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騎士に拾われた僕  作者: liege


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3/8

3

 外に出ると、少し冷えていた。

 僕が寒そうに自分の手を握っていると、リラさんがその手を取って歩き出す。


 リラさんの手は暖かい。

 というより、少し熱いくらいだった。そのおかげか、さっきまで感じていた寒さはすぐに気にならなくなった。


 屋敷は城下町の外れにあるらしく、少し歩くと通行人が増えてくる。さらに進むと、石畳の道の両脇に店が並び、明かりがぽつぽつと灯り始めていた。


「この時間帯が一番好きなのよね」


 リラさんが、どこか楽しそうに言う。


「昼ほど騒がしくないし、夜ほど危なくもないし」


 危ない、という言葉に少しだけ引っかかる。けれど、深く考える前にその感覚は流れていった。


「ほら、あそこ」


 指さした先には、小さな食堂があった。木製の看板に描かれた文字は、読めるような、読めないような、不思議な感覚を残す。


 中に入ると、暖かい空気と香ばしい匂いが迎えてくる。


「いらっしゃい!」


 威勢のいい声が響いた。店内はそれなりに賑わっていて、仕事終わりらしい人たちが食事をしている。


「リラちゃんじゃないか!」


 カウンターの向こうから声が飛ぶ。


「久しぶりだな、最近見なかったぞ」


「ちょっと仕事でね。今日はゆっくりできそうだから来たの」


 自然なやり取りだった。ここでは、リラさんは“常連”のようなものらしい。


 席に案内され、向かい合って座る。


「何食べる?」


「……なんでも」


 それしか答えが思い浮かばなかった。好き嫌いがあるのかすら、わからない。


「じゃあ適当に頼むね」


 リラさんは慣れた様子で注文を済ませた。


 しばらくして料理が運ばれてくる。湯気の立つスープ、焼いた肉と野菜、そして少し固そうなパン。

 立ちのぼる香りと温かさに、思わず目を細めた。


「ほら、食べてみて」


 言われてスプーンを持ち、一口すくって口に運ぶ。


「……おいしい」


 思わず言葉がこぼれた。


「でしょ? ここのスープ、評判いいのよ」


 リラさんが少し嬉しそうに笑う。そのまま、しばらく無言で食べた。


 空腹が満たされていく。それとは別に、何かが、ほんの少しずつ()()()()()感覚があった。けれど、それが何なのかはわからない。


「……ねえ」


 リラさんが声を落とす。


「あなた、本当に何も覚えてないのよね?」


「はい」


「名前の一文字も?」


「はい」


「……そっか」


 少しだけ視線が落ちる。


「じゃあさ、名前どうする?」


 名前。その言葉に少しだけ思考が止まる。自分を呼ぶための言葉。ないと不便だろう、とは思う。


「私がつけてもいい?」


 軽い口調だったが、どこか慎重さもあった。


「……お願いします」


 自分で決める理由が、見つからなかった。


「うーん……」


 リラさんがこちらを見ながら少し考える。


「見た目的に……ノクス、とかどう?」


「ノクス……」


 口の中で転がしてみる。違和感はなかった。


「いいと思います」


「ほんと? じゃあ決まりね!」


 ぱっと表情が明るくなる。


「今日からあなたはノクス!」


 その名前は、不思議とすんなり受け入れられた。


 食事を終えて店を出る。


 完全に日が沈み、空には星が瞬いていた。少し欠けた()()()()が、静かに浮かんでいる。


 ――ざわり。


 胸の奥に、わずかな違和感が走る。


 理由はわからない。何も思い出せない。ただ、重たい何かが胸の内側に溜まっていく。


 それが何なのかも、わからない。


「ノクス? どうしたの?」


 気づけば、リラさんが顔を覗き込んでいた。


 答えようとする。でも、言葉が出てこない。


 何も、わからない。


 すると、リラさんがそっと手を握ってきた。


 その瞬間、胸の奥にあった重さが、少しだけほどける。


「大丈夫。確かに何も覚えてないって怖いことだけど、一人じゃないよ。私がいるよ」


 その言葉が、手を通して胸の中に落ちてくる。


 重かったものが、さらに軽くなる。いや、溶けるように消えていく。


 気づけば、何も言えないまま、頬を温かいものが伝っていた。


「え、ちょっと……」


 リラさんが驚いたように、袖で頬を拭う。


 その後は、手を引かれるまま屋敷へと戻った。

 

 その夜。

 眠る瞬間まで、リラさんはずっと手を握っていてくれた。

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