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騎士に拾われた僕  作者: liege


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4

 翌朝。


 目が覚めたとき、少しだけ不思議な感覚があった。


 昨日の出来事が、夢じゃなかったと実感するまでに、少し時間がかかる。


 体を起こす。


 ……何をすればいいのかは、体がわかっていた。

 


 部屋を出る。廊下に出た瞬間、自然と視線が動く。


 床の汚れ、壁の埃、わずかな歪み。


 見ようとしなくても、目に入ってくる。



 ――ああ、掃除をしないと。


 

 理由はわからない。ただ、それが“当然”のことのように思えた。


 気づけば体が動いていた。


 物置部屋から雑巾を用意し、水を汲み、無駄のない動きで床を拭いていく。棚の上、窓枠、普段目につかないであろう場所まで、手が伸びる。


 考えてやっているわけじゃない。


 ただ、体が覚えている。 


 どこをどうすれば効率がいいのか、どうすれば綺麗に仕上がるのか。


 すべて、最初から知っていたみたいに。

 


「……なにこれ」

 


 声が聞こえて、顔を上げる。


 そこには、エプロン姿の女性が立っていた。

 


「ちょっとリラ様! あの子なに!?」


 

 その後ろで、穏やかな顔の男が苦笑している。


 

「落ち着けってマーサ。俺らの事を考えて、リラ様が新しく雇った使用人じゃないか?」

 


 リラさんが奥から顔を出す。



「ああ、ちょうどいいところに来たわね。紹介するわ」




 そうして、二人を紹介してくれた。


 マーサ・バネットさんと、その旦那さんのベネディクトさん。ベニーさんと呼ばれているらしい。


 元々この屋敷で働いていた人で、今は街でパン屋をやっているとのことだった。


 

「それにしても……」


 

 マーサさんが、僕を見る。



「ちょっと、ノクス……」


 

 床を拭いた跡、整えた棚、揃えられた物の位置。


 

「なにこの仕上がり……」

 


 呆れたように、でも少し楽しそうに笑う。


 

「ベニー、見習いなさいよ」


 

「いや俺そんな器用じゃないし、無理だって」



 そんなやり取りをしながら、マーサさんは腕を組んだ。



「……ノクス。あんた、どこで仕込まれたの?」



「わかりません」


 

 正直に答える。


 

「体が覚えているだけで」



「はあ……」


 

 マーサさんはため息をついた。



「リラちゃんが言ってた、盗妖精のいたずらってやつね?初めて見たけど、 厄介ねえ……」

 


 昼食後。


 僕は一つ、相談をした。



「マーサさん、料理を、教えてもらえませんか」



 マーサさんが、きょとんとする。



「掃除はできるのに?」


「はい。料理は……わからなくて」

 


「へえ……面白い子ね」

 


 そう言って、にやりと笑った。


 

「いいわよ。ちょうど娘もいるし、教えてあげる」


 


 そうして紹介されたのが、オリビアさんだった。

 落ち着いた雰囲気の女性で、マーサさんとはまた違う柔らかさがある。


「無理しなくていいからね」


 そう言って、優しく微笑んだ。


 もう一人テッサさんという娘さんもいるらしい。とても活発なんだそうで、リラさんと同じ騎士団に入りたいんだそう。


 


 

 その日、僕はおそらく、初めて料理をした。


 なぜなら———


 野菜を切る。火を使う。味を整える。


 どれもこれも、動きがぎこちなかったから。


 掃除のときのような“体が勝手に動く感覚”はない。



「そこは、もうちょっとこうして」



「はい」

 


 言われた通りにやる。


 覚える。


 頭の中で何度も繰り返す。

 

 それは、初めて“自分で何かを身につけている”不思議な感覚だった。


 


 一方で。



「ほら、踏み込みが甘い!」



 外から、鋭い声が響く。

 

 窓の外を見やると、テッサさんとジークさんが、庭で訓練をしていた。


 ジークさんの動きは重く、鋭く、無駄がない。


 テッサさんはそれに、必死に食らいついている。

 

 それを見たジークさんは動きにフェイントを入れ始めた。 


 それにつられたテッサさんに、激しい攻撃が降りかかる。


 かなり容赦ない動きだった。


 特に最後の足払い。あまりにも速すぎて、ギリギリ見えなかった。


 そして、テッサさんは倒れる。


 のど元に木剣を突き付けられて終了。


 悔しそうな表情のテッサさんに、「騎士団に入るなぞ、まだまだ先じゃな」と厳しい一言。


 けれど。


 少しだけ、ジークさんの声は柔らかかった。


 


 


 


 夕方。


 すべての準備が終わる。



「よし、こんなもんね」



 マーサさんが満足そうに頷く。



「初めてにしては上出来よ」

 


 そう言われても、実感はなかった。


 ただ、少しだけ――


 嬉しい、と思った。


 


 


 夜。


 食堂にて。


 食卓に料理を並べる。


 そこには、騎士団詰め所から帰ってきて着替えたリラさんと、既にお酒を飲み始めているジークさん。



「わあ!やっぱりマーサが来てくれる日はいいわね!お店に行くのもいいけど、マーサの料理もおいしいのよね!それじゃ、()()()()()()!」

 


 リラさんが元気よく()()()()()()



 僕は――壁際に立っていた。




「……ねえ」


 


 手を合わせたままのリラさんが、不思議そうにこちらを見る。


 

「なんでそこにいるの?」



「……わかりません」

 


 正直に答える。

 


「でも、ここに立つのが……自然で」



 言いながら、自分でもおかしいと思う。



「もしかして、前は誰かの従者だったのかもね」



 リラさんが考えるように言う。

 


「マーサも言ってたわよ。あの子、掃除に凄い慣れてるって」

 


「……そうかもしれません」



 自分では、わからない。



「でも今は違うわ」

 


 リラさんが、はっきりと言う。



「居候でも何でもいいけど、とにかく“そこ”じゃない」


 


 少し強めの口調だった。


 


「一緒に食べましょ」


 


「……はい」


 


 言われて、自分の料理を用意して、席に座る。



 食事が始まる。

 


「え!これ、ノクスが作ったの!?」

 


 料理を食べながら、リラさんが目を輝かせる。



「すごいじゃない!」



 嬉しそうに食べてくれる。


 その様子を見ていると――


 少しだけ、胸の奥が温かくなる。


 



 けれど。

 

 ジークさんは、料理に手をつけなかった。


 酒だけを飲んでいる。


 

「おじいさま? このスープおいしいですよ」


 


「いらん」



 短く、それだけ言って席を立つ。


 そのまま、食堂を出ていった。


 


「……ごめんね、ノクス」


 

 リラさんが、少し申し訳なさそうに言う。



「せっかく作ってくれたのに」



「いえ」



 首を振る。



「むしろ、昨日あんなことを言った僕を住まわせていただいてるだけで、十分です」



「……そう?」



 まだ少し納得していない顔だった。

 

 でも。


 それは、本心だった。


 昨日の僕は、確かにどうでもよかった。


 生きてもいいし、死んでもいい。


 そう思っていた。

 


 でも。



 昨日のスープは、おいしかった。


 理由はわからない。


 けれど――


 あれは、僕の中の何かを変えた。


 だから。


 目の前で少し寂しそうにしているこの人を。


 どうにかしたいと思った。


 それが、どういう感情なのかはわからないけれど。


 恩を返したいと。


 強く思った。

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