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ジーク(ジーク・フォートランド・ランカスター)さん 屋敷の主 でかい 強い 白髪 金瞳 武器は_と_。
「おじいさまを見たらきっとびっくりして記憶が返ってくるかも!」
そう笑いながら言うリラさんの案内で、屋敷の外に出る。
裏手に回ると、そこには広場があった。
地面は踏み固められていて、ところどころ抉れた跡がある。
ただの庭ではない。何かをするための場所――そう直感した。
そして。
いた。
「……でかい」
思わず、声が漏れる。
そこにいたのは、白髪の男だった。
「おじいさま」という言葉は、あまりにも似合わなかった。
背が高い、だけどそれだけじゃない。
立っているだけで、周囲の空気を押し潰しているような圧がある。
その男は――
自分の身長を優に超える丸太を、両手に一本ずつ持っていた。
そして、それを振っている。
ぶん、と空気が裂ける音がした。
次の瞬間、地面が揺れた気がした。
丸太が風を切るたびに、重たい衝撃音が遅れて耳に届く。
ありえない。
そんな言葉が、頭の中に浮かぶ。
人間が扱っていい重さじゃない。
そもそも、片手で振る大きさじゃない。
なのに、その動きには一切の無駄がなかった。
速い。
重い。
正確だ。
まるで、長年使い込んだ剣のように扱っている。
僕にはなんの記憶もないのに、そう感じた。
「……ね、言ったでしょ?」
隣でリラさんが、小さく笑う。
「ジークおじいさまは、ほかの人よりちょっと力が強いのよ」
“ちょっと”では済まない気がした。
丸太が止まる。
ぴたり、と。
さっきまでの轟音が嘘みたいに、静寂が落ちた。
ゆっくりと、男がこちらを向く。
目が合った。
――その瞬間。
心臓が、ひとつだけ強く跳ねた。
すべてを見透かされてる。
そんな感覚だった。
獣に睨まれたときのような、本能的な警戒。
逃げた方がいい。
そう思ったのに、足は動かなかった。
「……起きたのか」
低い声だった。
静かなのに、妙に響く。
「うん。でも記憶がないみたいで…」
リラさんが言いよどむ。
男は、こちらをじっと見ている。
何も言わない。
ただ見ているだけなのに――
中身まで覗かれているような、不快感があった。
やがて、男が口を開く。
「……壊れてるな」
ぽつりと、そう言った。
「え?」
リラさんが聞き返す。
男は答えない。
ただ、もう一度丸太を構える。
「出ていけ」
その一言だけを残して。
興味を失ったように、再び振り始めた。
風が唸る。
丸太が風を裂く音が、規則正しく響く。
「ちょっと、おじいさま!」
リラさんが声を張る。
「出ていけってどういうことよ! この子、行く当てもないのよ!?」
「外に出したら死んじゃうわ!もしかしたらさらわれるかも!」
だが、ジークさんは振り返らない。
「だからどうした」
淡々とした声だった。
「わしには関係ない」
丸太が振り下ろされる。
重たい音が地面に響く。
「……っ」
リラさんが言葉を詰まらせる。
「救えぬものを拾うな。それは優しさではない」
まるで切り捨てるみたいに言う。
正しいことを言っているのは、なんとなくわかった。
でも――
「じゃあ」
気づけば、口を開いていた。
二人の視線が、こちらに向く。
「ここにいる資格がないなら、出て行きます」
自分でも驚くくらい、静かな声だった。
別に、どうでもいいと思っているわけじゃない。
ただ。
そうなるなら、それでいいだけだ。
少しだけ、間が空いた。
丸太の音が止まる。
ジークさんが、ゆっくりとこちらを見る。
さっきと同じ目。
なのに、ほんの少しだけ、色が変わった気がした。
「……この辺りの治安では、死ぬかもしれんぞ」
ぽつりと呟く。
「よいのか?」
「そうなるなら」
視線が、まっすぐ突き刺さる。
「お前には、……何もないな」
言われて、少しだけ考える。
「……そうかもしれません」
否定はできなかった。
ジークさんはしばらく黙っていた。
