところだった。
その瞬間。
はっ、はっ、はっ――
隣から、異様な呼吸音が聞こえた。
視線を向ける。
「……ノクス?」
ルクスが胸を押さえ、荒く息を繰り返していた。
明らかにおかしい。
「ノクス⁉ ちょっと、大丈夫⁉」
肩を掴んで揺さぶる。
けれど、反応がない。
視線は一点に固定されたまま、焦点も合っていない。
額からは滝のように汗が流れていた。
「ノクスくん⁉」
テッサも異変に気づき、慌てて声をかける。
けれど、届かない。
この状態――知っている。
昔、自分もなったことがある。
息を吸いすぎて、呼吸が崩れるやつだ。
(どうすればいいの!?)
記憶を必死に手繰る。
確か、お母さんが――
(そう、息を吸わせすぎちゃだめ。呼吸を落ち着かせる……袋……)
革袋。
でも、そんなもの持っていない。
周囲を見ても、代わりになりそうなものはない。
ノクスの膝が崩れた。
(もう時間がない)
覚悟を決める。
大きく息を吸って――
ノクスの口を、自分の口で塞いだ。
「――っ⁉」
背後でテッサが叫ぶ。
でも、構っていられない。
ノクスは無理に息を吸おうとする。
けれど吸えない。
無理に吸えば吸うほど、呼吸が乱れるだけ。
だから。
ノクスがわずかに息を吐いた瞬間、その空気を自分が吸う。
呼吸の流れを、強引に整える。
何度も、何度も。
ノクスは必死に空気を求めるから、唇が強く押し付けられる。
呼吸が合わないせいで、思わず舌まで触れてしまった。
――痛っ
歯が当たった。
自分か、ノクスかはわからない。
口の中に鉄の味が広がる。
(……ああ)
こんな状況なのに、どうでもいいことが頭をよぎる。
(私、これ……初めてなのに)
そんなことを考えているうちに、
ノクスの呼吸は、少しずつ落ち着いていった。
ゆっくりと唇を離す。
ノクスがこちらを見る。
その目に、ほんのわずかに意識が戻る。
――そして。
すっと、力が抜けた。
そのまま倒れ込む。
「ノクス⁉」
「お姉ちゃん、大丈夫。気絶しただけっぽい」
いつの間にか冷静になっていたテッサが言う。
……よかった。
全身の力が抜ける。
「お姉ちゃん、これ」
差し出されたハンカチを受け取る。
テッサが口元を指差した。
触れてみると、思ったより血が出ていた。
ハンカチで押さえながら、二人でノクスを支える。
なんとか屋敷まで運びきった。
門の前で、ちょうどジーク様が外に出てきた。
「なんだ、何事だ」
低い声。
すぐに近づいてきて、私たち全員に魔法をかける。
じんわりと体が温かくなる。
痛みが引いていく。
相変わらず、すごい回復魔法。
「ジーク様、ありがとうございます。外傷は……ありません。あ、私の口以外は」
「そうか。で、何があった」
ジーク様はノクスを片手で抱え上げる。
まるで軽い荷物みたいに。
部屋へ向かいながら、さっきの出来事を説明する。
でも、説明しながら自分でも思う。
何もわからない。
ただ、風が吹いて。
そのあと、こうなった。
「そういえば、ノクスくん……ずっとどこか見てた」
テッサがぽつりと言う。
確かに。
でも――どこを?
三人で少し考えたけど、答えは出なかった。
結局そのまま、ノクスを部屋に寝かせる。
私はその足で台所へ向かった。
(……やることはやらないと)
ルクスはあの状態だし、昼食を作れるのは自分だけ。
手を動かしながらも、さっきの光景が頭から離れない。
呼吸、汗、あの目。
……そして。
(……キス、しちゃったな)
思わず手が止まりそうになる。
慌てて振り払う。
三人で昼食を済ませる。
そのあと、リラ様の帰りを待った。
戻ってきたリラ様は話を聞くなり顔色を変え、そのままノクスの部屋へ駆けていった。
しばらくして戻ってくる。
「身体に異常はないわ」
そう言った。
けれど。
ノクスは、まだ目を覚まさない。
(……本当に、大丈夫なのかしら)
胸の奥に、小さな不安が残り続けていた。