そして――
「リラ」
「なに?」
「死なせるな」
「え?」
「…住む場所くらいはくれてやる」
「ほんと!?」
ぱっと顔が明るくなるリラさん。
けれど、次の言葉で固まった。
「だが――」
ジークの声が、わずかに低くなる。
「儂は何も教えん」
空気が張り詰める。
「こいつを育てる気はない」
はっきりと、断言した。
「リラ、お前が生きさせろ。さもなくば、こいつは簡単に生をあきらめるぞ」
リラさんが何か言いかける。
でも、その前に。
「それでいいです」
僕は、答えていた。
ジークさんの目が、わずかに細まる。
「……」
「別に、何かをしてほしいわけじゃないので」
嫌みでも何でもない、正直な気持ちだった。
ここにいられるなら、それでいい。
しばらくの沈黙。
やがてジークさんが、ふっと息を吐く。
「……礼儀を知らんな」
そう言いながら、丸太を地面に突き立てた。
鈍い音が響く。
「リラに教われ」
それだけだった。
屋敷へ戻る道中、リラさんは何も言わなかった。
さっきまでの勢いはなく、どこか気まずそうに前を歩いている。
僕も、特に何も言わなかった。
言うべきことが、思い浮かばなかったからだ。
部屋に戻ると、ようやくリラさんが口を開いた。
「……ごめんね」
小さな声だった。
「おじいさま、いつもは優しいの。今日は……ちょっと、ああいう態度だったけど」
申し訳なさそうに目を伏せる。
「いえ、僕は大丈夫です」
言葉の通りだった。
最初こそ驚きはしたけれど。
ぞんざいに扱われることも、拒絶されることも。
――何も感じなかった。
むしろ。
どこか、懐かしかった。
なぜそんなふうに思うのかは、わからない。
でも、その感覚だけが、かすかに残っていた。
「……そっか」
リラさんは、少しだけ安心したように息を吐く。
それから、気持ちを切り替えるように顔を上げた。
「じゃあ、これからのことを決めないとね」
その後、簡単な話し合いになった。
といっても、選択肢はほとんどない。
僕はここに住まわせてもらう代わりに、屋敷の掃除を手伝うことになった。
給料は出ない。
でも、住む場所と食事があるだけで十分だと思った。
むしろ、それ以上を求める理由が見つからない。
「この屋敷ね、前はもっと人がいたの」
リラさんが、ぽつりと呟く。
「使用人も、結構いて……」
言葉が、少しだけ途切れる。
「でも、今はいないの。みんな、おじいさまが暇を出しちゃって。仕方ないことなんだけど…」
その横顔は、少しだけ苦しそうだった。
何かを、言うべきだったのかもしれない。
「今は、昔からの知り合いの人が時々見に来てくれてるの。元使用人で……今はパン屋さんやってるんだけど」
無理に明るく話そうとしているのがわかる。
僕は、特に何も言わなかった。
「ご飯もね、基本は外で食べてるの。ちょっと前まで忙しくて、料理する暇なかったし」
少しだけ胸を張る。
「一応、騎士の仕事してるから」
「若いのに、すごいですね」
素直にそう言うと。
「君のほうが若いでしょ!」
すぐに言い返された。
「……そうなんですかね」
自分の年齢すらわからないのに、不思議な会話だと思った。
そのとき。
ふと、頭の中に言葉が浮かんだ。
――ニホンジンは若く見られやすい。
「……?」
思わず、眉をひそめる。
意味は、なんとなくわかる。
でも、それが何なのかは説明できない。
自分の中にあるのに、自分のものじゃないみたいな感覚。
記憶が戻りかけているのかもしれない。
……あるいは。
最初から、どこか壊れているのか。
「どうかした?」
「いえ、なんでもないです」
考えるのをやめた。
どうせ、答えは出ない。
しばらくして。
リラさんが、ぱん、と手を叩く。
「よし! いい頃合いね」
立ち上がる。
「夕食、食べに行こ!」
言われて、窓の外を見る。
夕日は沈みかけ、空は薄暗くなっていた。
時間が過ぎるのは、思ったより早い。
僕は、静かに立ち上がった。
前書きにネタバレ仕込むってやっちゃってますね




